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不倫のライセンス 38 檻の中から

38 檻の中から

 これでいいのだろうか。
 新山瞳子のマンションで暮らすようになってから二週間。私の頭の中では、何度も同じ問いかけが続いていた。
 離婚に向けての話し合いは、順調に進んでいるらしい。敏明の対応も、いたって冷静なものだという。私に対する批判めいた言葉はいっさいなく、ただ、俺のミスだった。という言葉を何度も繰り返しているらしい。
 この調子でいけば、正式離婚までそう長くはかからないかもしれない。少なくとも、泥沼の裁判という事態だけは避けられそうだった。
 ただし、これらすべては、代理人である瞳子からの報告によるものである。
 これでいいのだろうか。
 再び、その言葉が脳裏をよぎった。私の人生の方向が、私抜きで決められていく。そんな気がしてならなかった。
「私も、セシルみたいなお嫁さん欲しいなあ」
 夕食の席。瞳子が冗談っぽく呟く。見ると、カキフライを一つつまみ上げたところだった。私の作った料理に対する賛辞らしい。
 私は微笑みを返した。が、あまりうまくはいかなかったようだ。「またあ……」と、瞳子が苦笑しながら私の顔を覗きこむ。
「始まっちゃった。セシルのクヨクヨ病」
 反論できずに、ただうつむくばかりの私。それは女子高時代から、繰り返し彼女に言われ続けている言葉だった。あの頃から、私は何の成長もできていないのだろうか。改めてそう感じてしまう。
「こういう問題は、第三者が間に入った方が絶対いいの。当事者同士だと、どうせ感情的になるだけなんだから」
「うん。それはわかってる」
「本当? セシル、本当にわかってる?」
「わかってる……」
「だんだんと声が小さくなっていくようだけど。まあ、いいわ。ついでに、もう一つだけ言っておく。いずれは、敏明さんに会わせなきゃいけない日がやってくる。その時になって、せっかくのセシルの意志、離婚するって意志のことだけど。その気持ちがぐらつくんじゃないか。私が、今一番心配してるのがそれなの」
「それは、きっと、大丈夫……」
「ううん。ぜんぜん大丈夫そうに見えないなあ。あのね、セシル。身勝手なことをする男も悪いけど、その身勝手さを許す女、それも同じぐらい悪いのよ。わかる?」
「わかる、たぶん……」
 私は顔をしかめた。こんな日の食後のコーヒーは、間違いなくいつもより苦い。今一番正しい選択とは、このまま瞳子の指示通りに行動すること。それはわかっている。わかってはいるが、納得はまったくできていない。
 しばらく間ができたところで、私の方から話題を変えてみた。
「瞳子って、男の人嫌いなの?」
 彼女に対しての、これは昔からの密やかな疑問だった。
「な、何よ、突然」
 マグカップを口元から離し、瞳子はむせ返るように笑った。よっぽど意外な質問だったらしく、眼鏡の奥で目を丸くしている。
「だって瞳子って、昔から男性に厳しいことばっかり言ってるじゃない」
「そう? 私、そんなに男に厳しい?」
 瞳子のクスクス笑いはなかなか収まらない。
「今までだって、私が気に入った男の人、ことごとく悪く言ってきたじゃない」
「そうかなあ。ぜんぜんそのつもりなかったんだけど……。そうだ。彼、智美君のことは、私、悪く言ってなかったでしょ?」
「長男坊と一緒になると、女は絶対に苦労するって言ってた。それに、トモのこと、無駄に身体が大きい。その分、なおさら日本が狭くなるって言ってたじゃない」
 瞳子の笑い声は大きくなる一方だ。
「笑いごとじゃないでしょ」
「ごめんごめん。身体のことは、確かに言いすぎよね」
 気がつくと、私も瞳子に釣られるように笑っていた。
「嫌ってた時期も、そういえばあったかもしれないなあ」
 ややあって瞳子が呟く。“男嫌い”についての話らしい。声音には、まだ少しだけ笑いが残っている。
「でも今は、嫌いというより……。うん。ちょっと、可哀そうに思うことの方が多くなってきたかな」
「可哀そう? 男の人がってこと?」
「そう。実は彼ら、檻の中から抜け出せないでいるだけなのかもってね」
「ねえ瞳子。もっとわかりやすく、劣等生にでもわかるように説明してよ」
 瞳子が再び白い歯を覗かせる。
「その檻には、“男らしさ”って看板がかかってるの」
 黙りこむ私を見て、瞳子も笑顔を引っこめた。そして、何かを思案するかのように天井を見つめる。
「もう一度、直接セシルと話し合わせてくれって、敏明さんが、その檻の中から叫んでるんだけど……。セシル、どうしたい? 私としては、あまり賛成できないんだけどね」
「会わせて」
