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雨と虹の日々 27 きゅうりが嫌い

27 きゅうりが嫌い

 俺はきゅうりが嫌いだ。
 三日三晩かけて、砂漠を歩き続けたとしよう。しかも飲まず食わずの状態でだ。やがて俺は、緑色に輝くオアシスを発見することになる。ここでようやく食い物にありつくことができる。ここでようやく疲れを癒すことができる。当然俺は、最後の力を振り絞って、そのオアシスめがけて駆けて行くことになるだろう。そう。あのチータのようにである。
 ところがそこは、安らぎを与えてくれるような安住の地ではなかった。そこにあるのは、広大なきゅうり畑だったのである。当然俺は、最後の力を振り絞ったにもかかわらず、それでもやはり来た道を引き返すことになるだろう。そう。あのレーザービームのようにである。
 つまり、それだけ俺はきゅうりが嫌いなのだ。
「きゅうり、そんなに嫌いだったの?」
 虹子が言った。俺をまっすぐに見つめるその瞳には、“後悔”の二文字が、はっきりと見て取れる。どうやら、気づいてもらえたらしい。この思い、いつかは届くと信じてはいたが。
「今まで気づいてあげられなくて、ごめんなさい」
「まあ、わかってもらえればそれでいいのさ」
「でも私、あなたのこと苦しめてたんでしょ?」
「なあに、今となっては笑い話みたいなもんだぜ。そう何度も頭を下げるのはよしな」
「だ、だって……」
「おいおい。泣くことはないじゃないか。せっかくの美しさが台無しだぜ」
「私なんて、ぜんぜん美しくない。どう頑張っても、麗子にはかなわないの」
「麗子? ああ、そういえば、そんな名前のじゃじゃ馬娘もいたっけ。虹子、お前のその美しさを、ほんのちょっとでもその女に分けてやったらどうなんだ」
「あ、あなたったら……」
「そうそう、その笑顔だ。お前に似合うのは、そのとびっきりの笑顔なのさ」
「今度は、私をうれし泣きさせるつもりなのね」
「いやいや。俺はただ嘘が苦手なだけさ。俺の口は、昔っから本当のことしか言えないようにできて……」
 俺はそこで言葉を呑んだ。いつもとは何かが違う。たった今そのことに気づいた。
 虹子の表情をうかがうも、さして変わった様子は見られない。いつの間にかエプロン姿となり、コップだの皿だのを、せっせとテーブルの上へ並べている。
「急に黙りこんで、どうしたの? あなたの大好きなフライドチキンよ」
「虹子……、ど、どうして、俺の言葉を……」
 すぐに違和感の正体がわかった。
 会話していたのである。虹子相手に、猫であるこの俺が、ごく普通に会話していたのである。
「なあに、そんなにびっくりした顔して。おかしな人」
「おかしな人なんかじゃない。俺は、おかしな、いや、普通の猫だ。どうして、猫の言葉がお前にわかるんだ?」
「あなたが、もしも猫だったら、ナイフとフォーク、そんなにうまく持てないはずなんだけどなあ」
「え?」
 俺は再び絶句することとなった。
 虹子の言う通りなのである。猫の前足では、決して握ることができないはずのナイフとフォーク。しかし、俺の手には、確かにその二つがしっかりと握られていた。しかも、前足ではなく、人間そっくりの掌にである。
 言葉が通じて当たり前なのだ。それは、虹子が猫の言葉を理解できるようになったからじゃない。その逆、この俺が人間の言葉を話せるようになったからなのである。いやいや、そればかりか、俺は人間そのものになってしまったのだ。
 試しに、前足、いや、手を使って背中をかいてみた。
 難なくかけた。人を見て、唯一うらやましいと感じるこの行為。俺は今、それをいとも簡単にやってのけたのである。
「あなたって、本当におかしな人」
 苦笑する虹子。今度ばかりは俺も否定できなかった。背中をかくことに成功したぐらいで、こんなにも有頂天になっている人間は、確かにおかしな人なのだろう。
「一体全体、俺はどうなっちまったんだ」
 突っ立ったまま、両の手で髪の毛をかきむしることぐらいしか、今の俺にはできなかった。考えてみれば、この仕草だっていかにも人間っぽい。
 最後にもう一度背中をかいてから、俺は力なく椅子に腰を下ろした。もうあきらめるしかない。認めるほかないのだ。人間になっちまったっていうこの現実を。
「何か、とびっきり強い酒でも飲みたい気分だな」
「それだったら、ちゃんと用意してる。あなたの大好きなやつをね」
「お、またたび酒か。ずいぶん気がきくじゃないか」
「でも、あんまり飲みすぎちゃ駄目よ。ギター弾けなくなったら大変」
「ん? ギター?」
「そう。約束してくれたでしょ? 食事のあとでギター弾いてくれるって。私のためにね」
「いや。そいつは困ったなあ。猫の俺に、まあ、今はなぜか人間なのだが。それにしても、ギターを弾くだなんて芸当、俺にはとうてい無理ってもんさ。虹子、何か勘違いしてないか? いったい俺を誰だと思ってんだ?」
「誰って、決まってるじゃない。幸助よ。あなたは、私の恋人、幸助でしょ」
「こ、幸助……」

