スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雪解け 1 窓からの眺め

1 窓からの眺め

 魔王は今年もやって来た。雪解けとともにやって来た。
 そして貴美子は知る。季節が春に移り変わろうとしていることを。
 吊り上がった目。尖った耳。牙を剥いた口。そして、頭には巨大な二本の角。いつ見ても不気味な風貌。いつ見ても公園にはふさわしくない石像である。
 貴美子たち家族と、魔王との付き合いは長い。幼い長男と長女、そして夫とともにこのマンションへ引っ越してきた時、彼はすでに公園の主として君臨していた。キッチンの窓から見て、ちょうど向かい合うような形で仁王立ちしていたのである。
 この趣味の悪い石像、亡くなった前の大家が置いたものらしいことはわかっている。噂によると、数百万出して、どこかのオークションで手に入れたものだという。そのせいと言うか、そのおかげと言うか、貴美子たち家族の部屋は、最後まで売れ残っていた。おまけにかなり安くなっていた。
「もう、コートなしでもよかったかも」
 キッチンに姿を現したのは、長女の由香里である。手には重そうな買い物袋が下げられている。
「そう? 私はまだ無理」
 貴美子は、ガスコンロの火を小さくした。振り返り、由香里のそばへと歩み寄る。
「こう見えても、寒さ対策に、贅肉を増やす努力はしてるんだけどねえ」
「見たままじゃん」と由香里が苦笑する。
 ダイニングテーブルの上に、袋の中身が次々と並べられていく。
 その中から、貴美子は一本のシャンパンボトルを手に取った。
「すき焼きの材料だけでいいって言ったのに」
「いいじゃない。せっかくのお祝いなんだし。しかも、一生に一度のでしょ」
 クスクス笑いを続けながら、由香里は最後に大きな箱を取り出した。「お祝い事には、やっぱりアイスクリーム」ペロリと舌を出しておどける。
「呆れた。自分が食べたいだけじゃない」
「へへ。バレたか。こういう食いしん坊なとこ、きっとママに似たのよね」
「早く冷凍庫にしまっておきなさい。もう、見てるだけで寒くなっちゃう」
 由香里がここを訪れるのは数カ月ぶりのこと。とはいえ、そこはやはり母と娘。顔を合わせれば、話す内容は昔と何一つ変わらない。
 今夜は、貴美子の夫、慶次郎の還暦祝いの日だった。長女の由香里に加え、夜遅くなってから、由香里の恋人、武志が来る予定になっている。
「結局、プレゼント決められなくって……」
 テーブルの上を片付けながら、由香里は、「ちょっと後になってからでもいいよねえ」と、やや困ったような表情を浮かべた。
「いいのいいの」と貴美子が手を振る。「私だって何もあげるつもりないんだし」微笑み、鍋の中身をゆっくりとかき混ぜる。
「還暦祝いって、やっぱり赤いちゃんちゃんこぐらいしか、思いつく物ないんだよねえ。あ、何これ? 豆?」
 由香里が鍋を覗きこむ。
「そう。小豆。久しぶりに、ぜんざいでもと思ってね。あなたも好きでしょ?」
「好き好き。ああ、懐かしの母の味」
「つまみ食いしちゃ駄目よ。魔王だって、ああやってちゃんと見張ってるんだからね」
「あ、ホントだ。相変わらず怖い顔」
 それからしばらくの間、貴美子と由香里は、窓の外を黙ったまま見つめ続けた。
 魔王が見張ってる。
 貴美子は、心の中で呟いてみた。思えば、子供たちのしつけに、ずいぶんと利用させてもらった言葉である。
 夜遅くまで起きてたら、魔王が襲ってくるんだからね。嘘ついたら、魔王に舌ちょんぎられるのよ。好き嫌いばっかり言って、魔王にさらわれても知らないわよ。早く宿題やらないと、魔王が……。
 魔王も大忙しである。
「ママ、何思い出し笑いしてるの?」
「え? ああ、別に……」
 由香里に顔を覗きこまれ、貴美子は再び鍋をかき混ぜた。「もうすぐ春ねえ」と、とぼけた声音でごまかす。
「うん。ここ一週間で、雪だいぶ溶けたもんね」
 由香里の注意は、すぐに窓からの眺めへと移った。マンション敷地内にあるこの小さな公園は、きっと彼女にとっても、思い出の詰まった特別な場所なのだろう。
 雪捨て場として利用されていた公園も、積雪は残りわずか、魔王の膝下十センチほどまでになっていた。
「ところで……」
 由香里が言いにくそうに、「お兄ちゃんには知らせた?」と、小さな声で続けた。視線は公園に向けられたままである。
「まあ、もちろん、知らせるには知らせたけどね」
 答える貴美子の歯切れも悪い。
「何て言ってたの?」
「仕事、ずいぶんと忙しいらしくて。あの子、今度お店一軒任されたでしょ」
 長男、謙太は、去年から古着屋で働き始めた。スナック店員からの転職である。由香里もそのことは知っている。しかし、貴美子同様、謙太と直接会うことはしていないようだった。
「お兄ちゃん、来られないって?」
「いや、そうはっきり言われたわけじゃないんだけどねえ」
「私からも、電話した方がいいのかな」
 返事の代わりに、貴美子は小さくかぶりを振て見せた。
 謙太が、このマンションを飛び出してから、そろそろ四年近くになる。その間、一度も戻ってくることはなかった。家族と顔を合わせること自体を避けていた。
 僕、本当は男なんかじゃないんだ。
 謙太がそう告白したあの日のことを、今でも貴美子は鮮明に思い出すことができる。息子の苦しげな表情を。そして、夫の呆然とした表情を。

