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ショートストーリー 少年が見る夢

少年が見る夢

 彼は若かった。
 明かりを消し、布団に潜りこみ、目を閉じ合わせても、少年はなかなか眠りにつくことができなかった。頭の中は、動物園のことでいっぱいなのだ。
 明日、三人でどこかへ遊びに行こうか。
 パパの口から、今日突然そんな提案があった。どこがいい? という質問に対し、少年の答えは早かった。
 動物園。
 パパは大きくうなずき、ママはその横で楽しそうに微笑んでいた。
 二人はまだ起きている。隣の部屋から漏れ聞こえてくるのは、冗談を言うパパの声と、クスクスと笑うママの声。デパートにも寄ろうか。まずはレストランに行きましょう。そんなやり取りも聞こえてくる。
 少年は、久しぶりに幸せな気分を味わっていた。それは、明日の動物園だけが理由ではない。パパとママの言い争う姿を、今日は一度も見ることがなかったからだ。

「いつまで寝てるつもり?」
 ママの声がする。それは、少年がいつも耳にする言葉だった。
 でも、今日はどこか違って聞こえる。いつもの怒鳴り声ではない。何か楽しい出来事を告げる時のような、そんな明るい口調だ。
「動物園、行かなくていいの?」
 聞いた瞬間、少年の瞼はパッチリと開いた。開いたのと同時に、今日がどんな日であるのかを思い出した。思い出したのと同時に、布団から勢いよく飛び起きていた。
「雨、降らないかなあ」
 おにぎりを頬張りながら、少年はもごもごと呟いた。窓の外は曇り空である。
「大丈夫よ」とママ。
「心配いらないさ」とパパ。
 二人の笑顔に、少年の不安は少しだけ小さくなった。
 車で行くの? ライオン見れるかなあ。ゾウは? キリンは? レストランでハンバーグにしていい? それからフルーツパフェも。
 立て続けの質問にも、二人は終始にこやかだった。少年に対して、力強くうなずくパパと、やさしい眼差しを向けるママ。
 ただ一瞬だけ、二人の表情を変化させる言葉もあった。
「今日のお部屋、なんだかすごくきれいになってる」
 パパが目を伏せ、ママがわずかに表情を曇らせたのは、その時だった。
 少し気になったものの、「そろそろ出かけようか」というパパの声に、少年の興味は再び動物園へと移った。

「晴れてきたね」
 レンタカーの後部座席で、少年は外の景色を眺めていた。レストランでの食事のせいだろう。お腹が少し苦しい。とはいえ、少年にとってそれは、幸福感に満ちた苦しみと言える。これから向かう動物園同様、レストランで食事したのも久しぶりのことだったのである。
 パパとママの様子が変わってきたのは、去年の始め頃のこと。幼い少年にも、その理由は何となくわかった。パパの仕事がうまくいってないらしいのだ。
 ママの口からも、よくそれに似た言葉を聞くようになった。わがまま言わないで。うちはそんな贅沢できません。ズボン破いたって、新しいの買ってあげられないんだからね。その口調は、日を追うごとに苛立たしさを増していった。ため息も増え、パパとの口喧嘩もエスカレートする一方だった。
 部屋は散らかるようになり、食事はインスタントラーメンの日が多くなった。やがて、パパの車がなくなり、親子三人で出かけることもなくなった。
 けれど、少年を悲しませたそんな日々は、昨日になって突然終わりを迎えたのである。
 きっと、パパの仕事がうまくいくようになったのだろう。
 少年は思った。そして、視界に入った動物園を見て、大きく胸を躍らせるのだった。

