スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雨と虹の日々 23 総理大臣が嫌い

23 総理大臣が嫌い

 俺は総理大臣が嫌いだ。
 たまに耳にするその肩書。たまにテレビ画面で目にするその姿。何をやっている人間なのか、今まではよくわからずにいた。同じ政治家仲間、新聞記者、ニュースキャスターなどの発言を聞く限り、あまり人に好かれてはいないようである。それでも、なぜか権力だけは人一倍持っているらしい。たとえるとすれば、尊敬されないボスザルってところだろうか。とにかく、不可解な存在であることは間違いない。
 ここ最近、この俺にもようやくわかりかけてきたことがあった。遠い存在に思えていた総理大臣。俺や虹子とは、まったく縁のない存在に思えていた総理大臣。しかし、今までのその認識には、いくつかの誤りがあったらしいのだ。
 総理大臣には、複数の呼び名が存在する。テレビの中でよく使われているのは、“首相”という呼び方だ。一部の人たちからは、“嘘つき”、“偽善者”、“税金泥棒”などと言われることもある。“日本のリーダー”というのも、総理大臣のことを差した言葉らしい。確か、あの伯父さんもこの前使っていたっけ。
 そして、横井という男が口にしていた“お父様”、虹子が口にしていた“あの人”という呼び方。どうやら、それらも総理大臣の別名らしいのである。俺は、とんでもない勘違いをしていたようだ。総理大臣ってのは、正真正銘、虹子の父親のことだったのだ。
「なるほど。そういうことでしたか」
 男はうなずくと、指先で軽く口髭を撫でつけた。そのロボットのような平坦な口調。虹子を見つめるその鋭い眼光。今、俺と虹子の目の前に座っているこの人物は、やはり横井という男に間違いないようだ。前回会った時には、口髭などなかった。初め別人に見えたのはそのせいだったのだろう。
 虹子にとって、横井は好ましくない客の一人だったはず。しかし、今回その好ましくない客を、虹子はあえて部屋へ呼んだ。二、三時間前に、電話で話していた相手が横井だったのである。
 一通りの説明を終えると、虹子は、グラスに残っていたアイスティーを一気に飲み干した。俺を乗せた両腿が、一瞬グラリと揺れる。
 緊急事態なんです、と虹子は電話で話していた。その内容が、たった今明らかにされたところだった。
 相手が横井だということで、俺にも何となく緊急事態の中身が予想できた。そして、実際に予想通りの内容だった。つまりは、あの伯父さんについての相談だったのである。どうしようもない人間が、どうしようもない行動を取るかもしれない、という話である。
「だいたいの事情はわかりました」
 横井にとっても、ある程度は想定内のことだったのだろう。虹子の話を聞いても、驚く素振りなど微塵も見せない。
「実は、すでに一部のマスコミは動き出してるようなんです。今のところ、彼らも半信半疑といったところなんでしょうがね」
 虹子の両腿が、再びグラリと揺れる。爪を立てずに、この膝を乗りこなすには、かなりの集中力を必要とした。これも一種の緊急事態である。
「虹子さんのところへは、どうですか?」
「いえ。まだ、そういうのは……」
「そうですか。それは、あくまでも、まだ、ということなんでしょうがね。それにしても、困った人ですね、あなたの伯父さん」
「あ、あのう……」
 虹子が、何やら言いよどんでいる。言いよどむのは結構だが、膝をモジモジさせるのは勘弁してほしい。
「こういう緊急事態の時、その問題を解決するための、特別な人、よ、要するに、国から雇われた殺し屋さん、みたいな人っているんですか? な、何がおかしいんですか、こっちは真剣に聞いてるのに」
 虹子が戸惑うのも無理はない。笑顔すら見せたことのない横井が、大口を開けて突然笑い出したのだから。しかも、口髭がいきなり抜け落ちたではないか。
「言おうかどうか、ずっと迷ってたんですけど……」
 虹子は、横井の膝を指差しながら、「それ付けても、すぐ横井さんだってわかりますよ」と、やや棘のある声音で言った。
「え? ああ、また剥がれたか」
 慌てて口髭を拾い上げる横井。先ほどまでの笑い声は、すぐに不満げな唸りへと代わった。
「完璧な変装だったはずだが」
