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不倫のライセンス 41 ファイティングポーズ

41 ファイティングポーズ

 ワタシノ アイスルマゴ ゲンキシテルノデスカ?
 モウ 3カイメノ バースデイナノデスネ
 イイプレゼント ミツケタノデス アメリカデ
 モシ ヨロコンデルシタラ ワタシモ オオキクヨロコビマス
 手紙からいったん目を離し、チラリと息子の様子を窺ってみた。カーペットの上の小さな後姿。時々笑ったり、時々唸ったり、とにかく現在、ジグソーパズル相手に悪戦苦闘中だ。大好きなおばあちゃんからの誕生日プレゼントに、十分ヨロコンデルシテル息子である。
「最初に、端っこの方からやってみたら」
 人生の先輩による貴重なアドバイスは、残念ながら、今の息子の耳には届いていないらしい。それどころじゃないといった風に、パズルピースを手に、しきりと首をかしげている。
「ピース、なくさないようにね」
 一声かけ、再び母からの手紙に視線を戻す。
 ウレシイ タノシイ イッパイノ ライゲツナノデスヨ
 ヒサシブリノ ニホン ヒサシブリノ ムスメト マゴ
 ワタシ シアワセナ オバアチャンデス
 PS アメリカオトコニ キヲツケルノデスヨ
 母からの手紙は、いつだって私を笑顔に変えてくれる。破れないよう、それをそっと封筒へ戻す。息子にとってのジグソーパズル同様、私には、この手紙が、何よりも大きなプレゼントとなった。何しろ、息子の三度目の誕生日は、私の、母親デビュー三周年記念でもあるのだから。
「ママ……」
 見ると、息子が、私のスカートの裾を引っ張っているところだった。イライラしてそうな、泣き出しそうな、そんな危うい表情をしている。どうやらSOSのサインらしい。母親歴三年ともなると、これが何を意味しているのかぐらい、私にだってすぐにピンとくる。
「パズル、ママ作って」
「自分で、できないの?」
「うん」
「ちゃんと、端っこからやってみた?」
「……う、うん」
「嘘ついてるでしょう? ママ、わかるのよ」
 しばらく迷うような素振りを見せていた息子も、やがてはパズルの方へと戻って行った。彼はまだ気づいていない。嘘をつく時、急にまばたきする回数が増えていることに。
 この三年間を振り返って、改めて思うことがある。それは、息子の存在が、私にとって、どれだけ大きな心の支えになってきたかということ。母親という立場になることを、あれほど不安に感じていた私。いっそのこと、すべてを投げ出してしまおうか、そう思ったことも一度、いや、一瞬だけあった。
 あの夜に起きた小さな奇跡。私は一生忘れないだろう。私は、確かにあの夜救われたのだ。まだお腹の中にいた息子に。お守り代わりのペンギンのおもちゃに。そして……。
 壁にかけられた小さな額縁に目をやる。リビングの中でも、そこは日当たりのいい場所だった。油彩画には本来よくないのだろうが、絵の中の少女には、その場所がふさわしいように思える。そこなら、窓越しに、好きなだけ大きな空を見渡すことができる。