 嫌な夢を見てしまった。
 窓の外は、もうすっかり暗闇に包まれている。虹子はまだ帰らない。今日中に戻るとは言っていたが、どうなることだろう。何しろ、都会には危険が多い。さっき見た悪夢のせいもあって、胸のあたりが妙にザワザワするぜ。
 それにしても、おかしな夢を見たもんだ。この俺が人間になっちまうとはな。そんな願望、ひとっかけらもないっていうのにだ。だが、背中を自由にかけたことだけは大きな収穫だった。どうせなら、もっとかきまくっておくべきだったぜ。
 幸助。
 またあの名前だった。今までにも、虹子が何度か口にしたことのある名前。まだはっきりとはいかないが、ようやく俺にもわかりかけてきたことがある。その思いが、きっと夢となって表れたのだろう。
 かつて、幸助という名の一人の男がいたらしい。かつて、虹子の恋人だった人物。かつて、虹子がいたバンドのギタリスト。そう。すべてはかつての話なのである。そんな過去の人物に、俺はもちろん見覚えなどない。どんなわけで死んじまったのかもわからない。ただ、幸助はもうこの世にはいない。その点については間違いないだろう。
 虹子は、なぜいつまでもその死んだ男の名を口にするのか。しかも、この俺を見つめてである。どうしても解けなかった二つの大きな謎。その一方がそれだ。そしてもう一方が、虹子は、なぜ俺の命を救ったか、ということである。
 二つの謎を解く唯一の鍵が、今俺の頭の中にある。ようやくたどり着いた答えだ。
 虹子は、この俺のことを、死んだ幸助だと思いこんでいるのだ。そうに違いない。それですべての説明が成り立つ。
 遠くでサイレンの音が聞こえる。パトカーだろうか。少しずつこちらへ近づいて来るのがわかる。こんな田舎に、いったい何の用だってんだ。まさか、ショック状態にある哀れな黒猫を、わざわざ保護しに来てくれたわけじゃあるまい。
 これから先、俺はどんな面さげて虹子に会えばいいんだ。彼女が愛してるのは俺じゃない。幸助の方なのだ。すべては勘違いだった。猫を死んだ恋人だと思っていた虹子も。人間の女から愛されてると思っていた俺も。すべては勘違い。すべては笑い話ってわけだ。
 虹子の前から、早いとこ立ち去るべきだろうか。このまま彼女のそばにいたところで、何の意味もないではないか。しかも、正体がばれる可能性だってあるのだ。
 もし、俺が幸助じゃないとわかったとき、虹子はどういった態度に出るだろう。今まで通りってわけにはいかないはずだ。部屋を追い出される? それぐらいで済むんだったらまだいい。恐ろしいのは、逆恨みされちまうってことだ。虹子とて、しょせんは人間。自らをコントロールするのが苦手な人間なのだ。混乱したあげく、凶器を手に襲いかかってくることだって十分考えられる。そうなったら、俺にはもう祈ることぐらいしかできないだろう。手にした凶器が、せめてきゅうりじゃありませんようにと。
 このまま、幸助のふりを続けるってのはどうだろう。そんなことが俺にできるだろうか。だいたい、幸助ってやつのことを何も知らないのだ。いや、一つだけあるか。ギターだ。そう。幸助はギターが弾けるんだった。とはいえ、いったいそれがどうだってんだ。猫専門のギター教室があるわけじゃあるまいし。
 それにしても、さっきからサイレンがうるさいな。こっちの身にもなってみろってんだ。これじゃあ、いいアイデアなんて出てきやしないぜ。いったい何の騒ぎだ。どうせ、ろくでもないやつが、ろくでもないことをしでかしたんだろう。それを、ろくでもないやつがつかまえに来たんだろうぜ。ろくでもないことが罪だってんなら、人間はみんな牢屋行きだろう。
 とりあえずは、今まで通り振舞うしかない。普通の猫として、いやいや。それじゃ駄目だ。普通じゃない猫、もしかしたら幸助の生まれ変わりかもしれない猫、そう振る舞わなければいけないのである。
 とんだ厄介事に巻きこまれちまったが、今は出来る限りのことをするしかない。それが、虹子の笑顔を守ることにつながるなら、俺は喜んで道化役を演じ切ってみせようじゃないか。

