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雨と虹の日々 21 散歩が嫌い

21 散歩が嫌い

 俺は散歩が嫌いだ。
 カーテンの隙間から窓の外を覗くと、人と犬とが、仲良さそうに並んで歩いている姿が目に入った。よく見かける光景である。何がそんなにうれしいのか、人はニコニコ顔、犬は尻尾をフリフリときてる。まったく、朝っぱらからおめでたい連中だぜ。
 犬は友達。人間がたまに口にする言葉である。大切なはずのその友達に、いつも首輪を付けて自由を奪ってるのは、いったいどこのどいつだってんだ。人と犬との間にあるあの鎖は、“絆”なんていう美しいもんじゃない。あれは、ただの“しがらみ”でしかないのだ。
 人は、強者を気取ることで、ちっぽけな優越感に浸り、犬は、弱者を装うことで、守られる存在であることをアピールする。互いに、それぞれの立場を確認し合う儀式。そいつが散歩ってもんさ。
「おはよう、レイン」
 その声に振り返ると、ベッドで横になったままの虹子と目が合った。「ずいぶん早起きだね」と続ける声音が、いかにもまだまだ眠り足りないといった風である。
「ねえ、私の腕引っ張って起こして」
 無茶なことを口にする虹子。
「また、レインのTシャツの夢みちゃった」
 わけのわからないことを口にする虹子。
「ああ、やっぱり我が家が一番」
 年寄りくさいことを口にする虹子。
 でも俺は、そんな虹子が大好きだった。
 昨日の夕方近くになってのことである。部屋のインターホンが鳴り、宇佐美さんが玄関へと向かった。リビングのドアが再び開いた時、宇佐美さんの隣には、二日ぶりに見る虹子の姿があった。永遠の別れではなかったのである。俺の素へ、彼女はちゃんと戻ってきてくれたのだった。
 今思えばの話だが、俺としたことが、ずいぶんガキっぽい振る舞いをしてしまったもんだ。身体のやつが、勝手にそう反応してしまったのだから仕方がない。気がつくと、俺はソファーを駆け下り、光りのスピードにも負けないってぐらいの勢いで、虹子の胸へと飛びこんじまったってわけさ。
「ああ、お腹空いたあ」
 大きく一度伸びをして、虹子はようやくベッドから身を起こした。空腹が、二度寝の誘惑に勝った瞬間である。
「レイン、ずいぶん早起きだね」
 それは、さっき耳にしたばかりの言葉だった。しかし、そんな細かいことはどうでもいいのである。今重要なのは、虹子が、もう一度ここへ帰ってきてくれたことなのだ。虹子の笑顔を、もう一度見ることができたことなのだ。
「私がいなくて寂しくなかった?」
 それは、昨夜何度も聞かされた言葉だった。だからといって、もちろんケチを付けようだなんて気はないぜ。俺はただ、とびっきりの甘い声で、「ニャアーン」と囁き返すだけのことさ。
「私は、すごく寂しかった」
「ニャアーン」
「これからは、ずっと一緒だからね」
「ニャアーン」
「朝ごはん、チキンにしようか」
「ニャアーン」
「それ食べ終わったら、次にレインと何をするか、私、もう決めてることがあるの」
「ニャアーン」
「一緒に、散歩しよう」
「ニャッ?」

