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雨と虹の日々 16 時計が嫌い

16 時計が嫌い

 俺は時計が嫌いだ。
 人類の不幸は、時計を発明した時から始まった。そう断言してもいいかもしれない。時を知る手段を得たからといって、人は決して時間を操ることまではできない。それどころか、操られるのはいつだって人間の方。そう。時間は人間の支配者なのである。
 いったい、やつらいつになったら気づくのだろうか。腕時計なんてものは、奴隷をコントロールするための手枷にすぎないということに。人間の立場など、鳩時計の鳩同然なのだということに。
 腹が鳴ったら飯を食う。生きるために必要なことは、慌てなくとも、おのれの腹時計がしっかりと教えてくれるってもんさ。
「とにかく、今は揉めてる時間なんてないんだ」
 宝田はため息混じりに言った。落ち着きのない様子で、繰り返し左右に視線を走らせる。時間という概念に翻弄されるやつってのは、いつだって似たような行動を取るもんだ。いずれは早口でしゃべるようになるだろう。早口なほど、相手に理解されにくくなるというのにだ。いずれは頻繁に時計を見るようになるだろう。見たからといって、時が止まってくれるわけじゃないというのにだ。
「プロの世界でも、バンド内での揉め事ぐらい、いくらだってある話さ。それを乗り越えてこそのバンドじゃないか」
 麗子に向けられた発言のようだが、今の彼女にとっては、宝田の話よりも、枝毛探しの方が重要らしい。
「天国にいる幸助君は、果たして、今のこのバンドの状態をどう思うだろう。きっともどかしい、いや、悲しい思いをしてるんじゃないのかな」
 虹子に向けられた発言のようだが、今の彼女にとっては、宝田の話よりも、膝の上にいる俺の頭を撫でる方が重要らしい。
「このままチャンスを潰してしまうなんて、あまりにも惜しい。ああ、もったいなさすぎるよ」
 壁の一点をぼんやり見つめたまま、宝田は力なく呟いた。今度のは、どうやら独り言らしい。これもやはり、時間に追いつめられた人間が、たまに見せる行動の一つだ。
「すぐ目の前には、“夢”と書かれた扉があるというのに……」
 鍵でもなくしたというのだろうか。“魚”と書かれた扉なら、代わりに俺が何としてでも開けてやるんだが。
「いくらその場で足踏みを続けたって、扉は勝手に開いてはくれないというのに……」
 自動ドアではないらしい。やはり鍵をなくしたのだろう。
「夢の扉を見つけたら、叩き壊してでも開け放せ。あるロックスターが、昔そんなことを言ってたなあ……。いいメッセージだとは思わないかい?」
 いいメッセージどころか、それはたぶん犯罪だ。
「虹子ちゃん、あれって何? 何て読めばいいのかな?」
 名を呼ばれ、そこでようやく虹子が反応を見せた。宝田の指差す先へと目を向ける。
「開けゴマ、です」
「へえ。あ、そうか。“ゴマ”は何となく読めるなあ。前にお邪魔した時には気づかなかったよ」
「まだ飾ってなかったんだと思います。最近プレゼントしてもらったばかりなので」
「なるほどねえ。開けゴマ、か……。ううん。開けゴマ。いいかもしれないぞ。面白いじゃないか。開けゴマ。うん。使えるぞ、これは……」
 胸の前で腕を組んだまま、宝田は口の中で何やらブツブツと唱え始めた。その様子に、虹子は戸惑い、麗子はよりいっそう不機嫌な顔になる。そして俺は、間宮さん宅での大失態を思い出してしまうのだった。
「宝田さん……」
 麗子は痺れを切らしたとばかりに、今度は宝田の腕を掴んで、「宝田さんってば」と再び声を尖らせた。
「ああ、すまんすまん。今、何かいいアイデアが浮かびそうだったんだ」
「それどころじゃないはずです。ライブイベントの話はどうしたんですか? もうそんなに時間がないんですよね。私、このチャンスを逃したくないんです。バンドを駄目にしたくない。いや、駄目にされたくないんです」
 宝田に向かって早口でまくしたてる麗子。ギロリとした鋭い視線を、最後に虹子の方へと向けた。
