スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雨と虹の日々 19 電話が嫌い

19 電話が嫌い

 俺は電話が嫌いだ。
 虹子を理解するためには、彼女と他者との会話が、もっとも重要な情報源となる。事実そのことによって、俺は今までにも多くのことを知りうることができた。しかしである。会話は会話でも、それが電話によるものとなると、話はかなり違ってくる。
 第三者である俺にとって、耳にすることを許されているのは一方の言葉だけ。つまり、虹子の言葉だけが頼りなのだ。通常の会話と比べれば、俺が手にできる情報量は半減することになる。中途半端な情報は、時として混乱を招き、それは、本来の目的を妨げる要因にすらなりうるのだ。
 虹子という人間を、正しく理解すること。俺の本来の目的とはそれである。なぜ、そこまで彼女のことを知りたがるのか、そいつは、俺自身にとっても大いなる謎ってとこだ。命を救われたから? うまいものを食わせてもらえるから? 撫で方のツボを心得ているから? まあ、そんなところだろう。
 電話で話す虹子の言葉を聞いていると、相手の数はそんなに多くないということだけはわかる。もちろん推測ではあるが、俺が一度は目にしている人物がそのほとんどのはずだ。
 虹子の口から、音楽の話、猫の話が出る場合は、直人がその電話の相手なのだろう。最近では回数も頻繁だ。「そんなに謝らないでよ」と、虹子が苦笑する時、おそらく電話の向こうでは、直人が「すいませんです」を連発しているに違いない。
 最近回数が増えてきたといえば、宇佐美さんもその一人だろう。虹子の言葉を聞く限り、電話での内容は、料理のこと、ダイエットのこと、そして間宮さんのことだ。この間は、何やら背筋が冷たくなるような話をしてたっけ。俺の移動手段を、どうするのだの、こうするのだのといった恐ろしい話だ。
 相手が何者なのか、はっきり特定できない電話もいくつかある。虹子はそもそも口が重い。直人と宇佐美さんは、例外中の例外なのだ。一方の話を聞くことさえできないとなると、俺が手に入れられる情報量も、当然のように激減することになる。
 電話での言葉数が少ないとなると、あとはもう、虹子の口調や表情の変化を手がかりにするしかなくなる。彼女のそれが、棘のある口調、冷たい表情の場合、電話の相手は、麗子、伯父さん、そして、この前部屋をたずねてきた横井、そのいずれかの人物なのだろう。虹子の敵。俺の中ではそういう認識の連中だ。
「虹子ちゃんって、何だか、見るたんびにきれいになっていくみたい」
 宇佐美さんは感嘆の声を上げた。視線の先にいるのは、もちろん虹子である。たった今着替えを終え、リビングへ戻ってきたところだった。
「そ、そんなこと、ぜんぜんないですから」
 恥ずかしそうに小さくかぶりを振る虹子だったが、確かに今日の彼女の姿には、人の目と、猫の目を引き寄せる何かがあった。
 ニワトリのトサカみたいな赤いワンピースに、かつお節っぽい色のブーツ。活きのいいイワシのように輝くネックレスと、大粒のイクラに似たイヤリング。唇には、マグロっぽい色の口紅。これだけの格好をしているのだ。魅力的に見えない方がどうかしてるってもんさ。
「ステージで目立つこと間違いなしね。きっと、麗子ちゃんも驚くと思う。やきもち焼いちゃうかもよ」
「もう、やめてください」
「いいじゃない。もっと近くに来てよく見せてよ」
 モジモジと落ち着きのない虹子に向かって、宇佐美さんがにこやかに手招きする。温かみに満ちた笑顔だった。空いている方の手は、俺の頭を撫でることに使われている。悪くない撫でっぷりだ。このやさしさ。この気配り。さすがは宇佐美さんである。虹子が心を開くのもうなずけるってもんだ。
「これ、変じゃありませんか?」
 虹子が、左胸のあたりを指差す。
「あ、何それ? もうちょっとこっち来てったら」
「バンドの……」
 こちらへと近づきながら、虹子はなぜか苦笑を浮かべ、「シンボルマークにするんだそうです」と続けた。
 宇佐美さんが、少しだけソファーから身を乗り出す。前に立つ虹子の胸元を確認すると、今度は大きく身体をよじって、サイドボードの方へと目を向けた。
「これって……」
「はい。そうです」
 虹子がコックリとうなずく。そして、宇佐美さんと同じ方向を見やった。
 二人の視線の先に、いったい何があるのか、わざわざ確かめるまでもなかった。虹子が指差していた部分を見て、俺もすぐに合点した。サイドボードより少し上の壁に飾られているものと、虹子が着ているワンピースの左胸にプリントされているもの、その二つはまったく同じものだったのである。
「間宮さんからのプレゼント、よっぽど気に入ったのね」
 そう言って宇佐美さんが向き直ると、虹子は「違います違います」と、慌ててかぶりを振った。さらに、「あ、気に入ってるっていうのは、違わくないです、はい」と早口に続ける。
「宝田さんが、あ、あの、宝田さんっていう変な人がいて、ええと、その、私もよくわからないんですけど、その人のアイデアで……」
「その人って、もしかしてTさん? この間、ブログに書いてあった人のことじゃない?」
「あ、そうです。ちゃんと読んでくれてたんですね」
「もちろん。あの虹色日記、一番虹子ちゃんの本音が表れてるじゃない。そこがいいの。それより、これって何? “開けゴマ”の周りにあるやつ。どういう意味?」
 宇佐美さんは、虹子の胸元へと顔を近づけた。
「Sの字に見えるけど、もしかして、ヘビ?」
「Sの字だそうです。意味はよくわかりません。宝田さんって、本当に変なおじさんなんです」
「そうみたいね。でも、なかなか面白いデザインじゃない。Sの字に取り囲まれた呪文の言葉。ああ、何だか、私こういうの好きだなあ。ということは、私も相当変なオバサンってこと?」
 室内が、虹子と宇佐美さんの笑い声で満たされる。
 黒縁眼鏡をかけていない虹子。無邪気な笑顔を見せる虹子。さすがは宇佐美さんである。虹子を、こんなにも楽しい気分にさせられるのだから。そして、俺を、こんなにも幸せな気分にさせられるのだから。
 虹子の味方。その代表的存在なのが宇佐美さん。おそらくこの認識に間違いはないだろう。敵か味方か、判断に迷うのが、間宮さん、そして宝田の存在だ。宇佐美さんに近しい立場ということでいえば、間宮さんも、虹子の味方と見るべきだろうか。宝田は、当初麗子寄りの人物にも思えたが、実はそうとも言い切れなくなってきている。まあ、変な男であることだけは確かだ。
「レインちゃん、そろそろ時間ですよー」
 その声が、俺の思考を中断させた。
 真上に目をやる。声の主である宇佐美さんの笑顔が、帰宅の時間だから、そろそろ膝の上から下りてちょうだい、と俺に告げていた。
「虹子ちゃんに、お別れの挨拶してあげて」と、俺の身体を抱き上げる宇佐美さん。
「レイン、いい子にしててね」と、俺の頭を撫でる虹子。
「ニャ?」と、混乱状態に陥る俺。
 何かがおかしい。宇佐美さんの言葉も、虹子の言葉もである。二人の中身が、そっくり入れ替わっちまったということなのだろうか。タチの悪い冗談だぜ。これじゃあまるで、宇佐美さんの方が、俺と一緒に部屋にとどまり、虹子の方が、一人部屋を出てどこかへ行っちまうみたいではないか。
「宇佐美さん、本当にすいません。こういうこと、他に頼める人がいなくって……」
「何言ってるの。私、楽しみにしてたんだからね。レインちゃんとのお留守番。できれば、虹子ちゃんのライブも見に行きたかったんだけど、まあ、二つ同時ってわけにもいかないし、スポットライトを浴びる虹子ちゃんの姿を見るのは、次回までのお楽しみってとこね」
 結局、虹子は部屋を出て行った。大きなバッグを肩にかけ、どこか遠くへと旅立っちまった。宇佐美さんとのやり取りからすると、今回のことはすでに決定していたことらしい。おそらく、電話で話し合っていたのだろう。だから電話は嫌いなのだ。こんな重要なことを、二人だけで決めちまうなんて。虹子との別れが、突然こんな形でおとずれちまうなんて。
 虹子の口にした最後の言葉が思い出される。扉の前で、一度だけ振り返った彼女。その潤んだ瞳には、一匹の黒猫の姿が映っていた。あれは、俺に対しての言葉だったのだろう。そうに違いない。俺はそう信じたい。
 トイレ以外のところで、おしっこしちゃ駄目だからね。
 まあ、別れの言葉ってやつも、いろいろとあるもんさ。