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
応援クリックお願いします!

全四話の短いお話です。

2 迎え入れる準備
雪解け 目次

スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

No title

新たな物語が始まりましたね。
これは長編なのでしょうか。短編?

平穏そうに見える家族を、強面で睨み続ける魔王。
何だかシュールな光景が浮かんできます。
最後のお兄ちゃんの言葉は意味深ですね。

>夜遅くまで起きてたら、魔王が襲ってくるんだからね。嘘ついたら、魔王に舌ちょんぎられるのよ。好き嫌いばっかり言って、魔王にさらわれても知らないわよ。早く宿題やらないと、魔王が……。

これって、世の親はきっと、似たようなことしますよね^^;
第3者に憎まれ役をやってもらうほうが、気が楽だし効果絶大で。
トラウマにならない程度に、やらなきゃいけませんが(笑)
なまはげってちょっとトラウマレベルのような気が。。。。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> これは長編なのでしょうか。短編?

短編です。
4回で完結なので、ちょうど起承転結に当てはまる構成となっています。

> 平穏そうに見える家族を、強面で睨み続ける魔王。
> 何だかシュールな光景が浮かんできます。

数年前のあるニュースを見て、思いついた話なんです。
最終回で、たぶんピンとくるんじゃないかな。
それともこのニュース、すでに忘れ去られているのかも。

> 最後のお兄ちゃんの言葉は意味深ですね。

はい。これは、性同一性障害を意味しています。
今回は、あまり謎を引っ張るつもりはないので(笑)

> なまはげってちょっとトラウマレベルのような気が。。。。

あれはよくない。つまり、恐怖心で、子供を教育するのは間違っている。
そんな考え方もあるみたいですね。
教育評論家だったか、心理学者だったかの意見のようです。
確かに一理あるようにも思う。
でも今の子って、なまはげ怖がるんだろうか。
「あんなの嘘だって、ネットに書いてあったよ」とかいいそうだなあ。

No title

ぷぷ。なんでも振られる魔王、確かに大忙しですね。
そのうち何回本当に来てくれたのでしょうか。
魔王が雪の中から現れたということは、舞台はやはり北の国ですかね。

お兄ちゃん、来てくれるのかな。
姿は見せなくても、連絡はとっていたのですね。
家族の物語、楽しみです。

魔王、伊達ではなく、本当に何かを見てきたのでしょうか。

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> 魔王が雪の中から現れたということは、舞台はやはり北の国ですかね。

そうですね。これは、札幌という設定にしてもよかったかもしれません。
雪解けは、季節の変化を一番感じる瞬間でもあります。

> お兄ちゃん、来てくれるのかな。
> 姿は見せなくても、連絡はとっていたのですね。

とても、心やさしいお兄ちゃんなんです。
やさしいがゆえに、苦しみを背負うことにもなるんですが。
短いお話しです。
最後まで見届けてもらえると幸いです。
この家族にも、雪解けは訪れるんでしょうか?

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。