「私だって、バンドを駄目にされたくない。いや、幸助が作ったこのバンドを、他人なんかに穢されたくない」
 虹子も決して負けてはいなかった。驚いたことに、俺を胸に抱いたまま立ち上がり、ソファーに座る麗子を、上から見下ろすようにして睨みつけたのである。これはまさに、猫が喧嘩する時の必勝法ではないか。
「あのさあ……」
 麗子の表情にうっすらと笑みが浮かぶ。虹子の言動にひるんだ様子はない。「何か忘れてない?」と、せせら笑いにも似た口調で続ける。
「もともとは、私が宝田さんと知り合ったからこそ、このチャンスが転がりこんできたんじゃない。ついでにそれ以前のことを言えば、一緒にバンドやらないかって、最初に幸助に声かけられたのも私なんだからね。このバンドは、私と幸助、二人が作ったものなの」
「だったら、自分で詞を書いて歌えばいい」
 虹子もすかさず応戦する。俺も「ウンニャア」と、ちょっとだけ加勢してみた。
「虹子、いい加減にしなさいよ。ライブに来るお客さん見て、あんた、今まで気づかなかったの? お客は、私を見に来てるの。私の歌を聴きに来てるの。そのことがわからないわけ?」
「気づいてないのはお客さんの方。ステージの上で歌って踊ってる人が、実は大嘘つきのこそ泥だってことにね」
「ニャニャッ!」
「何それ。私が何か取ったっていうの?」
「私の書いた詞を取ろうとしてるじゃない」
「ンニャ」
「そんなこと? ああ、もうやんなっちゃう。馬鹿みたい。発想が幼稚すぎる。ただの戦略じゃない。私名義にした方が、バンドとしてのプラスになる。それぐらいのことが理解できないの? もっと大人になりなさいよ」
「そ、そんなことまでして、私、プ、プロになんか……」
 しだいに勢いをなくしていく虹子。言葉は尻すぼみになり、やがては、ガックリとソファーに腰を下ろしてしまった。
「結局、虹子は臆病なだけなの。プロになる勇気がない。大勢の人の前に立つのが怖いんでしょ? わかってる。私たち、何だかんだいって付き合い長いからね。それにしても、可愛げのない猫」
「ウニャニャニャアッ!」
「はいはい。もう、このあたりでおしまいにしよう」
 パンパンと両手を打ち鳴らし、宝田は場違いなほどの明るい口調で言った。
「宝田さん、ライブイベントのお話、私一人でっていうわけにはいかないんですか?」
 麗子の声音が、今度は甘えたような響きに変わる。
「うん。それも、一つの案として考えてはいたんだけどね」
 その言葉に、麗子の表情はまたたくうちに晴れやかになっていく。がしかし、晴天の日は長くは続かなかった。
「そんな消極的な案は、今すぐ却下だ。ああ、俺としたことが、何て馬鹿な考えをしてたんだろ。やっぱりそれだけ歳食ったってことかな。危ない危ない。もうちょっとで、心の火を消してしまうところだった。バンド内でのトラブル? 大いに結構じゃないか。仲良しグループなんて、今時誰も見たがらないよ。バンドを壊したくない。少なくとも、その思いだけは共通してるんだ。それだけ気が合えば十分じゃないか。作詞の件だけど、それはとりあえず表に出さないことにする。とりあえず、と言ったが、問題を先送りにしようとしてるんじゃない。これも積極的な戦略の一つだ。ベールに包まれてる方が、むしろ人の関心を引きやすい。シークレットもスキャンダルも大歓迎だよ。あ、二つとも頭にSがつくなあ。これも面白い。もう一つぐらいないかな、Sのつく言葉。まあ、それはそれとして、虹子ちゃん、あれ貸してもらうよ。開けゴマってやつ。画像のデータ取ったら、すぐ返すからさ。開けゴマかあ。うん。やっぱり面白い。古くさいようでも、どこか新鮮な響き。幼稚なようでも、どこか奥深い。いいなあ。開けゴマ。それにしても、頭にSがつく言葉、何かないかな。君たちも考えてくれよ。シークレットとスキャンダル、二つじゃ足りないんだよ。あと一つ何かが……」
 延々と続く宝田の一人しゃべりに、麗子は再び不満顔に戻り、虹子は呆然と“開けゴマ”を見つめ、俺はとりあえずSのつく言葉を考えてみた。
 “魚”なんてのはどうだろう。

