スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雨と虹の日々 28 片思いが嫌い

28 片思いが嫌い

 俺は片思いが嫌いだ。
 昔、一度だけ一目惚れしたことがあった。ふわふわとした真っ白な毛並。遠くを見つめる寂しげな瞳。そのメス猫には、俺の心を落ち着かなくさせる魔力みたいなものがあった。彼女見たさに、よくその家の庭を横切ったもんさ。
 あの頃は俺も若かった。窓ガラス越しに、たまたま彼女と目が合うようなことがあれば、もうそれだけで、歩き方までがぎこちなくなっちまうほどだった。もしかしたら、彼女も俺のことを? そんな思いを抱いたこともあったっけ。
 だが、別れは突然やって来た。窓越しに見るその日の彼女の隣には、もう一匹別の猫が寄り添っていたのである。大きな身体をしたオスの白猫だった。
 俺はすぐに悟った。彼女がたまに見せるあの視線。あれは、恋だの愛だのといった代物なんかじゃなかった。あれは、宿無しの猫に対する憐れみ。おのれの勘違いに気づかぬ猫への蔑みだったのだ。
「レイン、ごはんだよ」
 虹子が声をかけてきた。窓辺の方からである。俺をそちらへ誘導するかのように、手にした器を、指先でコツコツと叩いている。
「どうしたの? こっち、日当たり良くて気持ちいいのに」
 どうしたもこうしたもない。幸助のギターのそばが、今日からの俺の定位置なのだ。
「そこで食べたいってこと?」
 小首をかしげつつも、虹子の表情はどこかうれしそうにも見える。やはりそうなのだ。彼女の瞳に映っているのは、俺ではなく、幸助の幻なのだ。
「あんまり、周りにこぼさないでね」
 器が俺の前に置かれた。言われた通り、こぼさないように慎重に口をつける。幸助という男は、食事のマナーがきっと良かったのだろう。カリカリが好きだったかどうかはわからないが。
 間もなくして、ドアにノックの音がした。
「今、先生から話聞いてきたとこなんだけど……」
 宇佐美さんだった。いつものような穏やかな笑みはなく、なぜか深刻そうに眉根を寄せている。
「結構な騒ぎだったみたいね」
「そうなんです。私も、帰って来てびっくり……。あ、私、昨日はちょっとここ離れていて」
「うん。それも聞いた。驚いたでしょ?」
「はい。何が何だかわからなかったし……。というより、今でも、まだよくわかってないんですけど」
 どうやら、昨夜の騒動のことについてらしい。そういえば、パトカーのサイレンが、ずいぶん長い間鳴っていたっけ。
「結局は、何でもなかったの。こことは関係ないってこと。その容疑者……。今朝のニュースは見た? 発電所に侵入したっていう男の事件」
 うなずく虹子を見て、宇佐美さんは、「その犯人っていうのが、昔、先生の弟子だったことがあったってわけ」と、ため息混じりに続けた。
「教室の方は、お休みだって聞いたんですけど」
 虹子がお茶の準備をしながら言った。
「うん。しばらくはそうみたい。それから、あんまり外へも出ないようにね。どうやら、マスコミの人間も、何人かウロウロしてるみたいだから」
「それらしき人、私も見ました」
「ホント嫌な連中。虹子ちゃん、落ち着かないと思うけど、少しの間我慢してね」
「はい。でも、ちょうど良かったかも。最近、あんまりレインのこと、かまってあげられなかったから」
 二人の視線が、突然俺の方へ向けられた。慌てて器の周りを確かめてみる。もちろん、カリカリがこぼれていないかどうかの確認である。
「ちょっとこぼしちゃったね」
 虹子が苦笑する。確かに、ちょっとこぼしちゃっていた。ほんのちょっとだ。前足で急いで隠してみたが、間に合わなかったらしい。
「今朝からずっとなんですよ。なぜか、ギターのそばから離れないんです」
「やっぱり、虹子ちゃん、ここへ来たのが正解だったのね」