「帰りは、海でも見に行こうか」
 パパからそんな提案があったのは、動物園を後にしてからのことである。ママも、そして少年ももちろん賛成した。すでに大満足の一日。そこへさらにおまけが加わるというのだから、反対する理由などあるはずもない。
「時間かかるから、横になって寝ててもいいんだぞ」
 運転席からパパが声をかけてくる。
「うん。でも、ぜんぜん眠たくない」
 少年の頭の中には、先ほど見たオスライオンの映像が浮かんでいた。動物園での一番の目当てがそれだったのである。
 檻には、立派な鬣をしたオスライオンが確かにいた。メスの姿を見ることはできなかったが、飼育員の説明を聞いて納得ができた。
 メスライオンは現在妊娠中で、春になればまた見ることができます。その時は、もちろん赤ちゃんライオンも一緒に。
 その言葉を思い出すと、少年の表情は自然と笑顔になった。
 春になったら、また動物園に連れて行って。そう頼んでみようか。今日なら聞いてくれるかもしれない。パパもママも、今日はこんなに機嫌がいいんだから。でも……。
 昨夜、遅くまで起きていたせいかもしれない。あれこれと迷ってるうちに、少年はいつの間にか眠りに落ちていた。

 波の音が聞こえる。車もすでに止まっている。目的地に着いたのだろう。
 けれど、少年は目を開けず、そのまま寝たふりを続けた。パパとママの会話が気になったからだ。
「レンタンって……」
 ママがヒソヒソ声で、「トランクにあるんでしょ?」と続ける。
「ああ、ちゃんと用意はしてある」
 パパの声も小さかった。そして重々しくもあった。
「開ける音で、目、覚ましたりしない?」
 心配げなママの声。後部座席を振り返るような気配。
 ややあってから、「その時は、またその時だ」と、パパが力なく答えた。
「決心は、もうついてるんでしょ? それとも……」
「お前の方は、どうなんだ?」
「私は……。で、でも、母宛ての手紙、どこに置けばいいのかわからなくって」
「あ、持ってきてたのか……。俺も、実はそうなんだ。親宛てのと、こっちは会社宛てのだ」
 それからしばらく、二人の声は聞こえなくなった。ただ波の音だけが、穏やかに鳴り続けているだけだった。
 パパとママは、いったい何の話をしてるんだろう。
 少年にはそれがよくわからない。ただ、二人の声音から伝わってくるものならあった。苦しさ、あきらめ、迷い、悲しさ。
 今のパパとママは、レストランにいた時とも、動物園にいた時とも違う。だからといって、口喧嘩してるわけでもないらしい。
 少年はゆっくりと目を開いた。そして、勇気を出して言った。
「春になったら……」
 はっとしたように二人が振り返る。
「三人で、また動物園に行こうよ」
 再び、波音だけの時間が流れる。
 やがて、「春になったらか……」とパパが呟き、「そう。春になったら、赤ちゃん見られるのよね」と、ママがやさしく微笑む。
 少年は再び目を閉じた。いつの間にか毛布をかけられていたことに気づき、身体が急に暖かくなっていくのを感じた。
 春になったら、三人で、また……。
 少年は、ライオン親子の夢を見ていた。

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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No title

これはある意味、ホラーよりも怖くて恐ろしいSSかもしれません。
救いは無いけど、こういうSSも嫌いではないです。

単語からの連想だけで、大人は悲劇を想像してしまう。
でも子供がこれを読んだら、ただの楽しい一日の日記くらいにしか感じないかもしれない。
ココの分かれ目が、大人と子供を分けるのかもしれませんね。

片瀬さんのSS,とても新鮮です。
新しい試みなのでしょうか。
またどんどん描いていてください。楽しみが増えました^^

No title

最初から悲しい展開の予感はしていましたが、最後、少年がライオンの夢を見るところで終わっているところに、「さすがみことさんだな」と感心しました。
「春になったらまた動物園へ行こう」という少年の無邪気な提案を受けて、両親が心中を思い直していてくれたらいいな。そんな一縷の希望を抱かせてくれるところが、この小説の持ち味なのかな、と。

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> これはある意味、ホラーよりも怖くて恐ろしいSSかもしれません。
> 救いは無いけど、こういうSSも嫌いではないです。

