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不倫のライセンス 25 いつまでも変わらないもの

25 いつまでも変わらないもの

 よちよち歩きのペンギンのおもちゃ。
 それを掌に乗せたまま、私はしばらくの間思案に耽っていた。頭の中のキャンバスは、いまだに絵筆を受け入れず、何かが足りない、何かが足りないと、ただ満たされぬ思いを訴え続けるばかりである。
 しかし、たった今、何かひらめきのようなものがあった。古い校舎と、ぜんまい仕掛けのおもちゃという組み合わせにである。これから描く絵の構成が、おぼろげながらもようやく形になりそうだった。
 巨大だが、やがて壊される運命にある校舎と、頼りない足取りだが、前進することをやめようとしないおもちゃのペンギン。作品のモチーフとして、この組み合わせ、この対比には、やはり大きな魅力がある。
「それ、気に入ったか?」
 その声に振り返ると、私の背後には巨大な影。いつの間にか、このおもちゃ屋の経営者、木之下智美がすぐそばまで来ていた。
「さっきから、何思いつめたような顔してんだよ」
「うん。まあ、ちょっとね……」
「わかった。昔、そいつに似たペンギンに、命を救われた経験があるんだろ」
「残念でした。これ見ながら、晩ごはんのおかず考えてたとこなの。今夜は、鳥の唐揚げにでもしようかなってね」
「野蛮人め。それ食うなよ。大事な商品なんだから」
 小さな店内、おもちゃの熊が叩くにぎやかな太鼓の音に、私と智美との笑い声が混ざり合う。他に客の姿はない。幼馴染みと無駄話を続けるのには、あまりに条件が揃いすぎていた。
 ふるさとの景色が、少しずつ変化していく中、いつまでも変わらないものも確かにあった。私にとってその象徴といえるのが、このおもちゃ屋、そして智美の存在だった。
「そういえば……」
 何かを思い出したというような口ぶりで、智美が、不意に店の外へと視線を向ける。学校帰りだろうか。そこには、ランドセルを背負った数人の子供たち。
「近いうちに、同窓会があるらしいんだ」
「それって、小学生時代のってこと?」
 私も、子供たちの姿を、ぼんやりと目で追いながら言った。
「ああ。あの学校、もうすぐ廃校になるだろ。だから、同窓会というより、お別れ会みたいな感じになるんじゃないのか」
 子供たちの姿が、私と智美の視界からゆっくりと消えていった。
「入ってくれなかったね、お店」
 私が呟くと、隣から智美の苦笑いが聞こえてきた。
「最初っから、子供なんて当てにしてねえよ」
「へえ。ここ、いつからおもちゃ屋さんじゃなくなったの?」
「ウチの店は、大人をターゲットにしてんだ。時代だよ、時代。子供の数がどんどん減ってるっていうのに、いつまでも子供相手にってわけにはいかないだろ。こういう時代なんだよ」
 そう話す智美の横顔が、私の目にはどことなく寂しげに映った。
 改めて店内を見渡してみる。確かに智美の言葉通りではあった。大人が見て、思わず表情が緩んでしまうような、懐かしさを感じさせる商品の数々。ここなら、一日中いたって飽きることがない。とそう思えるのは、やはり私がもうすぐ三十を迎えるせいなのだろう。
「あれ、もらおうかなあ」
 私の指差す先にあるのは、大きなリボンを付けたうさぎのぬいぐるみ。高い商品棚、その一番上で、彼女はどれほど長い時を過ごしてきたのだろう。と、つい勝手な想像を働かせてしまう。
「こういうのって、赤ちゃんが喜びそうじゃない?」
 智美から手渡されたぬいぐるみを、私は胸にギュッと抱きしめて見せた。
 何かを訝るような智美の表情。その視線の先は、私の腹部へと向けられていた。
「違う違う。私の子供ってことじゃなくて……」
 誤解を正そうと、慌ててかぶりを振る。
「私の知り合いがおめでたなの。出産はまだまだ先なんだけどね」
