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エッセイ 言葉の選択

言葉の選択

「月光」と「月明かり」
 同じ意味の言葉である。けれど、そこから醸し出される雰囲気には、やはり微妙な違いが感じられる。
 堅い雰囲気の「月光」に対し、「月明かり」は、どことなくロマンチックにも聞こえる。ただし、「月明かり仮面」という名のヒーローは弱そうだ。
「旅」と「旅行」
 これも、何となくニュアンスが違う。人数の違いなのか。行き先や費用の違いなのか。同じ意味であっても、やはり同じ使い方をするのには抵抗を感じる。“自分探しの旅行”に出た人間は、決して自分を見つけることはできないだろうと思う。
 人がこうして言葉を使い分けるのは、単にニュアンスの違いを表すためというだけではないはず。どんな言葉を選ぶか。その決定には、それぞれの人が持つ“美意識”というものが大きく関与しているのだ。
 いくら世の中で流行っていようとも、どうしても口にしたくない言葉というものはある。物書きの立場からすると、どうしても書きたくない、どうしても自分の物語には登場させたくない言葉という意味である。
 逆に、自分で特に何とも思わずに使っていた言葉が、他人にとってもそうかといえば、決してそうとは限らない。知らず知らずのうちに、人を不快にさせる言葉を使っている場合もあるはずだ。
 現に、使用されている言葉が気に入らず、どうしても読む気になれない作家の本というものはある。ストーリーがどうであるかという以前に、その作家の言葉の選択、つまり美意識が受け入れられないということなのだ。
 小説における言葉の選択は、普段の日常会話以上に重要であろう。
 例えば、流行語や、人気芸能人の名前。これらを、小説内で安易に使ってしまい、数年後に後悔するという可能性は十分に考えられる。古くなった流行語は、読者を苦笑させるだけでしかない。さらにもっと古くなれば、その意味自体が伝わらないという場合すらありうるだろう。清楚なイメージとして使った女優の名前も、やはり数年後にはわからない。大きなイメージチェンジによって、“誰々のような”という比喩の意味がなくなってしまうかもしれないのである。
 省略語の使い方にも注意したい。コスパ、ワンピ、ヘビロテなどなど。これらをあまりに使いすぎると、かなり軽薄な印象を読者に与えてしまうことになる。
 私が最近気になっているのは、プロの作家が、「スマートフォン」をどう表記しているのかということ。携帯電話からスマートフォンへ。この流れは、とうぜん現実社会も小説世界も同様だ。
 次の三作品の中に、その表記を見つけることができた。
 東野圭吾作『祈りの幕が下りる時』
 伊坂幸太郎作『死神の浮力』
 薬丸岳作『友罪』
 結論を言えば、いずれの作品も、「スマートフォン」という表記だった。日常会話でよく使われている「スマホ」ではなく、あくまでも、「スマートフォン」である。
 それぞれの作者が、その言葉の選択に悩んだかどうかはわからない。ただ、ミステリー系の小説に、「スマホ」という軽い響きは似合わない。そんな判断があったのではないだろうか。携帯電話を「携帯」と省略できても、スマートフォンを、「スマホ」と省略することには抵抗がある。これ、何となくわかるような気がする。
「おぞましい死体の画像が、突然私のスマホに送りつけられてきた」
 まあ、きっとそれほどおぞましくもないんでしょ。というような具合になるのでは?
「男はスマホを操作して、車に仕掛けられた爆弾のスイッチをオンにした」
 そして、大失敗した。というような具合になるのでは?
 やはり、何かしっくりこないものがある。怖さや迫力を表現する上で、「スマホ」という言葉はマイナス材料にもなりかねない。
 言葉を選択する基準は、やはり作家自らの美意識、ということになるのだろう。
 世間は世間。自分は自分。作家にはそんな割り切りも必要かもしれない。
 ということで、私のスマートフォンデビューは、まだまだ数年先に伸びそうである。

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ジャンル : 小説・文学

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No title

これ、すごくよくわかりますね。
前半の、言葉の選択についても。
同じ意味合いの言葉はありますが、使用するとき、とても注意して選択しています。
片瀬さんがおっしゃるように、使う単語で、そのシーンの雰囲気、情緒が変わってきてしまうから。
私も、自分の趣味に合う選択をされる作家さんの作品を選んで読んでいるように思います。
以前、レビューで人気のミステリーを読んだのですが、内容はいいのに、言葉の選択がとにかくしっくりこなくて、ついに斜め読みで結末だけ読みました^^;
言葉の選択って、本当に大事ですよね(自分が偏屈なだけかと思っていたのでホッとしました)