 俺は散歩が好きだ。
 この青空。この新鮮な空気。こんな素晴らしい日に、いつまでも部屋の中でくすぶっているだなんて、せっかく見つけた高級本マグロを、みすみす取り逃がしちまうようなもんだぜ。
「いい天気だね」
 頭上から、虹子のうれしそうな声が聞こえる。胸に抱いた俺に気を使っているのだろう。足取りはかなり緩やかである。季節の移り変わりを感じるには、ちょうどいいスピードってとこだ。
「私の思い出の場所、レインにも見てもらいたいの」
 虹子がどこへ向かっているのか、もちろん俺にはわからない。そんなこと、考えるだけ野暮ってもんだ。そもそも目的地など必要がない。虹子を思う俺の気持ち。俺を思う虹子の気持ち。それさえあれば十分なのだ。お天道様に見守られながら、互いの思いを確かめ合う儀式。そいつが散歩ってもんさ。
「こうやって、たまに散歩するのもいいね」
 たまになんて、そんなケチなことを言うもんじゃないぜ。今度はいつ散歩できるのか、不安で眠れなくなっちまったらどうしようってんだ。
「レイン、ちょっと太りすぎじゃない? 抱っこちゃんしたまま歩くの大変だよ」
 日々膨れ上がるこの腹の中には、虹子への思いが目一杯つまってるのさ。間違っても、食事を減らすだなんて、無茶なことは言いっこなしだぜ。
「ああ、どれぐらいぶりだろう……」
 そんな呟きとともに、虹子の足はピタリと止まった。
 俺に見てもらいたい場所とは、ここのことだろうか。何てことはない。ただのちっぽけな公園である。私の思い出の場所。確かそんなことも行ってたっけ。きっと、何かうまい食い物でも拾ったことがあったのだろう。
 キャアキャアと走り回る子供たち。ペチャクチャとしゃべりまくる母親たち。その数、それぞれ四、五人ってところだろうか。見慣れた公園の景色、聞きなれた公園の騒音である。
「あっ、猫だ」
 ブランコに乗っていた男の子が、こちらを指差して叫んだ。何か、歴史的大発見でもしたかのような騒ぎようである。
「ママ、猫だよ、猫。ねえ、ママったらあ。猫だってばあ」
 ベンチの方に向かって、懸命に叫び続ける男の子。しかし、そこにいるママらしき人物は、他のママたちとのおしゃべりに夢中で、残念ながら一向に振り向く気配を見せない。ある人にとって重要なことが、他の人にとっても重要だとは限らない。男の子は一つ学んだはずだ。そいつが、いわゆる、価値観の違いってやつさ。
 ママ、砂場の中から大金が出て来たよ。今度ママのことを振り向かせたい時は、一言そう言ってみることだな。
 半べそをかきながら、ベンチの方へと駆けて行く男の子。その背中を見送るや否や、虹子がいきなり動き出した。「チャンス、チャンス」と言いながら、ブランコへと駆け寄る。
「い、痛い、レイン。爪立てちゃ駄目だよ」
 抗議の言葉とは裏腹に、虹子のそれはどこか楽しげだ。ブランコへ腰を下ろすと、俺の身体をいったん抱き上げ、今度はやさしく膝の上に着地させた。
「懐かしいなあ」
 軋んだ音を立てながら、ブランコが小さく揺れた。
「怖くないよ。大丈夫だから、爪立てないでね。うん、そうそう。力抜いて。そう。いい子ちゃんね。ネンネしててもいいよ」
 いつもながら、猫相手によくしゃべる虹子である。相手が猫だからこそ、と言うべきだろうか。それとも、俺だからこそ、なのか。
「レイン相手だと、なぜか私、いっぱいしゃべれちゃうんだよね」
 どうやら、そいつが答えらしい。
「おかしいなあ。人と話すのは、大の苦手だっていうのに」
 おかしなことなんて何もないさ。そいつはたぶん、俺と同じ魔法にかかっちまったってことなんだろうぜ。確かその魔法、“愛”とか何とかいう名前だったっけ。
「あーあ。人と猫、言葉が通じ合えたらいいのに」
 いくらこの俺でも、そいつばかりはどうすることもできない。人の言葉を理解できる猫がいても、その逆は皆無だ。残念ながら人間は、猫ほど賢い動物にはなれない運命なのさ。
「もしも、私の声が届いてるなら……」
 口調の変化に気づき、俺は頭上へと目をやった。虹子と視線が交じり合う。イエスの意味を込めて、「ニャアーン」と一声返してやった。
「この場所で、どうしても、あなたに伝えたいことがあったの」
「ニャアーン」
「あなたのことを、愛してます。今まで、一度も口にはできなかったけど、ずっとあなたのことを愛してました」
「ニャアーン」
「それから、あなたに……。私、今までいっぱい嘘ついてきました。パパとママのこと……」
「ニャアーン」
「パパは政治家、今、総理大臣やってる人、あれが私のパパ。要するに、私は隠し子ってこと。それから、ママは、病気で死んだって言ったけど、あれも嘘。ごめんなさい。自殺したっていうのが、本当の話」
「ニャアーン」
「だ、だから、もう、いいでしょ……」
「ニャアーン」
「目を覚まして、幸助……」

虹色日記

 今日はすごくいい天気でした。だから、というわけでもないんですが、RC、レインを連れて散歩に出たんです。猫の散歩です。もちろん、首輪を付けて引っ張って歩いたわけじゃないですよ。レインは、RCがずっと抱っこしてました。両腕がちょっと筋肉痛なのは、きっとそのせいでしょうね。
 マンションから、歩いていけるぐらいの距離に、小さな公園があります。そこが散歩の目的地。最初から決めてました。その公園、RCにとっては、HAとの思い出の場所なんです。そして、悲しい気持ちになる場所でもある。今までは、わざと避けて通ってました。だから、そこへ足を向けるのは、本当に久しぶりのこと。
 RC、ちょっとだけ、期待してたんですよね。レインをそこへ連れて行けば、何か変化があるんじゃないかって。
 結果としては……。
 うーん、どうだったんだろう。よくわかんなかったなあ。RCの話を、真剣に聞いていてくれたような気もするし、そう思ったら今度は、飛んできたちょうちょをつかまえようと、急にジタバタし出すし。
 HAは、確かに、あの公園で、RCにプロポーズをした。そして、その返事も聞かずに、たった一人で旅立ってしまった。たくさんの思い出と、たくさんの後悔だけをRCに残して。
 もう一度、あなたと心を通わすことができたなら、プロポーズの答えは、もちろんイエスです。あの時だって、本当はそうだった。ただ素直になれなかっただけなの。ごめんなさい。だから、もう一度だけ、あなたの声をRCに聞かせてください。
 皆さんの明日に、どうか虹色の橋がかかりますように!