 午後七時、ゴングは鳴らされた。
 テレビ画面の中で、リング中央へと歩み寄る二人のボクサー。メキシコ人のチャンピオンと、日本人の挑戦者による、世界タイトルマッチの中継である。
 私は、ソファーから身を乗り出すような姿勢で、テレビ画面に見入った。しばらくジム通いから遠ざかっていたせいだろう。こんなに気持ちが高ぶってくるのは久しぶりのことだった。握り締めた拳にも、自然と力が入る。
 まだ二十代前半の若きチャンピオンは、軽快な動きで、冷静に相手との間合いを計っている。一方、挑戦者の戦い方は対照的なものだった。三十近い年齢になって、ようやく掴んだビッグチャンスということもあるのだろう。ペース配分のことなどまるで考えていないかのように、ひたすらアグレッシブに責め続けている。
 挑戦者の右ストレートが、チャンピオンの顔面をとらえるたび、試合会場から大きな歓声が湧き上がった。
『おおっ。効いてます効いてます。一ラウンド目から、チャンピオン、防戦一方です!』
 観客以上に興奮しているのは実況アナウンサーである。
『うまく足を使ってますからねえ。それほどのダメージはないでしょう』
 一人冷ややかな分析をしているのは解説者である。
「ママ、パズル……」
 まるでボクシングに興味を示さないのは息子である。
「うん。わかったわかった。パズルね。パズルっていいよね」
 わかってもいないのに、いい加減なことを言っているのは私である。
 そして、一ラウンドは無事終了した。
 汗びっしょりの挑戦者は、倒れこむようにしてコーナーへと戻った。何が気に入らないのだろう。セコンドからの指示に、荒っぽく何度も首を振っている。
 涼しげな表情で、時折余裕の笑みさえ浮かべているのはチャンピオンの方だ。解説者の指摘通り、あまりダメージを受けているようには見えない。
 むしろ、一番ダメージを受けていそうに見えるのは、パズルピースを手にしたまま、じっと私のことを見つめている息子の方だった。今すぐ泣き出したとしても不思議ではない、という危うい雰囲気を、その小さな身体全体から漂わせている。
「もう、ギブアップ? このまま、あきらめちゃってもいいの?」
 パズルと私とを、しばらく交互に見比べるようにした後、息子は、再びパズルの方へと戦いを挑みにいった。それでこそ我が子である。可能性があることに対して、簡単にあきらめるようであってはいけない。それが私の教育方針である。
 二ラウンド目が開始された。
 挑戦者が、一ラウンド目以上の勢いで飛び出して行く。休みなく左右のパンチを繰り出しながら、チャンピオンをロープ際へと追いつめる。
 迎え撃つ形となったチャンピオンも、今回は激しく応戦している。カウンターを狙っているのだろう。先に相手に手を出させておき、そのタイミングに合わせるようにして、自らもパンチを繰り出す。しかも、挑戦者よりもスピーディーに。挑戦者よりも的確に。
『徐々に、チャンピオンがペースを掴み始めたようです』
 幾分沈みがちな口調になったのは実況アナウンサーである。
『最初っから、チャンピオンペースの試合でしたよ』
 相変わらず冷ややかなことを言っているのは解説者である。
「ママ、パズル……」
 相変わらずボクシングに興味を示さないのは息子である。
「うん。わかったわかった。パズルね。パズルってすごいよね」
 わかってもいないのに、相変わらずいい加減なことを言っているのは私である。
 大歓声の中、ボクサー二人による打ち合いは、激しさを増していった。手数で上回る挑戦者。有効打を重ねていくチャンピオン。どちらにもまだダウンはない。しかし、試合の優劣は明らかだった。挑戦者の動きは鈍くなり、パンチにも威力がなくなってきている。目尻からは、ついに赤い血が流れ始めた。その部分は、私が知っている古傷の一つだった。
「あ、あきらめないで……」
 思わずそう口にしていた。どんなに不利な状況だろうと、あきらめさえしなければ、一発逆転の可能性なら十分ありうる。それがボクシングというものなのだ。
 残り二十秒というところで、試合はいったん止められた。どうやらドクターチェックが入るらしい。出血の量は確かに多い。それでも、残りはたったの二十秒。このラウンドを持ちこたえさえすれば、チャンスはいくらでもある。
 レフェリーとリングドクターが、何やら言葉を交わしている。その横で、ファイティングポーズを取って見せる挑戦者。試合は止められたまま、なかなか再開される雰囲気にない。にわかに観客席がざわめき始める。
『これは……。どうやら、ドクターストップになるようです』
 実況アナウンサーの言葉に、客席からのブーイングが重なった。
 挑戦者が何か叫んでいる。レフェリーに向かって、観客に向かって、そしてカメラに向かっても。
 俺は、まだ戦える。
 口の動きは、そう繰り返しているように私には見えた。気のせいかもしれない。それでも、一つだけ確信できることはあった。
 彼は、これからも決して挑戦することをやめないだろう。
 人生それほどうまくはいかない。そのことを彼はよく知っている。私もだ。人生それほどうまくはいかない。それでも、挑戦する価値ならある。そう。挑戦する価値、それなら大いにある。彼も私も、そのことをよく知っている。
 いつか息子にも、そのことの大切さを話して聞かせる日がくるだろう。
「ママ。ねえ……。パズル、パズル……」
 私の手を引っ張りながら、息子が必死に訴えていた。どうやら、努力もそろそろ限界にきたらしい。
「できなかったの? もう、しょうがないなあ……」
 しかし、立ち上がった私の目に映ったものは、可愛らしくデフォルメされたセスナ機の絵だった。おばあちゃんからの誕生日プレゼントは、見事に完成していたのである。
「カッコいいねえ、この飛行機」
 私の言葉に、満足気にうなずく息子。どこか誇らしげな表情にも見える。小さな挑戦者は、たった今小さな勝利を掴んだのだった。
「やったね」
 私がファイティングポーズを取って見せると、息子もすぐにそれを真似て、二つの小さな拳を顔の前で構えた。私と息子との間だけで通じる、勝利のポーズである。
 どこへ飾ろうかと、周りを見渡してみると、ふさわしい場所はすぐに見つかった。
 完成したパズルを手に、小さな額縁の前で立ち止まる。私と同じ顔をした少女。私のこの三年間を支えてくれた少女。
 松葉杖に、ほっそりとした華奢な身体を預け、ただひたすらに暗闇の中を歩き続けている。そんな彼女を見るたび、心がざわめき、わけのわからない不安に襲われていた私。けれど、今は違う。
 今の彼女は、その背中に、大きな翼を持っていた。どこまでも高く、どこまでも遠くへ飛べそうな大きな翼を。
 タイトルには、父の字で、<闇の向こう側>とある。やはり彼女には、日当たりのいい場所、ここが一番よく似合っている。