虹色日記

 すっかり日付が変わってしまいました。約束のDVDを受け取り、ようやく今戻ってきたところです。朝が早いので、すぐ布団に潜りこみたかったんですけど、やっぱりちょこっとだけ書くことにしました。
 たった数週間前まで暮らしていたところだっていうのに、なぜか見知らぬ国にたどり着いたような、今日は不思議な気分でした。というより、やっぱり疲れちゃいました。RCの居場所は、ここ以外にはないんだって改めて思った。
 でも、SP君と少しだけ話すことができたのはよかった。他の人と違って、彼は無理にRCを引き止めたりしないし、純粋にRCとの再会を喜んでくれた。それに、書き溜めていた詞を渡したら、びっくりするぐらい感謝してくれた。感謝したいのはこっちの方なのに。もしもバンドが有名になって、そこでRCの作った詞が歌われたとしたら、もうそれだけで大満足なんだから。
 帰りの道は渋滞で大変だった。PCさんの運転だったら、そう長くは感じなかったんだけど、今日お願いしたのは別の人。会話もあまり盛り上がらないし、だからといって、RCだけが居眠りするわけにもいかない。こういう状況が一番つらいんですよね。
 ようやく帰ってこられたと思ったら、今度は警察官のお出迎えですよ。これには本当にびっくり。もちろん、RCが逮捕されることはなかったんですけど、いくつか質問はされました。今でも何のことかよくわかりません。たぶん、明日になれば、誰かに教えてもらえるとは思うんですけどね。
 気になることがもう一つ。レインの様子です。何て言ったらいいのかなあ。元気がないというか。よそよそしいというか。ああ、どう表現すればいいんだろう。とにかく変なんですよ。いつものレインとは何かが違ううんです。やっぱり、留守番させたのがよくなかったのかなあ。
 何か、RCの顔色を、こっそりとうかがってでもいるかのような、そんな風にも見えるんです。そう。変かもしれないけど、その言い方が一番ぴったりくる。
 レイン、ごめんね。朝になったら、お土産に買ってきたまたたびあげるから、それで機嫌なおして。
 皆さんの明日に、どうか虹色の橋がかかりますように!

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28 片思いが嫌い
雨と虹の日々 目次

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テーマ : オリジナル小説
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No title

ぷぷぷ。レイン、きゅうりはジューシーだけど?
夢でもかゆいところに手が届いて良かったね。

虹子さんLOVEは良いのだけれど、ちょっと方向違うような。
ここはシニカル・レインではなくなるのでしょうか。

警察・・・明日になったら状況が一変とか?
やっぱり虹子さんを守るのはレインしかいないっ!

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> ぷぷぷ。レイン、きゅうりはジューシーだけど?
> 夢でもかゆいところに手が届いて良かったね。

作品中、最もふざけた章でした。
『不倫のライセンス』の中にもあったんですが、私、夢の中のシーンを書くのって好きなんですよ。現実性を完全に無視して、思う存分悪ふざけができますから。
こういうのは、本当に執筆していて楽しい。まあ、一つの作品の中で、そう何度も使えませんけどね。

> 虹子さんLOVEは良いのだけれど、ちょっと方向違うような。

はい。かなり間違ってます。
“幸助”の謎は、ようやく理解できたんですけどね。

> 警察・・・明日になったら状況が一変とか?

ちょっとずつですが、この集団がどういったものなのかがわかってくると思います。
それとは別に、レインは、幸助を演じ切るつもりのようです。
完全に、努力する方向を間違ってます。

No title

あ、絶対これは夢のシーンだな、って思いながら読んでいたんですが、いつまでたっても終わらないし、どうしたんだろう・・・・って、ちょっと心配になりましたよww
片瀬さんが、ノッてたんですね。
けど、レイン、気づいちゃいましたね。
自分が勘違いされてるって。
これは切ないなあ。どうなるんだろう。

ついに、警察も入り込んできましたか、この村に。
うん、そうでなきゃきっと、ぜったい虹子は気づきませんよね。
いい方向に動くかな?

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> 片瀬さんが、ノッてたんですね。

はい。完全に悪乗りです。
本当は、背中をかく以外にも、いろいろとレインに試してみてもらおうと思ったんですが、そこは何とか自制しました。

> ついに、警察も入り込んできましたか、この村に。

そうなんです。
ということは、コミカルに描くというのも、なかなか難しくなっていくわけでして。
ああ、どうせなら、もうちょっとだけ悪ふざけしておきたかったなあ。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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