 即答していた。それは、今日私の方から頼むつもりでいた言葉だった。
「やっぱりね。セシル、昔っからそう。私が賛成できないようなことばかりするんだもん」
「ごめん」
 うつむく私を残して、瞳子は、「ちょっと待ってて。今、いい物見せてあげる」と一人席を後にした。
 五分ほどして戻ってきた彼女。胸に小さめの額縁を抱いている。裏返されているため、それが何を意味しているのか、私にはまったく見当がつかない。
 瞳子が元の席へと腰を下ろす。なぜか、いたずらっぽい表情を浮かべている。
「これ、覚えてる?」
 私の眼前で、額縁がくるりと半回転する。
 そこには、女子高時代の私がいた。
 あの頃、一度だけお互いをモデルに絵を描いたことがあった。その時のものだ。絵の中の私は、長い髪を前に垂らし、不安げな表情をうつむかせている。
「私のクヨクヨ病って、この時すでに発症してたのね」
 思わず自虐的な笑みが浮かんでしまう。まるっきり今と変わっていないではないか。きっと私一人だけが、人類の進化から取り残されているに違いない。この絵が、はっきりとそのことを証明している。
「この絵、私の悪意の表れなの」
 言葉の意味がわからず、私は瞳子を見やった。微笑してはいるが、瞳には真剣な光が宿っている。
「セシルのこと、魅力的に描こうと思ったら、いくらでもその通りに画けた。でも、私はそうしなかった。嫉妬してたの。私、セシルに嫉妬してたのよ。そのこと気づいてた?」
 私は黙ってかぶりを振った。どう答えていいのかがわからない。何かの冗談? そう聞き返したかったが、冗談でないことは、彼女の表情を見れば明らかだった。
「男の子たちの目を引くのは、いつだってセシルの方だった。態度に出さないようにはしてたけど、本当はそれがすごく悔しかった。でもねえ。結局、その悔しさが、私の原動力にもなってたの。私は、私の武器を手に入れないとってね。だって、ルックスじゃ、セシルに勝てるわけないんだし。だから勉強した。猛烈に勉強した。もっと、もっと強くならなきゃって……」
 瞳子は、そこでいったん言葉を切った。一呼吸置き、再び口を開く。泣いているような笑っているような、そんな声音だった。
「最近、これでいいのかなって、そう思うことがよくあるの。私って本当は、“可愛い女”って呼ばれたいんじゃないのかなってね。“賢い女”とか、“格好いい女”とかじゃなくって……。でも、無理よね。恋人の子供、平気で中絶してしまうような女。誰も、可愛い女だなんて思ってくれるわけないもん」
 初めて耳にする話だった。今目の前にいるのは、私の知っている瞳子だろうか。そんな疑問さえ浮かんでくる。迷いのない人生を、強くしなやかに駆けて行く。私にとっての瞳子とは、そういう女性。私が憧れとする女性像なのだ。
「セシルのこと、私、いまだに嫉妬してるのかもしれない。この間、言ってたじゃない? 子供産むって。こんな状況だっていうのによ。しかも何の迷いもなく……。私には、そんな強さなかった。あの時わかったの。私、やっぱりセシルには勝てないんだってこと」
 それからの瞳子は、黙って絵を見つめ続けるだけとなった。
 私は二人分のコーヒーを注ぎ直し、改めて彼女に目をやった。そこにあるのは、今までとは違う親友の顔だった。
「コーヒー、入れたから」
「あ、うん。ありがとう」
 瞳子が、我にかえったようにこちらを見やった。そして、照れくさそうに笑う。私も笑顔を返した。誰にも言えない秘密を、二人で共有する時に見せる、そんな種類の笑みだった。
「あなたに、まだいくつか言っておかなくちゃいけないことがある」
 コーヒーを一口飲んだところで、瞳子は言った。自信に満ちたその口調は、私がよく知っている方の彼女だった。
「杉本敏明さんに対する同情、これは絶対に禁物。それから、成宮礼治さんについてだけど、別居中の彼の妻から見れば、あなたは訴えられても仕方がない立場だってこと、それは忘れないで」
「うん、わかった」
「弁護士としてのアドバイスは以上。後は好きなようにして。もう私、口出すのやめにした。これからは見物させてもらう。私の永遠のライバルは、果たしてどんな生きざまを見せてくれるのかをね」

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残り3話です。

39 同情は禁物
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Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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