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不倫のライセンス 29 同窓会

29 同窓会

 三クラス合同にもかかわらず、その会の出席者は少なかった。私同様、それだけ町を離れてしまった人間が多いということなのだろう。母校である小学校が、もうすぐ廃校になってしまうというのも必然といえた。
 二次会ともなると、その数はさらに減り、私と智美を含め十一人が残るだけとなっていた。
「よくそんなので我慢できるなあ」
 智美が私の手元へと顎をしゃくった。
「私、昔からアルコールは苦手だから」
 私は、苦笑しながらグラスを軽く持ち上げて見せた。中身はごくごく薄い、信じられないほど薄いウーロンハイである。こんな場所で、悪酔いした姿をさらすわけにはいかない。なるべく目立たず、ごくごく薄い、信じられないほど薄い存在でいたかった。そもそも、同窓会に参加すること自体躊躇していたぐらいなのだ。智美がもし出席していなかったなら、たぶん私もここにはいなかっただろうと思う。
 小さな中華料理店が、この二次会の場所となっていた。二つのテーブルに、分かれて座る十一人。中には、私と同じクラスだった人間も三人いる。
「セシルが、こっちに戻って来てるだなんて知らなかった」
 そのうちの一人が声をかけてきた。
 屈託のない笑顔を向ける彼女に、私はただあいまいな表情を浮かべることしかできない。なぜなら、私ははっきりと覚えていたからだ。小学生時代に彼女から言われた言葉を。外人は、早く日本から出て行け。そう投げつけられた言葉を。
 つらかった記憶が蘇ること。私はそれを恐れていたのだと改めて気づかされる。それと同時に、いじめていた側の人間は、そんなこととっくに忘れてしまっているのだということにも気づかされた。
「あの頃から、セシルってきれいだったもんね。やっぱりハーフってうらやましいなあ」
 彼女の声音には、親友との久しぶりの再会に、感激しているかのような響きさえ感じられる。
 思い出話が一通り済むと、今度はそれぞれのテーブルで、互いの近況を報告し合うという展開になった。
「それで、その絵を完成させるまでは、こっちで過ごそうかなと思って……」
 今描いている作品の説明を簡単に済ませ、私はなるべく短い言葉で、自らの近況についての話を締めくくった。そのつもりだった。
「旦那さん、それで何の文句も言わないの?」
 興味津々といった風に、真向いの席から質問が投げかけられる。またしても例の彼女。ここにきて、ようやく昔の名前を思い出すことができた。赤井美佐子。現在は結婚して青井美佐子となっている。性格までもが、赤信号から青信号へと変わったのだろうか。彼女の口調は至って穏やかである。
「ウチの旦那なんかとは大違いね」
 美佐子は苦笑し、それから“うらやましい”を連発するのだった。
「はい、はーい。でもさあ……」
 美佐子の隣に座るちょっと太めの女が、片手を上げて話に割りこんできた。もうかなりアルコールが回っているのだろう。白いワンピースに、大きな油染みができていることにも気づいていないようである。
「そういう、一見ものわかりの良さそうな亭主に限って、自分は、ちゃっかり陰で不倫してたりすんのよねえ」
「そうそう。わかるわかるわかる。ウチのやつが、まさにそれだもの」
 ここでもう一人、今度は別のテーブル席から声が飛んできた。こちらはかなり太めの体型。私と同じクラスだった百合子である。痩せ過ぎの身体のことを、みんなから心配されていた百合子である。
「夫の不倫は、妻にだって半分責任がある」
 今度の意見は男の声だった。いわゆる“余計な一言”というやつだ。
「何言ってんのよ!」
 ちょっと太めと、かなり太めが、ほぼ同時に叫んだ。
 これをきっかけに、二つのテーブル席では、女対男の大論争が巻き起こってしまったのだった。
「トモ……」
 隣席へそっと声をかけてみるも、智美からの返答は何もない。そこには、ただ真っ赤な顔をした大男が、手にしたグラスをぼんやりと見つめているだけだった。
「ねえ、トモってば、ねえねえ……」
「も、もう、飲めねえよ。……俺には、おもちゃ屋、おもちゃ屋を守るっていう使命があるんだ。……な、なぜ、身長が二メートルもあると思ってんだよ。それが、みんなにわかるか? バレーボールをやるためじゃない。バスケットボールをやるためでもない。……そう、高い棚に置いてある、ぬいぐるみのうさちゃんを取るためだ」
 駄目だ。もう完全にできあがってしまっている。
「もし、松嶋菜々子が女房だったら、男は絶対浮気なんてしねえよ」
 どこかの席の男が、現実味のない持論を展開している。
「そもそも、松嶋菜々子が、あんたの女房になるわけないじゃん」
 どこかの席の女が、最もな反論をしている。
「そうそう、その通り!」
 そして、ちょっと太めと、かなり太めが、ほぼ同時に叫んだ。
「もう、みんなやめなさいよ」
 青井美佐子が立ち上がり、女性グループと男性グループの間に割って入る。かつてのいじめっ子も、今ではすっかり平和主義者に変わったようだ。
「トモ、もう帰ろうよ」
 私の呼びかけに、相変わらず智美は無反応のままだ。グラス片手に、上半身を大きく左右へと揺らしている。高層ビルの崩壊を連想させる、そんな危うさが全身から漂っていた。
「そんなに飲んだら、あとで、絶対後悔するんだからね」
 自戒を込めての私の一言が効いたのだろうか。智美は、「後悔?」と呟き、ピタリとその動きを止めた。
 一瞬の間。そして、今度は勢いよくその場に立ち上がった。椅子が倒れ、店内に派手な音を響かせる。
「こ、後悔だったら、もうとっくにしてんだよ」
 わけのわからない大男の言動に、私を含む、同窓会の出席者全員が沈黙した。
「俺は、ま、間違ってたんだ。おもちゃ屋なんて継ぐんじゃなかった。結婚なんてするんじゃなかったんだ。お、俺には、本当はもっと、もっともっと大切なものがあったんだ。……な、なぜ、身長が二メートルもあると思ってんだよ。それが、みんなにわかるか? 俺にはよくわからん。たぶん、それはたぶん、ほ、惚れた女のためだ。一生に一度だけ、俺が、本気で惚れた女のためだ。きっと、一緒に暮らせば、何かと便利だからだ。部屋の蛍光灯を交換したり、冷蔵庫の上を掃除したり、そ、それから、そう、高い棚に置いてある、ぬいぐるみのうさちゃんを……」
 周りが息を呑んで見守る中、智美の発言はそこで中断されることとなった。勢いよく、前のめりに倒れこんでしまったからである。派手な音とともに、テーブルが破壊されてしまったからでもある。酢豚の皿に、思いっきり顔を突っこんでしまったからでもある。
 結果として、これがお開きの合図となった。