 二人の顔色をうかがう限り、俺の食事のマナーに大きな問題はなさそうだった。そりゃそうだろう。幸助だって、ちょっとぐらいこぼすこともあったはずだ。カリカリが好きだったかどうかはわからないが。
「宇佐美さん、あ、あの……」
 何かを言いかけたようだが、虹子の口からなかなかその続きが出てこない。表情もやや曇りがちになっている。
「どうしたの?」と宇佐美さん。手にしていた湯呑み茶碗を盆の上へ置き、心配そうに虹子の顔を覗きこむ。
「ネットでも、調べてみたんです。今回の事件のこと」
 宇佐美さんには、もうそれだけで、虹子が何を言わんとしてるかの見当がついたらしい。「ああ、そういうことね」と、再び湯呑み茶碗を手に取った。
「ここのこと、いろいろ書いてあって、先生のことも……」
「そうでしょうね」
「もちろん、ネットの情報だから、いろいろと嘘もあると思うんですけど……」
「そうでしょうね」
「は、はい。それで……」
 徐々に小さくなっていく虹子の声に、宇佐美さんの大きなため息が重なった。
「私、いちいちそういうのまでチェックはしてないんだけど、だいたいどんなことが書いてあるかぐらいは想像がつく。どうせ、怪しげな集団みたいな書かれ方してるんでしょ? 過去の裁判記事なんかも載ってるのかな。今朝のニュースでも、しつこく取り上げてたからね。言っておくけど、私たちが負けた裁判は、今までに一つもないのよ。ここの土地だって、きちんと譲り受けたものだし、先生の書作品だって、だまして売ってるわけじゃない。物の価値がわからない人たちが、勝手に騒いでるだけなの。魂を救済することの意味を理解できない人たちが、先生を悪人に仕立て上げようとしてるだけなのよ」
 興奮気味にしゃべり続ける宇佐美さんを、虹子はただ呆然と見つめるしかない様子である。
「あなたはどちらを信じるの? 先生の教えなのか。それとも、悪意に満ちた愚者の言葉なのか。こんなこと、本当は言いたくなかった。虹子ちゃんなら、もうとっくにわかってると思ってたから。心配するのはわかるけど、それでもやっぱり残念だなあ。今すごく悲しい。虹子ちゃんが、他人の言葉に左右されちゃうなんて。虹子ちゃんに、わかってもらえてなかったなんて……」
「わ、わかってます。私、ちゃんとわかってるつもりです」
 虹子が激しくかぶりを振る。そして、震える声で続けた。
「私に、何か出来ることないかって、ただ、そう思っただけなんです。ここで暮らすようになってからも、何だか、私、お世話になってばかりいるし。それに、先生のことが、他の人たちに誤解されたままっていうのも、すごく悔しい」
「誤解ねえ……」
 宇佐美さんがポツリと呟く。表情には穏やかさが戻っていた。
「そんなに長くは続かないと思う。やがて誤解は解け、それに代わって、今度は大きな後悔に苦しむことになる。そういう人たちはね」
「先生の力で、もっとたくさんの人を救ってあげることはできないんですか?」
「それは無理よ。裁くのは先生じゃないんだから。先生は、ただ知っているだけ。これから先どうなるかをね」
 二人のやり取りは、そこで一段落ついたようだった。内容はさっぱりわからなかったが、そう悪い話ではなかったのだろう。虹子の表情には、はっきりと納得の色が見て取れる。
「また、ゆっくり話しましょ。私、しばらくはここへとどまるつもりだから」
 玄関へ向かいながら、宇佐美さんがそう言うと、虹子は、「えっ、そうなんですか?」と、うれしそうに声を弾ませた。
「約束の地で、再会できますように。幸助君もね」
 ここで流行っているらしい言葉を最後に、宇佐美さんは部屋を出て行った。“幸助君もね”の部分は、はっきりと俺に向かって発した言葉だった。どうやら、宇佐美さんまでもが、俺のことを幸助だと思いこんでいるようである。
 かつて片思いしたあの白猫は、今頃どうしてるだろう。もしも、必死に人間を演じようとしている今の俺を見たとしたら、やはりあのときと同じように、憐れみと蔑みの眼差しを俺に向けることになるのだろうか。