「サングラスをした方がいいと思います。横井さん、目が一番の特徴ですから」
「そ、そうですか? 目が、そんなに……」
 横井は、ギョロっとした目玉をさらに見開いて、「今まで、まったく気づきませんでした」と、真剣な口ぶりで続けた。
 虹子がクスリと吹き出す。そりゃそうだろう。つまり、人間なんてのは、それだけおのれのことをよくわかってないってことなのさ。
「特徴といえば……、虹子さんにも、いくつかありますね。中でも、口元はそっくりです、お父様と」
 虹子の表情から笑みが消える。“お父様”という言葉に反応したのだろう。つまり総理大臣であり、虹子の父親でもある人物のことだ。
「今後、心配なことがあるとすれば、そのことでしょうな。われわれとしては、それほどマスコミ対策に苦労することはないと思いますが……。彼らの目が、もし、虹子さんに向けられるようなことになると……」
「それはわかってます」
 虹子の、そのきっぱりとした物言いのせいだろう。横井の表情に、今度はかすかな驚きの色が浮かぶ。よくもまあ、コロコロといろんな顔をして見せる男だ。前回とはえらい違いではないか。
「私、ここを出て行くつもりです」
「ニャニャ?」
 今度は俺が驚く番だった。
 ここを出て行く。確かにそう聞こえた。だが、とても信じる気にはなれない。ついこの間、虹子は俺に約束してくれたではないか。これからは、ずっと一緒だからね、と。
「い、痛い。レイン、どうしたの? いきなり爪立てたりして」
 どうもこうもないぜ。約束はどうなったんだ? 俺を置いて、いったいどこへ行こうってんだ?
「いったいどこへ行くつもりです?」
 横井が、俺の代わりに尋ねてくれた。
「以前から、私のことを、心配してくださってる方がいて。そこへ行こうと思ってます」
「それは……、つまり、男性の、ということですか?」
「はい。い、いいえ。そういう意味の男性ではありません」
 慌ててかぶりを振り、恥ずかしそうに微笑する虹子だったが、その表情は、すぐに真剣なものへと変わった。
「私みたいな、本当は、この世の中に存在しちゃいけないような人間にも、ちゃんと、やさしい目を向けてくれる人はいるんです。生きる価値を教えてくれる人はいるんです。あの人と違ってね」
「その方の名前を、お聞きしたいのですが」
「教えられません。特に、政治家の手先には」
 冷静な口調でありながら、虹子のそれにはかなりの威力があったようだ。横井の眉間に、たちまち深い縦皺が刻まれる。いろんな表情を披露するのも結構だが、横井には、まだ別の重要な質問、俺の代わりにしなくちゃいけない質問ってのが、もう一つだけ残っていることを忘れてもらっちゃ困るぜ。
「その猫は、どうするつもりですか? まあ、どうでもいいことですが」
 そう。その質問だ。どうでもいいことっていう余計な一言は、この際聞かなかったことにしてやる。
「もちろん、レインも一緒にです」
「ニャン」
「少なくとも、その方は、猫嫌いではないということですね。これで、ずいぶんと人物の特定も楽になりました」
 フフッと小さな笑い声を上げる横井。
「今のは、ほんの冗談です。あまりおもしろくはなかったですかね」
 確かに、おもしろくはなかった。だが、そんなことはどうでもいいのさ。これからも虹子と一緒にいられる。そのことを知った今の俺の耳には、程度の低い冗談が、まるで、とびっきりロマンチックなBGMに聴こえてくるぜ。
「あの人に、伝えておいてください。もう、私を監視するのはやめてほしいって」
 虹子の言葉が、再び横井を困惑顔へと変える。
「監視ですか……。お父様からは、虹子さんを守るように、と言われてるんですがね」
「あの人が守りたいのは、私じゃなくて、自分の立場のことでしょ」
「虹子さんには、まだわかっていないことがいくつかあります」
「何それ。あの人のずるがしこさなら、もうちゃんとわかってますけど」
「私の口からは言えません。虹子さんには、絶対に黙っておくようにという指示が出てますから。ただ、一つはっきり言えることがあります。私は、総理の下で、もう三十年近く働かせてもらってます。もしも、総理が、本当に虹子さんが思われているような人物だとしたら、私は、もうとっくに総理の素を離れていたと思います」
 苦渋に満ちた表情。横井が、今日最後に見せた顔がそれだった。