次世代携帯の表記、これも悩みますよね。
そっか、最近の作家さんはスマートフォンと書かれてるのですね(iPhoneも、その中に含まれるのでしょうか)
私は・・・やっぱりまだその表記が自分の中でしっくりこず。
スマホと書くのは論外ですが、スマートフォンと書くのも、なんだか自分の美意識に反してしまって。なんとなく商品名のような位置づけなのです。
未だに私は携帯と表記しています。
「白昼夢」という作品の中では、まだスマートフォンが誕生していなかった頃に、スマートフォンと同じ機能の携帯を自分の中で想定していたので、『端末』という言葉を使っていました。
これからもやっぱり、携帯と端末を使っていくと思います。
時分だけのこだわり・・・なんでしょうが^^;

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> 以前、レビューで人気のミステリーを読んだのですが、内容はいいのに、言葉の選択がとにかくしっくりこなくて、ついに斜め読みで結末だけ読みました^^;

私が苦手なのは、省略語と流行語がやたらと出てくる文章。
ライトノベルの多くがそれに当たるので、ついついその系統の作家は避けがちになります。
もしかすると、ライトノベルでは、「スマホ」という表記が多いのかも。

> 「白昼夢」という作品の中では、まだスマートフォンが誕生していなかった頃に、スマートフォンと同じ機能の携帯を自分の中で想定していたので、『端末』という言葉を使っていました。

端末。
ああ、そういう表現もありましたね。
広い意味で使えるので、きっと便利な言葉かもしれない。
うん。これなら、安心して殺し屋に持たせることもできる(笑)

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Re: No title

鍵コメNさん、コメントありがとうございます。

パスの件、了解しました。
今年は、そちらの方でも雪が多かったみたいですね。慣れていない地方の人は大変だろうと思います。
お身体には気をつけてくださいね。

『不倫のライセンス』は、残り2話となりました。
完結後は、しばらく充電期間に入ろうと思っています。
お互い、無理せずマイペースで行きましょう。

言葉は生き物ですものね

外国語を学ぶときに、その国の文化とか気候とか、あらゆるものがその国の言葉を形作っているのだから、ただ文法や単語を知ってもダメだと言われたことを思い出しました。
ひとつのものを表すのにどのくらいの表現があるかで、その国の文化がどれほどその「もの」を愛でてきたのか、ということが分かるんだろうなぁ。それぞれ言い方によっては受ける印象は違うけれど、表現の多様性を楽しめるというのはいいことのような気もします。

そして、時代が移ると、言葉も変わっていくんですよね。言葉は生きているから、どれほど美しい昔の言葉を懐かしんでも、止められない流れがあるのもまた事実なのですね……
願わくば、この国の自然の中で生まれてきた多くの美しい言葉ができるだけ長く残って欲しい。つまりその自然自体が長く残って欲しいと思います。
でも、若い人にとってはまた違う価値観が生まれているんだろうなぁ。
スマホ、ちょっと年を喰っている私には受け入れがたくても(しかも持ってもいない^^;)、それが当たり前の時代が来るのかも……

音楽を聞く時も、自分の腹の中にあるリズムに合うものを自然と選んでいるような気がします。他の人がどんなにいいと言っても、自分には合わないことがあるように、文章にもそれがあるのでしょうね。
そう思うと、自分の文章にも単語選択にもあまり自信のない私などは、委縮してしまうのですけれど、気を付けて言葉を使っていきたいと思いました。

Re: 言葉は生き物ですものね

大海さん、コメントありがとうございます。

> 外国語を学ぶときに、その国の文化とか気候とか、あらゆるものがその国の言葉を形作っているのだから、ただ文法や単語を知ってもダメだと言われたことを思い出しました。

きっとそうなんでしょうね。
海外の小説で、たまに、この日本語訳で合っているのだろうか、と首をかしげたくなることがあります。意味は伝わっても、思いが伝わらないというか、空気観が伝わらないというか、とにかく違和感を覚える言葉ってありますね。きっと、適切な言葉がもっと他にあるはず、という具合に。
だからといって、元の言語で読む能力はないんですが(苦笑)

> 願わくば、この国の自然の中で生まれてきた多くの美しい言葉ができるだけ長く残って欲しい。つまりその自然自体が長く残って欲しいと思います。

同感です。
日本の古典文学の中に、たまにドキリとさせられる表現を見つけることがあります。
外国語との比較で言えば、わたし、わたくし、ぼく、俺、わしなどの、自らを言い表す言葉の豊富さは、日本語の特徴の一つでもありますね。
これらを使い分けるだけで、ある程度のキャラクター表現までできてしまう。これは考えてみるとすごいこと。そして、日本語こそ小説向きの言語なのかもしれない、とも思います。

> スマホ、ちょっと年を喰っている私には受け入れがたくても(しかも持ってもいない^^;)、それが当たり前の時代が来るのかも……

この流れは止まらないんでしょうね。
ワープロや、ポケットベルはどこへ行ってしまったんでしょう。携帯電話もいずれは……。
そういえば、うちの実家では、まだ黒電話が活躍しています。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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