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エッセイ 辞書が教えてくれたこと

辞書が教えてくれたこと

 ここ二年ほどの間、辞書を引かない日はなかっただろうと思う。小説執筆のためというのが、その目的のほとんどである。
 初めて使用する言葉については、たとえ正しいと自信があったとしても、とりあえずは意味を調べることにしている。実は、正しく理解できていなかった、という場合も少なくないからだ。
「煮詰まる」
 これ以上いくら時間をかけたとしても、いい考えが浮かばないという意味。
「さわり」
 物語の冒頭の部分という意味。
「敷居が高い」
 高級すぎる、上品すぎるところへは、行きづらい入りづらいという意味。
 これがすべて間違いだった。
 辞書は、自分の持っている知識が、いかに不確かなものであるかを教えてくれた。
 小説、特に地の文を書く時には気をつけたい。しかし、会話文についてはどうだろう。この辺はすごく迷う点だ。世の中には、私同様の間違いをしてる人も多いはず。それを考えると、会話文の中に、少しばかり誤用が含まれている方が、現実味が出ていいとも言える。
 さらに迷うのが、誤用の方が一般化してしまった言葉だ。こうなると、もはやそれは誤用ではなく、時代の流れによって、言葉の定義自体が変化してしまったのだとも言える。「確信犯」、「檄を飛ばす」、「姑息」などがそれに当たるだろう。辞書には、誤用の意味も合わせて説明されてある。
 言葉の意味とは別に、使っている言葉そのものが間違っていたということも多い。「押しも押されぬ」、「足元をすくわれる」、「知ってか知らずか」などは、みな間違いとされている。これもあくまで現時点では、ということになるのだろうが。
 もちろん、言葉というものは変化していく。時代に合わないものは消えるか、変貌を遂げるかする運命にあるのだ。
 変わりつつある言葉として、いくつか思い当たるものがある。さっそく辞書で確認してみた。
「どや顔」
 あった。「得意顔」に変わって主流になりつつあるのかもしれない。
「生足」
 これもあった。「素足」の立場が危うくなってきているのかもしれない。ちなみに、男性の足には用いない言葉らしい。
 言い忘れていたが、私が利用している辞書とは、パソコンソフトのことである。言葉を調べるには、これは本当に便利。これなしでの執筆活動は無理と言っていいほどだ。
 ここでふと思うことがある。ページ数の制限があるだろう紙の辞書と比べ、パソコンの記憶容量は膨大だ。言葉数はいくら増えても構わないはず。もしかすると、辞書から削除される言葉というものはなくなっていくのかもしれない。死語という言葉自体が死語になりつつあるのだろうか。
 さっそく調べてみた。
「女学生」
 あった。若いはずなのに、なぜかセピア色に見えそう。
「ナウい」
 こんなものまであった。いかにも現代的、という説明が笑える。
 他にも、「ぶりっ子」、「朝シャン」、「花金」などもちゃんとあった。当然のように、「スチュワーデス」や、「看護婦」といったものも、言葉狩りに負けることなく、辞書の世界では堂々と生き延びていた。
 類義語を知ることができるというのも、辞書活用の大きな利点だ。
 一つの段落内で、何度も同じ言葉が使われている文章というものは、読んでいてぎこちなく感じる場合が多い。それを解消する一つの手段が、いくつかの言葉を類義語に置き換えるという方法だ。
 これによって、ぎこちなさは軽減され、文章表現の幅も広がる。しかも、結果的にそれだけ語彙が増えることにもつながる。
 このように、辞書はいろんなことを教えてくれる。文章を書く人間にとっては強い味方だ。しかし、しょせん他人が書いた物。当然すべての説明に納得がいくわけではない。どうも腑に落ちない、という説明も多々ある。
「左」
 大部分の人が、食事のとき茶碗を持つ側。
 うーん。何か納得がいかない。
「右」
 大部分の人が、食事のとき箸を持つ側。
 まあ、そうなるだろうね。でも、やっぱり何か納得がいかない。
「恋」
 特定の異性に強くひかれること。
 うーん。これもどうせなら、大部分の人が、と前置きした方がいいような。
「初老」
 四十歳の異称。
 ああ。そうでしたか。
 最後に、初老代表の私から一言。
 辞書は、たまに余計なことまで教えてくれる。