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最後までお付き合いくださりありがとうございました。
次回のあとがきでは、この物語の誕生秘話を少しだけ。

あとがき そして、物語は生まれた
不倫のライセンス 目次

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ジャンル : 小説・文学

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【相互リンク・相互RSSのお願い】

管理人様

突然のメールを失礼いたします。
「喪女のための本のある生活スタイル」というサイトを運営しているoomuraminaと申します。
この度、サイトを拝見させて頂き
ぜひ相互リンク・相互RSSをお願いしたくご連絡させていただきました。

誠に勝手ながら、先に以下サイトのサイドバーにリンクを貼らせていただきました。
http://booklifestyle.com

お手数ですが、ご確認の程よろしくお願い申し上げます。
よろしければ、当サイトと相互リンクを結んで頂けないでしょうか?
ご検討の程、よろしくお願いいたします。

----------------------------------------------------------------------------------------
(ユーザー名:oomuramina)
(メールアドレス:oomuramina@yahoo.co.jp


(ブログ名:「喪女のための本のある生活スタイル」)
(ブログURL:http://booklifestyle.com
---------------------------------------------------------


Re: 【相互リンク・相互RSSのお願い】

oomuraminaさん、はじめまして。

> よろしければ、当サイトと相互リンクを結んで頂けないでしょうか?
> ご検討の程、よろしくお願いいたします。

ありがとうございます。
よろこんで、こちらもリンクさせてもらいます。

ブログの方、少し拝見させていただきました。
本の紹介をしてるんですね。
こういったものは、長く続けるほどに価値が高まっていきます。頑張ってください。応援してます。

No title

片瀬様

読後の感想が遅くなり申し訳ありません。

最後に「ファイティングポーズ」が出てくるとは!?
いいエンディングだと思います。

ちなみ、わたしの「星新一賞」落選作(笑)を、
今晩からブログに3回に分けてあげてみますので、
読んでみていただけると幸いです。

Re: No title

海河童さん、コメントありがとうございます。

> 最後に「ファイティングポーズ」が出てくるとは!?
> いいエンディングだと思います。

最後まで読んでくれたんですね。もう、それだけでうれしいです。
初めて完成させた長編小説ということもあって、私にとってとても思い入れの強い作品なんです。
お付き合いいただきありがとうございました。

> ちなみ、わたしの「星新一賞」落選作(笑)を、
> 今晩からブログに3回に分けてあげてみますので、
> 読んでみていただけると幸いです。

お、そうですか。
すでにコンテストなどにも出してるんですね。
私もいつかは、と思っているところです。
ブログの作品、今度、時間を見つけてゆっくり読ませてもらいますね。

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Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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