「なんだ、そうか……。それって、瞳子ちゃんのことでもないよなあ」
「違うよ。瞳子まだ独身だもん。泉美ちゃんっていう、前に勤めていた職場で一緒だった子。この大きなリボン見てたら、急に彼女のこと思い出しちゃって。出産祝いに、これいいんじゃないかなと思ってね」
 ぬいぐるみを包装してもらっている間、私はポケットからデジタルカメラを取り出し、いくつか気になる商品の写真を撮っていた。
 店の奥から、智美の妻、真琴の声が聞こえてきたのはその時だった。
「銀行、どうしたの? 約束してたの今日なんでしょ?」
 不機嫌そうな顔が、半開きになったドアから覗いている。私には見向きもせず、智美に向かって、「お店なんていいから、銀行行く時間、もうとっくに過ぎてるじゃない」と、厳しい口調で続けた。
 一瞬目が合い、私は笑顔で頭を下げた。しかし、次に耳に届いたのは、挨拶の言葉ではなく、勢いよく閉められるドアの音だけだった。
「悪いな」
 智美が、ばつの悪そうな表情で言う。
「ううん。私の方こそごめん。ちょっとお邪魔しすぎたみたい」
「それより、同窓会。せっかくだから参加してみないか?」
「え? ああ、それね。うん、どうしようかなあ……」
「まあ、考えといてくれよ。じゃあ、これな」
 包み終えた商品を受け取る。代金を支払い、店の出口へと向かいかけたところで、私は足を止めた。
「ペンギン」
「え?」
「そっちがメインだったはずなのに……」
 苦笑する私を見て、智美もすぐに気がついたらしい。踵をかえしたかと思うと、素早くぜんまい仕掛けのおもちゃを手に戻ってきた。
「それ、いくら?」
「いいから、持ってけよ。俺からのプレゼントだ」
「駄目よ、そんなの。商売にならないじゃない」
「いいって言ってるだろ。こんなことでもめてたら、また怖い顔したやつが出てくるだろうが。さっきの、あの頭の角、お前だって見ただろ?」
 半ば追い出されるようにして、私はその店を後にした。
 少し歩いたところで、何気なく後ろを振り返ってみる。もともとは、智美の父親がやっていたおもちゃ屋。やはりそこにも、“老い”というものが、はっきりと見て取れた。余計なことだと知りつつも、どうしても経営状態のことが気になってしまう。
「お別れ会かあ……」
 ため息とともに、ポツリと呟きが漏れた。“別れ”という言葉から、真っ先に私が連想するのは、やはり“離婚”の二文字だった。
 敏明の顔が脳裏に浮かぶ。しかし、それは“ロッキーのテーマ”によって、一瞬でかき消されることとなった。
 その音源を、急いでポケットから取り出す。電話の相手が、礼治であることはもうわかっていた。
『来週の試合までには、戻って来てくれるんスよね?』
 いきなりの質問。いや、その口調は、質問というよりも懇願に近い。
 黙っている私に、礼治はさらに早口で続けた。
『駄目っスか? セシルさん、駄目なんっスか? 試合も、試合も見に来てくれないん……』
「ちょ、ちょっと待ってよ。私にだって、いろいろ都合が……。ち、父の具合が、あんまりよくないの。歳が歳だから、もうあっちこっち弱っちゃって……。やっぱり、歳取るって大変なのね」
 ヘタな言い訳を並べ立て、礼治との通話を無理矢理に打ち切る。携帯電話をポケットに収め、顔を上げた私の視界に、今度はいきなり父の顔が飛びこんできた。
「パ、パパ。驚かさないでよ」
「お前が勝手に驚いてるだけだ」
「う、うん。まあ、そうなんだけど……。それよりパパ、どこ行くつもり? 買い物?」
「そうだ。これから、若返りの薬を買いに行くところだ」
 父の背中を、私は笑顔で見送った。もちろん、作り笑顔でである。もちろん、嫌な汗を大量に滴らせながらである。

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