スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雨と虹の日々 29 テレビが嫌い

29 テレビが嫌い

 俺はテレビが嫌いだ。
 もちろん、映像によっては興味をそそられることだってある。鳥や魚の群れを目にすれば、自然と心は踊り出し、キャットフードのCMを見れば、勝手に胃袋のやつが騒ぎ出すってもんさ。
 しかし、それらはいずれも遠い世界の現実。しかも、あっという間に姿まで変えちまう。魚の群れは、車の渋滞シーンに。キャットフードは、チョコレートのCMに。こちらの希望などお構いなしに、テレビは次から次へと垂れ流し続けるばかりだ。腹の足しにもならない映像を。手の届きようもない幻を。
 虹子も、テレビはあまり好きではないのだろう。たまに、政治家連中がたくさん出てくる番組を見るぐらいだった。確か、国会中継とか何とかいうやつである。
 今思えば、あれだって、別に好きで見ていたわけじゃないはずだ。おそらくは、自分の父親の姿を確認していたのだろう。どんなでたらめを口にしているか。どんな間抜け面をしているか。
 そんなテレビ嫌いの俺と虹子だが、今日ばかりはいつもとは事情が違っていた。朝っぱらから、揃ってテレビの映像に釘付けなのである。テレビとは言っても、それは虹子の小さなパソコンの画面のこと。パソコンにそんな機能があることを、俺は今日初めて知った。
 しかし、そんなことぐらいで驚いている場合ではなかった。本当に驚くべきは、その映像の中身なのである。
 丘の上から眺めるいつもの景色。その中には、もちろん俺と虹子の家も確認できる。カーテンで遮られているため、さすがに室内をうかがうことまではできない。
 見慣れた景色であっても、やはりそれは奇妙な映像だった。ただの幻とは違う。第二の現実とでも言えばいいのだろうか。もしも俺が今、カーテンの隙間から顔を出そうものなら、おそらく虹子は、テレビを通して俺の姿を発見することになるのだろう。
『ご覧いただいてわかるように、ここからですと、同じような形の丸太小屋が、いくつも確認することができます』
 画面の中では、マイクを持った厚化粧の女が、深刻そうな口ぶりで説明を続けていた。
『どの部屋も、窓にはしっかりとカーテンが引かれ、ここからでは、中をうかがい知ることはできません。カーテンの色にも、何か決まりがあるんでしょうか。いずれも黒で統一されているようです』
 女は見落としている。俺の家のカーテンには、小さな魚のイラストが描かれているということを。
『朝から取材を続けてるんですが、いまだに人の姿を確認することができません。警察官は別ですよ。ここで暮らしているはずの若者たち、という意味です。彼ら、彼女らは、いったいどこへ消えてしまったのでしょうか。カーテンの向こう側で、みな息をひそめているだけなのでしょうか。こうして見ていると、何か不気味な印象さえ感じてきます』
 女は気づいていない。強い日差しで化粧崩れした顔の方が、よっぽど不気味だということを。
『田所さん、信者の若者たちは、普段そこで暮らしていると考えていいんですか?』
 今度は別の女の声。ただし、映像には姿を見せない。テレビを見ていると、たまにこういう場面に遭遇することがある。特権を持った一部の女は、スタジオとやらで、ただのんびり椅子に腰をかけているだけでいいらしいのだ。
『おそらくは、そうであろうということぐらいしか、今のところは言えません。何しろ、警察発表の予定が、だいぶ遅れていまして。それに……』
 田所と呼ばれた女の映像は、ここで唐突に切り替えられた。特権を持たない女の、悲しき宿命ってやつだ。
 パソコン画面に、今度はCMが連続して映し出される。
『あなたは、一週間後に気がつくはずです。なぜ、こんなにも女性にモテるようになったのだろうかと。なぜ、こんなにも娘に好かれるようになったのだろうかと。さあ、薄毛とは今日でお別れです。あなたを変えるのは、このかつらだけ!』
 二週間後には、きっと別のことにも気がつくはずだ。なぜ、こんなまがい物にすがりついてしまったのだろうかと。薄毛のいったい何が悪いのだろうかと。
『全米ナンバーワンヒット映画。ついに日本上陸。死んだはずの恋人は、私の前に再び姿を現した。しかも、ワニの体を借りて。<恋人はクロコダイル>。大爆笑公開中!』
 大爆笑してる場合じゃないだろ。虹子には、絶対に見せられない代物だぜ。
『あなたの大切な猫ちゃんは、最近太り気味になってませんか? 猫にだって、ダイエットは必要。猫にだって、野菜は必要。八種の野菜をブレンドしたこの<緑の猫まんま>で、あなたの猫ちゃんは、長生き間違いなし!』
 俺は改めて思った。テレビってのは、ろくでもない情報しか流さないのだということを。
『ここから先は、スタジオの皆さんとともに話を進めていきたいと思います』
 悪夢のようなCMが終わり、今度は明るい室内へと画面が切り替わる。複数の人物、その中心にいるのが声の主だ。先ほどの、姿なき特権階級の女である。『何か動きがありましたら、すぐに現場の方とつなぐ予定でいます』と、決勝崩れのいっさいない涼しげな顔で続ける。
「えっ? う、嘘でしょ……」
 虹子が、ここで突然声を上げた。何か重大な発見をしたらしい。前屈みになって、パソコン画面を覗きこむ。膝の上にいた俺は、当然たまったものではない。押し潰される前に、大慌てでその場から脱出した。
「ど、どうして、伯父さんが……」