 帰りのタクシー。私の横には、酩酊状態、および油まみれ状態の智美がいる。バックミラーに映る運転手の表情は、ウチの店には、もう二度と来ないでくれ。と言っていた中華料理店の主人のそれとどこか似ていた。
「トモ、大丈夫?」
「うん」
「どこも怪我してない?」
「うん」
「もうちょっとで、家に着くからね」
「うん」
「酢豚、おいしかった?」
「パイナップルが余計だった」
「あ、それ、私も苦手なの。……運転手さんはどうですか? 酢豚のパイナップル、あれ許せます?」
 険しい表情の運転手に向かって、私は勤めて明るい口調で尋ねてみた。
「酢豚のパイナップルも嫌いですけど、中華料理臭いカップル客の方は、それ以上かもしれません」
 運転手の口調は、だから、日本に来るのは嫌だったんだ、と言っていた中華料理店の主人のそれとどこか似ていた。

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30 二つの影
不倫のライセンス 目次

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

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片瀬さま

お久しぶりです。
前回から日が空いてしまいましたが読ませていただきました。

お父さんがなかなか素敵でツボでしたw
お酒の一言には注意しなくてはいけませんね…年末年始は何かと飲みますので。

毎度のことながら一人称でお話を書くのが苦手なので、本当にうまく書くんだなぁと感心しています。どうやったら一人称で書けるのか教えていただきたいくらいです。

忙しい年の瀬に体調をくずさぬようにお気をつけくださいませ。
またお邪魔させて頂きます。

Re: 片瀬さま

凪さん、コメントありがとうございます。

> お父さんがなかなか素敵でツボでしたw

キャラクターを気に入ってもらえるというのは、作者として本当にうれしいことです。
セシルパパが好きという感想は、以前別の方からもありました。
ポイントはなんだろう。寡黙なところがいいのかな?

> 毎度のことながら一人称でお話を書くのが苦手なので、本当にうまく書くんだなぁと感心しています。どうやったら一人称で書けるのか教えていただきたいくらいです。

ありがとうございます。
逆に、私の方は三人称が苦手で、初めて書いた小説は、そのせいで途中で投げ出してしまったぐらいなんですよ。
一人称か三人称か、人によって書きやすさは変わるみたいですね。

> 忙しい年の瀬に体調をくずさぬようにお気をつけくださいませ。
> またお邪魔させて頂きます。

ありがとうございました。またお待ちしています。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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