虹色日記

 嫌な夢を見ました。目覚めてみると全身汗びっしょり。これは、ちょっと不安な夜を過ごしてしまったせいなんでしょうか。それとも、ただ単に長旅で疲れていたせい? なぜか、どちらでもないような気がするんです。
 夢の中のRCは、まだ幼い女の子でした。何歳ぐらいだったんだろう。たぶん、うまくおしゃべりもできないぐらいの年齢だったんじゃないかな。
 見覚えのあるその部屋は、昔ママと二人っきりで暮らしていたマンションです。小さな布団の中には、小さなRC。だけど、寝てるわけじゃないんです。目をつぶり、寝息をたてているのは、ママに怒られないため。ママを困らせないためです。
 責任、お金、あの子、マスコミ、裁判……。
 聞き耳を立てていると、そんな言葉が途切れ途切れに聞こえてくる。電話をしているママの声です。そして、その相手はパパ。まだ一度もあったことのないパパ。なぜか、そのことははっきりとわかるんです。
 それから、はっきりとわかることがもう一つ。ママがパパを脅迫してるってこと。しかも、RCのことを武器にして。
 そっと薄目を開けて確認してみると、ママがすごく嫌な笑みを浮かべていた。声には激しい怒りがあるのに、なぜか、口元だけが変な形に歪んで見える。そんな表情が、あの伯父さんにすごく似ていた。
 夢の内容はこれでおしまい。だけど、やっぱりこれはただの夢じゃないと思う。突然蘇った古い記憶。どうしてもそんな気がする。もしそうだとすると、今まで抱いていたパパのイメージって、いったい何だったんだろう。
 パパはずるい人間。パパは、私たちを捨てて逃げた。あなたのパパは、私たち親子に対して、一生かけてでも償わなければいけない。
 それが、ママから聞いた言葉。それが、ママから繰り返し教えられたパパのイメージ。本当にそうだったんだろうか。そのあたりが、よくわからなくなってきてるんです。
 人の記憶って、すごく曖昧なものだと思う。勝手な思いこみや、都合のいい想像が、いつの間にか事実に置き換わってしまうってこと、絶対ありますよね。特に、テレビを見てるとそう感じるんです。どんな人間でも、ニュースの取り上げ方次第で、善人にも悪人にも見えてくる。そうじゃないでしょうか。
 RCの尊敬する先生が、今、まさに餌食にされようとしています。マスコミに。そして、そのマスコミに、無抵抗に操られていく哀れな民にも。
 ブログを見てくださっている皆さんから、たくさんのコメントをいただいています。ニュースを見て、もしかしたらRCはここに? とそう気づかれたんだと思います。ほとんどが、RCのことを心配してのコメントでした。ありがとうございます。でも、RCとしては、逆に皆さんのことが心配です。
 時に偉大な人物は、誤解を受け、迫害され、最悪の場合は、命まで奪われることさえある。それは歴史が証明しています。皆さんには、その加害者になってもらいたくない。自らの魂を、汚すようなまねだけはしてもらいたくない。それが、今のRCの切なる願いです。
 皆さんの明日に、どうか虹色の橋がかかりますように!

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
応援クリックお願いします!

29 テレビが嫌い
雨と虹の日々 目次

スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

No title

あれれ。虹子さん、またポイントずれているような・・・
いまひとつ落ち着かないようですが、どうなんでしょう。
まだ不安な時期が続きそうな・・・
私も超不安・・・

レイン、恋をしたことがあったんだにゃん。
片思いにゃんね。
そうか、白にやられたか。
黒にだって、いつかきっと。(←いつかって、いつ)

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> あれれ。虹子さん、またポイントずれているような・・・

そうなんです。
“信じる”という力が、間違った方向に働くと、人間こうなってしまいます。

> レイン、恋をしたことがあったんだにゃん。
> 片思いにゃんね。

複数匹の猫を飼うと、モテる猫、モテない猫がいるということに気づきます。
人の目で見て、かわいいと感じる猫が、必ずしもモテるというわけでもないんですよね。この辺は、猫独自の美意識があるらしい。
機嫌よくメス猫に近づいて行った途端、強烈な顔面パンチを受けるオス猫、その後姿ほど哀愁を感じさせるものはないですよ。いや、ホントに。

No title

ああ~~。
なんだかもう、胡散臭さ全開。
内側の世界にいたら、俯瞰で物事を見れないのはわかるのですが。
虹子、世間知らずすぎますね。

でも、そうやって信じ込んでしまう人が、この世にはたくさんいて。
いやあ、どんな犯罪に巻き込まれるよりも、ゾッとします。

レインは、ちゃんと自分が芝居してるのをわかっているだけ、大人かな?
(まだずれてるけど)

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> でも、そうやって信じ込んでしまう人が、この世にはたくさんいて。
> いやあ、どんな犯罪に巻き込まれるよりも、ゾッとします。

執筆作業に入る前に、まずいくつかの資料を読むことがあります。(たぶん、limeさんもそうじゃないかな)
今回は、洗脳についての本をずいぶん読みました。
これは本当に怖いですよ。そして悲しいことでもあります。
真面目な性格の人、正義感が強い人、理想が高い人、というのが、どうやら洗脳されやすいタイプらしいんですよね。
本当なら、みな社会のためになりうる人材のはずなんですが。

このあたり、少しは、リアリティを感じてもらえたでしょうか。
まあ、猫の語りということ自体、ぜんぜんリアルじゃないお話なんですが。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。