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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No title

私も作品を書くときは、辞書が欠かせません。
普段使っていても、自信がないとすぐに調べます。

でも、言葉って時代と共に変化していきますよね。
明らかに誤用だと思っても、そちらの方が浸透して一般的になっていると、そちらを使うこともあります。
言葉は生き物ですし、読む人に伝わらなければ意味がないですしね。
言葉がそうやって変化していくのは仕方がないですが、乱れていくのは悲しいものがあります。
『ら』抜き言葉とか。
全然大丈夫・・・なんて言葉も、ついつい使っちゃいます。

あと、『役不足』は、使うたびに悩んでしまいますね。どっちだったかな・・・と。
本来は自信家の尊大な使い方なのに、今はほとんどが謙遜として使われているようです。
でも、きっと会話としてはニュアンスで伝わるので、問題は無いのでしょうね。

『初老』が40歳というのは、もう辞書を改定したほうがいいですよね(笑)ばりばり現役ですもんね。

最近は言葉が頭にスッと浮かんでこなくて、とても焦っています。
頭の方は、気力よりも先に初老になっちゃってるんですね><

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> 私も作品を書くときは、辞書が欠かせません。

やっぱりそうですか。小説を書いている人は、ほとんどそうじゃないかなと思っていました。
その言葉の語源など、意外な新発見をすることもあって、ついつい夢中になって調べてしまうことも私はありますね。
三浦しをんの『舟を編む』の影響もあって、辞書は今一番の愛読書かもしれません。

> 言葉がそうやって変化していくのは仕方がないですが、乱れていくのは悲しいものがあります。
> 『ら』抜き言葉とか。
> 全然大丈夫・・・なんて言葉も、ついつい使っちゃいます。

それから、外来語も、必要以上に使ってしまってますよね。
テンションや、モチベーションなんて言い方、二十年ぐらい前は口にしていなかったはずなんだけどなあ。
悲しいといえば、言葉狩りもそうです。
何者かの圧力によって、意図的にその言葉が消されていく、しかも、そのほとんどが英語に置き換えられてしまう。
うーん。やっぱりこれは、何か間違っているような気がする。
日本語の危機、と感じるのは、やはり私が初老だからでしょうか(笑)

No title

もう、辞書とのお付き合いは長いですし、
私も愛読書の一つとして上げられる辞書を持っています。
それは英語の辞書なんですけどね。
英語に訳せない日本語とか、日本語に訳せない英語とかに悶えています(笑)

私は気楽な物書きが好きなので、言語学にはほんの少ししか興味は無いのですが、
それでもちょっとでも触れてみると面白いものがありますね。
深い世界なので、はまらないように気をつけていますけれども(^^;)

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございました。

> 私も愛読書の一つとして上げられる辞書を持っています。
> それは英語の辞書なんですけどね。

英語が苦手な私からすると、めまいを起こしてしまうかもしれない危険な辞書のことですね(笑)
でも、いいなあ。英語を理解できる人は。
洋楽なども、きっと違って聞こえるんでしょうね。

> 英語に訳せない日本語とか、日本語に訳せない英語とかに悶えています(笑)

ああ。これ、たくさんありそう。
悶えつつも、新たな発見というのも多いんじゃないでしょうか。
英語、日本語、それぞれの理解もより深まっていきそう。

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Re: No title

鍵コメGさん、コメントありがとうございます。

> 人が話すとき、つい、それって間違ってるよって言っていましたが、いつの間にか自分も染まってしまいました。

これはありますね。
「やばい」という言葉を肯定的な意味で使うのには抵抗があるのに、
ついつい、いい意味で「鳥肌が立つ」という表現を使ってしまうことがあります。
確実に染まってきてますね。
物書きの立場としては、なるべく抵抗したいところなんですが。

それにしても、日本語はますます曖昧な言語になってきてますね。
正反対の意味で使われる言葉が、どんどん増えていってるわけですから。
そのうち、「虫唾が走る」という言葉も、褒め言葉として使われる時がくるのかも。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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