 虹子の影になって、俺には画面を確認することができない。どうして、どうしてと、虹子の動揺は激しさを増す一方だ。
 “伯父さん”とは、あの酔っぱらいの伯父さんのことだろうか。もしそうだとすれば、虹子の驚きようもうなずける。それにしても、そんなことがあり得るだろうか。あの伯父さんが、テレビに出て、どんな芸当を披露しようってんだ? 虹子の単なる見間違いとしか思えない。
 弁護士、犯罪学者、ジャーナリストと、司会役の女が、出演者を順番に紹介していく。元政治家、元アイドル、元オカマバーのママという、どうでもいいような連中が続き、そして最後に、被害者の会代表という肩書で、一人の男が紹介された。
『どうもどうも。いやあ、スタジオってのは、意外と狭っこいもんなんですなあ』
 伯父さんの声だった。虹子が元の姿勢に戻ったことで、その映像もはっきり確認することができた。
『ええと。今回は、被害者のご家族ということで出演していただいたんですが、お嬢様の行方が、わからなくなってどれぐらいに……』
 司会の女が、やや戸惑ったような声音で番組を進行していく。
『お嬢様なんかじゃねえですよ。姪っ子だ。妹の娘だよ。まあ、俺にとっては、我が子同然。お嬢様ってのも、まんざら間違ってもいねえけどよお。そうはいっても、情報は性格じゃねえと、こういう番組としては、やっぱりまずいんじゃねえかな。ところで、もうレコードは出さねえんですか?』
 伯父さんが、周りをキョロキョロしながら言う。最後の質問は、元アイドルに対してのものらしい。
『し、失礼いたしました』と、司会の女が、慌てて資料らしき紙に目を走らせる。
『今のところ、特に予定は……』と、元アイドルが、助けを求めるような視線を隣に向ける。
『レコードって言葉、あたし、久しぶりに耳にしたわ』と、元オカマバーのママが、その隣席で甲高い声を響かせる。
 そんな様子を、虹子はただ呆然と見つめるだけだった。
『先ほどご覧いただいた教団施設には、今現在も、多くの信者が共同生活していると考えられていますね』
『そうですね。人数を把握するのは難しいんですが、今のところ数十人単位、百は超えてないと思います。特に、二十代の若者が中心となって……』
 ジャーナリストと紹介された男と、司会の女とのやり取りが続いている間も、画面の隅では、伯父さんが相変わらず落ち着かない態度を見せていた。不満げな面持ちで、何やら一人ぶつぶつと呟いているのがわかる。
『入信のきっかけとしては、やはり書道教室というのが多いんでしょうか』
『必ずしもそうではないようなんです。入信してから書を学ぶというケースもあるようでして……』
『うちの姪っ子が、妙な服を着てやがったんだ』
 伯父さんが、いきなり大声で会話に割りこんできた。
『みょ、妙な、服といいますと?』
 困惑気味に尋ねる司会の女。それが合図だったかのように、伯父さんの顔がアップになった。
『詳しいことは今は言えねえけど、うちの姪っ子は音楽やってたんだ。バンドってのか? あれで、コンサートすることだってあるんだぜ。まあ、詳しいことは言えねえがな。あれだ、あれ。プライバシーってのがあるからよお。でも、結構な腕前なんだぜ。小さい頃からピアノやってたからな。そもそも、俺が妹に言ってやったんだ。娘に、何か習い事させた方がいいってな。別に、恩着せがましいことを言うつもりねえけどよ。あれは、やっぱりいいアドバイスだったんだろうぜ。何しろ、性格が暗くて、人前に出るのが苦手な……』
『あの、あのですね。その、先ほど言われた妙な服というのは?』
『ああ、そうそう。それだったな。こりゃあ申しわけない。テレビ番組には尺ってもんがあるからな。こう見えても、マスコミには何人か知り合いがいるからよお。その辺の事情ぐらいは、ちゃんと……』
『服のことを教えてください』
『服。そう。妙な服ってのは、ステージ衣装のことなんだ。コンサートで着るやつだな。ある人物、もちろん名前は言えねえが、その人物から、コンサートのビデオを見せてもらったんだ。そこで見つけたってわけよ。妙な服、いや、正確には、妙な印の付いた服だな』
『妙な印というのは?』
 司会の女が先お促す。そこに、『ビデオって言葉、あたし、久しぶりに耳にしたわ』と、元オカマバーのママの声が重なる。
『ビデオじゃなくて、あの、レコードを小さくしたみたいなやつ、あるだろう。あれのことだ』
 ママを一睨みすると、伯父さんは司会の女の方へと向き直った。
『その印の元になったのが、有名な書道家の字だって、っ広道から聞いたもんだからよお。知り合いのマスコミにも、すぐに確認してもらったんだ。そこでだ。そこでようやく、はっきりしたわけさ。俺の大切な姪っ子と、頭のいかれた宗教団体とのつながりをだな。そこで俺は、被害者の会とかいう連中の……』
 伯父さんの姿は、そこで突然見えなくなった。番組が終了したからではない。虹子がパソコンの蓋を閉めたからである。
 その後、しばらく放心状態だった虹子も、やがては立ち上がり、いつもの準備に取りかかった。つまりは、間宮さんが書いたという本を読むこと。間宮さんから教わったという書を練習することである。
 筆を手にしているときの、真剣な虹子の表情を見ると、書道もそう悪いものではないような気がする。テレビによって乱された心を、落ち着かせるにはちょうどいいのかもしれない。
 もし、嫌な記憶までをも、黒く塗りつぶすことができるってことなら、俺だって二、三本筆を持ちたいぐらいだぜ。今真っ先に塗りつぶしたいのは、もちろん<緑の猫まんま>の記憶だ。