 カチャカチャという音に気づき、俺はソファーの上で身を起こした。いつもの夜であれば、虹子が座っているだろうパソコンデスクの前。今そこに見える後姿は、宇佐美さんのものだ。
「やっぱり、これも駄目かあ……」
 何やらブツブツと呟いている。もちろんその理由はわからない。後姿からは、なぜか焦りのようなものが伝わってくる。
 キーボードをカチャカチャしたかと思えば、いったん手を止め、残念そうにため息を漏らす。そしてまたカチャカチャとやり始める。さっきからその繰り返しだ。
 そんな宇佐美さんの行動にも、やがて変化が訪れた。まずは、椅子に座ったまま、大きく一度背筋を伸ばす。腕時計にチラリと目をやり、それから、デスク脇にあったハンドバッグを手に取る。その中から、俺の嫌いなものが引っ張り出された。
「もしもし……」
 もちろん電話のことである。
「ええ。その辺はぜんぜん問題もなく……」
 俺の気のせいだろうか。宇佐美さんの声音が、いつもの彼女のそれとはどこか違って聞こえた。
「寝室は、これから調べてみるつもりです。はい、やはりパソコンの方はちょっと……。ええ、そうですね。はい。二、三人来てもらえると助かります。え? ああ、その心配はありませんよ。まあ、猫にそんなことができるんだったら別ですけどね」