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22 酔っぱらいが嫌い
雨と虹の日々 目次

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No title

今回は、いつにもまして レインが可愛らしかったです。
ころっと前言撤回するところも、お見事。

愛がそだってますね~~。
虹子のなかでも、それは一緒のようで。
いや、でも虹子の愛情は、ちょっと違うのかも。
そう思うと、このあと少し、悲しげなことになりそうな予感。

虹子、ものすごく期待していますから。
今のままが、一番幸せなのかも。

動物に話しかける人、いますよね。
・・・私もそうですが。
犬は半分位はこちらの話を理解できているようなので、ばんばん喋ります。
でも、猫にも話しかけますね。野良猫とか。

一方通行で構わないんですよね、あれって。
なんでか、話しかけたくなるんです。

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> 愛がそだってますね~~。

そうですね。
たぶんレインにとっては、今が一番幸せな時期だと思います。
虹子が返ってきた時のリアクションは、ちょっと犬っぽかったかな。

> 虹子、ものすごく期待していますから。
> 今のままが、一番幸せなのかも。

望みがかなうことよりも、望みがかなう一歩手前の方が、幸福度が高い場合があります。
婚約中などが、それに当たるでしょう。遠足の前日っていうのもそうかな。
でも、これは良くも悪くも人間だけの感覚。想像力がなせるわざなんですね。
亡くなった愛する人の声を、再び聞くことができるかも、という虹子の今の心理状態は、幸福のピークにあるのかもしれません。

> 動物に話しかける人、いますよね。
> ・・・私もそうですが。

はい。そして、たいていの場合が赤ちゃん言葉。なんでだろう。

No title

ああ、セツナイです・・・
虹子さんがレインを通して幸助を見ている限り、
幸助との再会はないのではと思いました。

レインは散歩が嫌いで散歩が好き。
好き嫌いがはっきりしていて良い子です。

そうそう。ねこちゃんて、話しかけると返事するんですよねちゃんと。
だから、こりゃこりゃと(?)どんどん話しかけてしまう。
レインもちゃんと返事を返す。良い子だ。

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> 虹子さんがレインを通して幸助を見ている限り、
> 幸助との再会はないのではと思いました。

レインにとっては、ただただ不可解な虹子の発言でしたね。
でも、こう思い続けることが、虹子自身の心のよりどころにもなっているわけです。

> レインは散歩が嫌いで散歩が好き。
> 好き嫌いがはっきりしていて良い子です。

人でも猫でも、恋をすると、みんないい子ちゃんになれるもんです。
今のレインなら、苦手なきゅうりも食べれるかも。

No title

こんにちは~ ヽ(^。^)ノ

レインちゃん、可愛い!
素直に虹子さんへの想いを言えるようになっちゃって。
そして・・・切ないですね。

虹子さんも切ないです。
レインちゃんを通して見ている人のこと。
虹子さんの生い立ち。
虹子さんの抱えている想い。

でも、レインちゃんが命を掛けて守ってくれると思うと救われますが、
レインちゃんが、虹子さんを愛せば愛するほど、
その想いが、愛しくて、切なくて、可愛くて、泣けて来ます。

Re: No title

ごんにゃんさん、コメントありがとうございます。
あまり無理せず、お体を大事になさってくださいね。猫ちゃんたちのためにも。

> レインちゃん、可愛い!
> 素直に虹子さんへの想いを言えるようになっちゃって。
> そして・・・切ないですね。

この“せつなさ”を感じてもらえてうれしいです。
届かぬ思いのせつなさというのは、言葉が通じる人間同士にもあることですから、人と猫ならなおさらですね。
あ、でも、動物の方が、飼い主の心の痛みを、敏感に察知するってこともあるのかもしれないなあ。

主人がホラー映画を見ていると、その横にいた飼い犬が、そわそわと落ち着きなくなり、ついにはその場から逃げ出してしまった。
何の番組だったかは忘れましたが、昔テレビでそんな実験をやっていたのを思い出しました。要は、人間の不安感を察しての行動ということでした。
不思議ですけど、これ、妙に納得できるような気もしますね。
レインほどじゃなくても、動物の方が、人間の気持ちを理解できているのかも。

ごんにゃんさんの状態を見て、ぴこちゃんたちに何らかの変化はありましたか?
気を使って、マッサージぐらいはしてくれてるのかな。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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