虹色日記

 今日は、RC、あんまり書く元気が残ってません。一つどうしても言いたいことがあったので、そのことに関してだけ少し触れますね。
 いただいたコメントの中に、いくつかマスコミ関係者のものがありました。その内容は、どれも似たようなもの。つまり、取材依頼ですね。ここでの暮らしぶりを知りたいってことらしいんですけど、そんなのは表向きのことでしかない。それぐらいRCにだってわかりますよ。
 何か、良からぬ計画を立てているんじゃないか。きっとそう思ってるんでしょうね。今日のワイドショーでもそんな感じでした。最初っから、歪んだ視点でしか物を見ていない。テレビを見て、改めてそのことがわかった。
 取材については、もちろんお断りです。あなたたちは、本当にかわいそうな人たちですね。約束の地にたどり着くことができないのですから。汚れた魂は、決して救われることがないのですから。
 皆さんの明日に、どうか虹色の橋がかかりますように!

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
応援クリックお願いします!

30 演技が嫌い
雨と虹の日々 目次

スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

No title

虹子さん、迷路にはまっていますかね。
これはかなりやばいのでは。
レインも相変わらずで・・・

ここからどう抜け出すのか、今は心配のほうが大きいかな。
まだ先は多難ですね。

No title

よく、じーーっとTV画面を見ている猫や、犬がいますよね。
あれは本当に、画像を認識しているんでしょうね。
なんでこんな箱の中に、魚がいるんだろう・・・とか、思っているのだとしたら、知能の高い子です。
うちの犬は、まったくTVに興味を示しません。トホホ。
レインの語りは、毎回味わい深くて楽しみです^^

それにしても・・・ついにTVで叩かれ始めましたね。
しかも、あの伯父さん。どこまでしゃしゃり出てくるとは。
こりゃあ、お父さんの耳にもいつか入るんじゃないでしょうか。

そして、虹子の日記の書き方が、少し刺々しくなりましたね。
やばい。
あのTVで気づかなかったとしたら、もうかなりやばいのでは。
主人公なのに・・・。心配。

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> ここからどう抜け出すのか、今は心配のほうが大きいかな。
> まだ先は多難ですね。

作者としても、難しい段階に入ってきました。
物語も八分目ぐらいでしょうか。
大きく広げた風呂敷を、最後にどう結ぶか。
ここ数日、ちょっとドキドキな執筆作業が続いてます。
ラストシーンがよくない小説って、がっかり観が大きいですよね。
やばい。自分でプレッシャーかけてしまった。

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> よく、じーーっとTV画面を見ている猫や、犬がいますよね。
> あれは本当に、画像を認識しているんでしょうね。

昔飼っていた猫が、テレビの上から画面に向って、よく猫パンチしてました。
ちなみに、寒い地方の猫は、テレビの上が大好きなんですよ。彼らにとっては、ちょっとした暖房器具なんでしょうね。

> こりゃあ、お父さんの耳にもいつか入るんじゃないでしょうか。

あ、ちょっと読まれちゃいましたね。
もちろん、読まれて欲しいなあ、という伏線を張っていたので、気がついてくれてうれしいです。

> そして、虹子の日記の書き方が、少し刺々しくなりましたね。

微妙な変化に気づいてもらえたでしょうか。
人間、基本的に、信じたいものしか信じないものなんですよね。
他人から、信じていることを否定でもされたら、なおさら冷静な判断ができなくなってしまう。
ううん。だんだん重い展開になってきたなあ。
ホントは、もうちょっとふざけたかったりもするんだけど。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。