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不倫のライセンス 34 結婚生活の間違い

34 結婚生活の間違い

 ホテルで一泊した後、私は真っ先に自宅へと向かった。
 礼治に会いたいという思いは一時封印した。彼の元へ行く前に、まずは自らの義務を果たそう。そう決めていた。そうでなければ、何も変わらない。何も変えることができないのだから。
「久しぶり……」
 一言そう言って、夫は私を部屋へと招き入れた。至って穏やかな口調。チラリと私の手元に視線が移動する。マグカップを持ってきたのか、そのことを確認したのかもしれない。
「手ぶらで来たの……。話が済んだら、すぐに出て行くつもりだから」
 あらかじめ用意してきたセリフだった。自分の意志はストレートに伝えた方がいい。中途半端な気遣いや、曖昧な態度は、ただ問題を拗らせるだけでしかない。そう心の中で呟き、私はきっぱりとした口調で続けた。
「お互いのためにも、きっと離婚した方がいいと思う。それが私の結論。よくよく考えた上での答えなの。だ、だから私と、私と別れてください」
「まあ、とにかく座って話そう」
 特にショックを受けたという様子もなく、敏明はリビングソファーへと腰を下ろした。私もそれに倣う。
「離婚した後のことも、ちゃんと考えてるのかい?」
 うなずく私に、敏明が小さくため息を漏らす。
「離婚しろって、彼、成宮礼治から言われたわけではないんだろ?」
「私が、そうするべき、ちゃんと、離婚するべきだって思ったの」
「彼も、それを望んでると思うのかい?」
 大きくうなずく私に、敏明のため息も大きくなる。お前は何もわかっていない。今すぐにでも、そんなセリフが飛び出してきそうな表情だ。
「この場で、はっきりと確認しておいた方がいい。携帯持ってるんだろ?」
「そ、そんな必要ありません」
「自信がないのかい?」
「自信って、何それ。そういう問題じゃないでしょ。私は、私の考えで、あなたとの離婚を決心したのよ」
「一つ予言しよう」
「予言しなくて結構です」
「彼は、お前と結婚したいわけじゃないんだ」
 敏明の目的が、もし私を挑発し怒らせることにあるのだとすれば、今の言葉はかなり効果的だったはずだ。顔が火照り出すのを意識しながら、私は膝上に置いた手を力いっぱい握り締めた。
「誰かさん使って、彼のこと、いろいろと調べさせてるみたいだけど、心の中まではわからないでしょ?」
「いや、ちゃんとわかるさ」
「わからない。絶対わからない」
「だから、電話で確かめてみればいいと言ってるんだ。私と結婚する気はあるのかってね」
「そっちこそ、確かめてみなさいよ」
 口調が荒くなるのを抑えきれないまま、私は勢いに任せて、「雇った女スパイが、真面目に働いているかどうかをね」と早口で続けた。
 本当は持ち出すつもりなどなかった。今の私にとってはどうでもいいことだったからだ。しかし、いったん口にしてしまった以上、もう取り消すわけにもいかない。
「女スパイ?」
「そう。彼のこと調べてるのって……、麻美ちゃんなんでしょ?」
 生田麻美の存在には、ずっと違和感を持ち続けていた。夫の素浮気相手だとわかってからもなお、その違和感を拭い去ることはできなかった。私がどんな人間であるのか、彼女はそれを知りたかったのだと言っていた。それがボクシングジムに通い始めたきっかけなのだと。しかし、私が顔を出さなくなった今でも、麻美のジム通いは続いているらしい。
 礼治のことを調べ上げるために、敏明が送りこんだ女スパイ。生田麻美について、それが私の導き出した答えだった。
「麻美……」
 敏明は胸の前で腕を組み、何かを思い出そうとするかのように、じっと天井の一点を見つめ続けている。とぼけているのか、本当に心当たりがないのか、私には判断がつかない。
 ややあってから、「お前さあ……」と、敏明が眉毛を掻きながら言い、「何か、勘違いしてないか?」と、今度は困ったような顔で口髭をいじる。
 そう尋ねられても、私には答えようがない。こんな話し合い、一刻も早く終わらせたい。その思いだけだった。
「もういいの、そんなこと。離婚の意志さえ伝われば、他のことはどうでも……」
「お前の考えはわかった。今度は、俺の番だ」
 私がうなずくのを待ってから、敏明は、やや声のトーンを落として続けた。
「今までの結婚生活で、俺は一つだけミスを犯していた」
 たった一つだけ? と聞き返したくなるのを、唇を固く結んで耐える。
「そのことに、最近気づいたんだ」
 最近になってようやく? と聞き返したくなるのを、今度は奥歯を噛みしめて耐える。
「二人で、病院に行って調べてもらうべきだったんだ」
「はあ?」
 あまりにも予想外の言葉。しかし、一つだけはっきりしたこともある。女遊びについて、夫はあくまでも反省する気がないということだ。
「病院って、それ何の話?」
「こ、子供が、できなかった原因についてのことだよ」
 敏明の、その苦しげに吐き出された言葉は、私をますます戸惑わせた。
「医者に相談してみようかと、一度お前が提案した時……、お、俺は、素直にそれを受け入れることができなかった。自然の摂理に逆らうべきではないだとか、科学が生命の誕生に関わるのは反対だとか、確か、そんな格好のいいことを言ってたんだよな、俺は……。あれは、本音じゃなかった。強がっていた。いや、怖がっていたのかもしれない。もし、子供ができない原因が、自分の方にあったらってね。それを知るのが恐ろしかった。知らずに済むのならその方が……」
「と、敏明さん……」
 もうこれ以上、黙って聞いているわけにはいかなかった。
「そのことを、今後悔したからって、何かが解決するわけじゃないでしょ?」
「いや。結婚生活の間違いは、あの時点から始まったんだ。それを修正さえすれば……」
「もう、遅いの、それは」
「遅くなんてないさ。俺たち夫婦には、子供が必要だったんだ。共通して愛情を注げる対象、二人にはそれが足りなかったんだ」
「敏明さん、違うの」
「い、今は、不妊治療してもかまわないと思ってる。だから、今度こそうまく……」
「お腹に、いるの」
「え?」
「私のお腹に……。まだ、はっきりと病院で確認してもらったわけじゃないけど」
 言葉の途中から、私は自分の手元へと視線を落としていた。困惑、落胆、そして絶望。視界の隅に映る敏明の表情は、その心の変化を雄弁に語っていた。
 いつまで待っても、言葉は返ってこない。ただ、苦しげな息遣いが聞こえてくるだけだった。
 私の告白が、夫にどれだけのショックを与えたのかはわからない。やはり言うべきではなかった、と思う一報、これでよかったのだとも思う。もう、引き返せないところまで来てしまったのだ。敏明も、そして私も。

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35 胸騒ぎ
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