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不倫のライセンス 37 進んだ先の未来

37 進んだ先の未来

 待合室に戻る途中、一組の男女とすれ違った。二人とも、二十代前半ぐらいだろうか。若く、そして幸福そうなカップルだった。女性の腹部に目をやると、出産時期がそれほど遠くないということがわかる。
 診察室へ向かう二人の姿を、私は足を止めてぼんやりと見つめた。男性に守られるようにして歩く彼女の表情は、眩しいぐらいに輝いて見える。それは、夫以外の男性の子を身ごもった女には、決して真似のできない表情だった。
「セシルさん」
 私の名を呼ぶ男性の声。それからすぐに、もう一人別の声も続く。今度は甲高い女性の声だった。
「セシルさーん。こっち、こっちでーす」
 待合室にいたのは、勉と泉美の畑中夫妻だった。
「私たち、今来たところなんです。セシルさん、これどう思います? このマタニティドレス。ウチのダーリン、似合わないって言うんですよ」
「似合わないとは言ってないだろ。一緒に歩くのが恥ずかしいって言っただけだ。もっと、おとなしい柄のやつあったじゃないか」
「どうしてうさちゃん柄が恥ずかしいのよ。失礼じゃない。うさちゃん好きの人とか。うさちゃん年の人とか」
「そんなに派手になるの、外に出るときだけじゃないか。それって、誰に対するアピールなんだよ。言えの中じゃ、ろくに化粧もしないくせに」
 ここにも、もう一組幸福そうなカップルがいた。

 泉美の診察が終わるのを待って、私たち三人は、レストランで食事をすることになった。
「順調そうね」
 私が言うと、泉美は大きく一度うなずいた。うれしそうな表情のまま、自らの腹部へと視線を落とす。隣に座る勉も、少し照れたように微笑んでいる。
 注文した料理が並べ終るのを待ち、私は、もう一度目の前の夫婦へと目をやった。
 どうやら、順調なのはお腹の子だけではなく、夫婦関係についても同様らしい。喧嘩するほど仲がいい。ふと、そんな使い古された言葉が思い出される。
「もう、大丈夫みたいね」
「大丈夫なんかじゃないですよ。大変なのはこれからです。出産するまで、いや、出産した後の方が……」
「違う違う。二人のこと。私が言ってるのは、夫婦仲のこと」
「夫婦仲?」
 特大のオムライスを前に、泉美はキョトンと不思議そうな顔をしている。嫌なことは、あまり記憶に残らないタイプらしい。うらやましい限りだ。
「僕が我慢さえすれば、どうにか……」
 苦笑しつつ、勉がカツカレーを口に運ぶ。
「我慢って、それ、私の方ですよ。いつの時代も、我慢するのは女ばっかり……。あ、このオムライスおいしい」
「我慢強い人間が、そんなびっくりサイズのオムライスなんか食わねえだろ。女だったら、普通はもっと周りの目を気にするもんだ」
「私じゃなくて、お腹のベイビーが欲しがってるんだからしょうがないじゃない。私は無理をして……。あ、このカツもおいしい」
「お、俺のまで取るなって。ここから先は、俺の陣地だからな」
 夫婦二人だけのやり取りは、その後もしばらく続いた。しゃべっている間ですら、泉美の手が止まることはなく、その旺盛な食欲には私も驚かされた。お腹の子が欲しているというのも、まんざら嘘ではないのかもしれない。
 エビドリアを食べ終えた私は、ふと自らの腹部へと目をやった。外見で判断できるほど、お腹はまだ大きくはない。しかし、そこには間違いなく新しい生命が宿っている。医学的にも、今日そのことがはっきりと証明されたのだった。
「ところで、セシルさんは……」
 勉が少し言いにくそうに、「今日は、どうして?」と尋ねてきた。そのうちくるだろうと予想していた質問である。
 一呼吸おいてから、私は答えた。
「私も、妊娠してるの」
 二人は驚き、そして今度は、その表情が笑顔へと変わろうとしている。
 私は慌てて付け加えた。
「でも、夫の子じゃないの」
 これも予想通りの反応だった。勉も泉美も、二人揃って中途半端な表情のままで固まっている。
 静かになった私たちのテーブル席に、食後のデザートが運ばれてきた。
「近いうちに、離婚することになると思う」
 ウエイトレスが去るのを待ってから、私は言った。意外と抵抗はなかった。軽く微笑んでさえいられた。嘘やごまかしの言葉を口にする方が、よっぽどつらいのだということに、ここへきてようやく気づくことができた。
「セ、セシルさん……」
 泉美は声を震わせながら、じっとこちらを見つめている。今すぐにでも泣き出しそうな気配だ。
「泉美ちゃん、そ、それも、お腹の赤ちゃんが欲しがってるの?」
 慌てつつ、それでもおどけた口調で、私はテーブルの上を指し示した。泉美の前にだけ、ケーキを乗せた皿が二つ置いてある。
「そうなんです。どうしても、モンブランとチョコレートケーキをって……。で、でも、どうしてなんですか? その、ベイビーのパパになる人って、敏明さんより賢いんですか? 仕事できる人なんですか?」
「おい、そんなこと聞くもんじゃないだろ。失礼だぞ」
 勉が低い声でたしなめる。
「だって、あんな頭良さそうな旦那さんと、別れちゃうだなんて。も、もったいないじゃない……。あ、このケーキおいしい」
「うん。もったいないことなのかもね」
 私は苦笑した。コーヒーゼリーを一口食べ、頭の中で礼治の顔を思い浮かべてみる。
「夫と比べて……。そうね。確かに、賢くはない日とかもしれない。仕事も、うん、今のところ、あまりうまくはいってないと思う。でも、でもねえ……」
 うまく言葉が続かない。礼治についての、適切な表現が思いつかないのだ。
 勉がじっと私のしゃべり出すのを待っている。泉美もフォークを口に運びながら待っている。
「彼は……。そう。彼は、自分を変えることができる人。変える力を持っている人なの。決してあきらめない。昨日までの自分には、決して満足することのできない、ファイター。うん。彼は、進むことをやめないファイターなの」
 もちろんこれだけで、礼治のすべてを言い表せたとは思っていない。しかし、一つだけはっきりと気づいたことがあった。私は、今でも彼に夢中なのだ。
「よくわかんないです」
 一言そう言うと、泉美は二つ目の皿に手を伸ばした。隣で勉が苦笑いする。
「僕はそれ、何となくわかるなあ。セシルさんみたいな美人を、デートに誘うだけでも、かなりの勇気が必要だろうから……。うん。やっぱりその人ファイターですよね。ファイター」
「ファイターより、私、エリートの方がいいです。勇気だけじゃ、ごはん食べられないじゃないですか」
「お前は、本当に夢がないやつだな。男には、金なんかよりもずっと大切なものがあるんだ」
「それって、来月からのお小遣い、減らしてもいいってこと? あ、このプリンもおいしい」
「お、俺の陣地!」
 賑やかな二人の会話は、私の耳をただ素通りするだけだった。頭の中では、今でも礼治が走り続けている。まっすぐに未来だけを見つめ走り続けている。そう。彼は進むことをやめないファイターなのだ。
 今の彼には、見えていないもの、気がついていないものが、確かにまだいろいろと残っているのかもしれない。けれど、それでかまわないと思う。今はそうでも、進んだ先の未来、そこに、私の姿を見つけ出してくれさえすればいい。きっと大丈夫。彼は、自分を変えることのできる人なのだから。

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38 檻の中から
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