なるほど。救いは無い、と受け止めましたか。
少年の最後の言葉で、両親は、これからしようとしていたことを、思いなおすか否か。
これは、読む人によってわかれるんでしょう。
作者としては、そのあたりがすごく興味深いところです。

> 片瀬さんのSS,とても新鮮です。
> 新しい試みなのでしょうか。

ありがとうございます。
このカテゴリーでは、新たなジャンル、作風、文体など、いろいろと挑戦していきたいと思っています。

今回の試みとしては、まず、物語の始めと終わりを決めてしまおう、という発想が最初にありました。
ヘミングウェイの『老人と海』
その冒頭部分、「彼は歳をとっていた」と、最後の部分「老人はライオンの夢を見ていた」
これを、ちょっとだけ変えて使いました。

> またどんどん描いていてください。楽しみが増えました^^

もっと充実したブログにするため、頑張っていきたいと思います。
あ、でも、この時期は、どうしてもオリンピックの誘惑が。
開会式長かったなあ。

Re: No title

一縷さん、コメントありがとうございます。

> 最初から悲しい展開の予感はしていましたが、最後、少年がライオンの夢を見るところで終わっているところに、「さすがみことさんだな」と感心しました。

ありがとうございました。
物語を簡潔にまとめるのが苦手な私。しかも今回は、書きなれていない三人称ということもあって、かなりてこずりました。

> 「春になったらまた動物園へ行こう」という少年の無邪気な提案を受けて、両親が心中を思い直していてくれたらいいな。そんな一縷の希望を抱かせてくれるところが、この小説の持ち味なのかな、と。

一縷さんは、そう解釈したんですね。
例えば、両親の反応が、もっと冷たいものだったとしたら、また別の想像をしていたのかもしれませんよね。
このあたりが、文字表現の難しさでもあり、奥深さでもあるんでしょう。

こんにちは

すごく前にコメントを書かせていただいたきりになっていて…片瀬さんの物語の世界をまた味あわせていただきたいなぁと思いながらも、忙しかったりあれこれで、何だか遠のいておりました。
ショートストーリーということで、ちょっととっつきやすかったので、改めてご挨拶に参りました。
このお話は、今の私には結構つらい話ではあるけれど……
そうですね、私はきっと夫婦は思いとどまったと思いたいです。
前半は、明らかに辛い話だと思って拝読しておりましたが、最後の子どもの言葉に、ちょっとだけ光を見た(見たい)ような気がしたので。
最後は『老人と海』のもじり? 私も使ったことがあるので、何だか親近感を感じておりました(^^)
お話としては、どちらとも取れる、というのは魅力的ですね。
素敵な掌編、ありがとうございました。
それから、足跡を探してご訪問するのが結構手間だったりするので、リンクを貼らせていただいてもよろしいでしょうか。……よろしくお願いいたします(*^_^*)

Re: こんにちは

大海さん、コメントありがとうございます。

> このお話は、今の私には結構つらい話ではあるけれど……
> そうですね、私はきっと夫婦は思いとどまったと思いたいです。

読み手によって、あるいはその時の精神状態によっても、どう感じるかは変わってくるかもしれませんね。
ラストを曖昧にしたのは正解だったかな。

> 最後は『老人と海』のもじり? 私も使ったことがあるので、何だか親近感を感じておりました(^^)

あ、そうなんですか? 読んでみたいなあ。
ヘミングウェイは苦手という女性が多いらしいんですが、
大海さんは、どう表現したんだろう。

> お話としては、どちらとも取れる、というのは魅力的ですね。

ありがとうございます。
説明しすぎない、というのを、最近すごく意識して書くようになっています。
『老人と海』がまさにそうでしたからね。
読み手の数だけ、解釈の仕方も異なる。
これ、究極の理想かもしれない。

> それから、足跡を探してご訪問するのが結構手間だったりするので、リンクを貼らせていただいてもよろしいでしょうか。……よろしくお願いいたします(*^_^*)

もちろんOKです。うれしいです。
私もリンクさせてもらいますね。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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