虹色日記

 いきなりですが、RC、バンド活動をやめることにしました。大学もです。そして、今まで暮らしていたマンションも出ることにしました。ずいぶん考えましたけど、ようやく決心がつきました。それよりも、気がついた、と言った方がいいのかな。運命には逆らえないってことに。この道を進んだところで、幸せになんてたどり着かないんだってことに。
 バンド頑張ってください、という励ましのコメント、今までにたくさんいただきましたね。他にも、BCなんかに負けないでとか、伯父さんを訴えた方がいいだとか、皆さんの応援のおかげで、RCも何とかやってこられました。でも、もう頑張ることも終わりにします。
 頑張らないって言い方、ちょっと、投げやりに思われちゃうかな。決してそういうつもりではないんです。安心してください。RC、自殺なんて考えてませんからね。
 投げやりどころか、今は、自分でもびっくりするぐらい気持ちが落ち着いてるんです。うまく説明できないんですが、何かに導かれているような感じ。もちろん、正しい方向へです。RCが、本来進むべき道にですよ。
 新たな場所での、新たな生活。もちろん、そこにはレインも一緒です。ここで、一つ心配なのが、レインをどうやって連れて行くかってこと。キャリーバッグはもう使いたくないし、やっぱり、ずっと抱っこしていくしかないのかなあ。
 バンドのメンバーには、電話でさよならするつもりです。直接会えばいろいろ聞かれるだろうし、バンドをやめる理由を説明したって、きっとみんなには理解できないと思う。
 メンバーには頑張ってほしいな。もちろん、BCも含めてですよ。今、純粋にそう思えるんです。なんか不思議。バンドをBCに取られるの、あれほど恐れていたのに、今は、彼女のことを、心の底から応援してる。
 この間のライブは、本当によかった。みんなキラキラしてた。結局、RCにとっては、あれがラストコンサートだったんですよね。きっと、神様からのプレゼントだったんでしょう。もしかしたらあの瞬間、RCの遥か上空にも、大きな虹色の橋がかかっていたのかもしれない。
 皆さんの明日に、どうか虹色の橋がかかりますように!

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
応援クリックお願いします!

24 後片付けが嫌い
雨と虹の日々 目次

スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

No title

そうか、虹子、バンドも大学もやめちゃうのか。
ううん、でも、いろいろ胡散臭さが周囲に漂ってる気がします。
あの男って、誰でしょう。
なにしろ虹子の周りの人って、みんなくせ者ですからね。

まあ、レインがいるから、心つよ・・・・くは、ないか。

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> そうか、虹子、バンドも大学もやめちゃうのか。

そうなんです。虹子にとっては大きな選択でした。
行き先は、一番胡散臭そうな人のところです。

そういえば、limeさんの作品の中にも、同じ名字のキャラクターが出てきてたなあ。しかも悪役で。
私の感性では、絶対にいい人には付けない名字だったので、読んだ時に、妙に納得してしまったことを覚えています。

名前が持つイメージってありませんか?
このキャラクターに、この名前は絶対に付けられないっていうのが、私には結構あるんです。
親切な麗子、美人の則子、頭のいい三郎、逞しい誠などなど。
私の中では、決して存在しちゃいけない人たちなんです。
同じ名前の皆さん、ごめんなさい。

No title

あああ、ありますね。
名前の固定観念って。

不思議と、片瀬さんの感覚と似ている。苗字もありますよね。
農夫の二階堂、純朴な神崎、漁師の一ノ瀬。
・・・ありえない感じ。

横井・・・。ああ、いたような!私のキャラに・・・。
え・・・と・・・喉元まで思い出しかけてるんだけど、・・・えーと。
(思い入れのない悪人は忘れてしまう、ちっぽけな脳みそ)
一日かけて、思い出します><

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> 農夫の二階堂、純朴な神崎、漁師の一ノ瀬。
> ・・・ありえない感じ。

ハハハ。これ、わかるわかる。
それから、アイドルであってはいけないのが、剛力っていう名字。
片手でリンゴを握りつぶすことができてこその剛力でしょ。

> 横井・・・。ああ、いたような!私のキャラに・・・。
> え・・・と・・・喉元まで思い出しかけてるんだけど、・・・えーと。

いえいえ。私の書き方が悪かったですね。混乱させてごめんなさい。
虹子の行き先は、間宮(Mさん)のところです。
確か、KEEP OUTシリーズにいましたよね。
“間宮”
うーん。やっぱり、何かを秘めているような響きがあるんだよなあ。
間宮さんっていう人、ごめんなさい。

No title

レインは猫ちゃんだから、虹子さんの前では喋らないんだけど、
読者としては、この喋りにはホント引き込まれます。
一人称の醍醐味。

レインがこれを、ですますで喋ったらまた凄いことになるかも、
などと妄想したら、脳内大変なことになってしまいました(^^;)

まだまだ虹子さんが知らないこと、レインが知らないこと、
読者が知らないこと、作者だけが知っていること、
が明らかにされていくのを、楽しみにしています^^

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> レインは猫ちゃんだから、虹子さんの前では喋らないんだけど、
> 読者としては、この喋りにはホント引き込まれます。
> 一人称の醍醐味。

そこに注目してもらえてうれしいです。
会話文だけではなく、地の文にも、キャラクターの個性を取り入れることができる、というのが、一人称の最大の強みかなと思ってます。
雨は嫌いだと、レインは思った。
三人称にすると、かなり雰囲気が変わってしまいますね。

> レインがこれを、ですますで喋ったらまた凄いことになるかも、
> などと妄想したら、脳内大変なことになってしまいました(^^;)

わたくしは雨が嫌いなのです。
ううん。このレインだと、キャットフードを食べる時に、きっとナイフとフォークを使ってますね。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。