虹色日記

 今夜の記事は、携帯からの更新です。こういったやり方、やっぱりRCには向いてないなあ。外出することも、ホテルに泊まることも、そして人前に立つことも、RCには不向きなことばかり。そんな試練が、今日と明日の二日間で、まとめて一気にやってくるんです。ああ、恐ろしすぎる。
 ついさっきまでバンドの練習をしてました。明日のライブのためです。大勢の人の前に立つ瞬間が、刻々と近づいてきてます。RCの寿命は、十年ぐらい縮むことになるでしょう。ああ、恐ろしすぎる。
 ホテルの部屋で、こうして一人でいると、改めて、レインの存在の大きさに気づかされます。たった二日間とはいえ、レインのいない夜はやっぱり寂しい。今頃どうしてるのかなあ。RCが、荷物を持って部屋を出る時、レインったら、すごく不思議そうな顔してたんですよ。きっと、何か感じるものがあったんだと思う。
 PCさんには、本当に感謝です。もしも留守中、レインの面倒を見てくれる人がいなかったら、RC、今日の大切な第一歩を踏み出すことはできなかった。PCさんのおかげで、ダイエットもうまくいったし、料理も上達したし、ファッションを楽しめるようにもなった。
 本当は今日、ブログをお休みしようと思ってたんですけど、どうしても、PCさんに感謝の気持ちを表したくて、こうして携帯電話と格闘することになりました。
 RC、たまに見る夢があります。手をつないで歩く一組の親子。まだ小学生ぐらいの小さな女の子と、その子の母親の姿です。二人は、仲良く同じデザインのTシャツを着てるんですよ。黒猫のイラストがプリントされたシャツ。そうです。そこに画かれている猫はレインなんです。そして女の子がRCです。
 不思議なのは、隣を歩く女性が、RCの本当の母親ではないということ。でも、夢の中のRCは、その女性に向かってはっきりと言ってるんです。「ママ、大好き」と。
 なぜかPCさんなんですよ。その女性の顔。ごめんなさい。これってやっぱり失礼ですよね。でも、どうしてこんな夢を見るのか、RCなりに考えてみました。きっとこれは、PCさんに対する憧れの気持ち。そして、感謝の気持ちの表れなんだと思います。
 PCさん、今夜もブログ見てくれるかなあ。明日のライブは、PCさんのために演奏しますね。あ、もちろんレインのためにもね。
 皆さんの明日に、どうか虹色の橋がかかりますように!

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
応援クリックお願いします!

20 隠し事が嫌い
雨と虹の日々 目次

スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

No title

おおお。不穏だ不穏だ。
なんか怪しいじゃないですか。
二日も空けるのですか。
やばくないですか。

レインの観察眼で見届けてください。
てか、爪の準備かも?

虹子さんは幸せそう。
どうなるのか、超心配ですよ・・・

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> おおお。不穏だ不穏だ。

はい。かなりおかしな方向へと、ストーリーが動き出しました。
いくら頭のいいレインでも、お手上げ、いや、前足上げ状態です。

> 二日も空けるのですか。

虹子にとっては大事な、そして、レインにとっては混乱の二日間。次回は、その二日目のお話となります。
自分にとって、誰が敵で、誰が味方か。
ううん。これは、レインじゃなくても難しい問題ですね。

それにしても、私の小説、いい人が少なすぎる。

No title

なんだか、やばい人にお留守番を頼んじゃったみたいですね。
いや、そういう成り行きを、画策されたのかも。
宇佐美さん、怪しすぎる・・・。
レイン、ちゃんと行動を見張っていて欲しいですね。(何もできないけど)

虹子ちゃん、今のところ本当に信頼できるのは、レインだけみたいですよね。
つらい><

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

留守番とペットの世話を、いったい誰に頼むのか。一人暮らしでペットを飼っている人にとっては、そのことできっと頭を悩ませるんだろうな、と、このエピソードを書いてて思いました。
いずれは、ペットの世話用ロボットとか発明されそう。

> なんだか、やばい人にお留守番を頼んじゃったみたいですね。
> いや、そういう成り行きを、画策されたのかも。

なぜ? どうして? そんな疑問を、読み手に抱かせるという点では、これ、完全に作者の画策ですね。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。