虹色日記

 今日、久しぶりにBCと会いました。二人っきりではなく、ある人物も一緒です。この人のことは、確かまだ書いたことなかったですよね。名前は、とりあえずTさんとしておきます。RCのバンドに興味を持ってるらしくて、前にも一度部屋に来たことがあったんです。ちょっと、いや、かなり変な男の人です。詳しいことはわからないんですけど、いちおう音楽業界の人らしいんですよね。
 そのTさんのおかげ、と言っていいのか、バンド崩壊だけは、何とか防ぐことができました。BCと仲直りしたわけじゃないですよ。でも、やっぱりRC、バンド活動は続けたかったのは本当。どうしてかな。目立つのが苦手な性格のくせに、こんな気持ちになるなんて自分でも不思議。
 このバンドがあったからこそ、HAと出会うことができた。やっぱりそれが大きい理由だと思う。別に、プロになりたいとかいうわけじゃなくて、HAが作ったものを守っていきたい。ただそれだけのこと。それがRCの使命のような気がするだけ。
 初めての外出以来、レインの様子がちょっとおかしかったんですけど、最近また元気が戻ってきたみたいです。これにはすごく安心しました。今日のレインは、特に元気、いや、勇敢でした。ああ、動画に残しておきたかったなあ。
 RCがBCと言い合いになった時、レインったら、すごかったんですよ。闘争心むき出しっていうか、必死で何かを守ろうとしてるっていうか、どう言えばいいのかなあ。とにかく、今日のレインはカッコよかった。白馬に乗った王子様みたいだった。いや、馬にまたがる猫は、やっぱり変ですね。ああ、動画取っておけばよかった。でも、目尻吊り上げてるBCに向かって、これから動画撮影してもいいか、なーんて言えるわけないですからね。今日のところは、レインが元気になってくれただけで良しとします。
 そういえば、レインと一緒に、また遊びにおいでって、Mさんからお誘い受けてるんです。もちろんすぐにでも行きたいんですけど、どうしてもレインのことが心配で、まだお返事は出してないんです。
 ああ、何かいい手段ないんですかねえ。キャリーバッグの中に閉じこめて連れて行くのは、やっぱり可哀そうだなあ。抱っこしたままの方がいいんでしょうか。犬と違って、こういうところは猫って難しい。
 それから、心配事がもう一つ。最近、皆さんからいただいたコメントの中に多かったのが、飼い猫が家出したっていうお話。どうやら、これって珍しいことじゃないみたいですね。SP君が言っていたことも含め、RC、今すごく気になってるんです。その意味もあって、レインをどこかへ連れて行くのっていうのは、やっぱりちょっと不安だなあ。
 この部屋を、レインにとってもっともっと居心地のいい場所にする。RCが思いつくのは、今のところそれぐらい。RCにはレインが必要。もしも、レインがいなくなったらって、想像するだけで気が変になりそう。この思い、ちゃんと伝わってるのかなあ。単なるRCの片思いじゃなければいいんだけど。
 レインは今、ソファーの上です。お魚の形をしたクッションに、しがみつくようにして眠ってます。これ、RCからのプレゼントなんですよ。レイン、今日は大変な一日だったね。今頃、楽しいお魚の夢でも見てるのかな?
 皆さんの明日に、どうか虹色の橋がかかりますように!

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17 プレゼントが嫌い
雨と虹の日々 目次

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No title

頭にSのつく言葉を集めて、何をしようって言うんでしょう。(そう、魚にしちゃいましょうよ)
この宝田って人も、いい人なんだか、胡散臭い人なんだか、まだよくわからないですよね。
ちょっと戦闘態勢になったレイン、かっこいいぞ。
最終的に、どういう展開になっていくのか、まだ全然予想がつきませんが、じわじわ、楽しませてもらっています^^

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> この宝田って人も、いい人なんだか、胡散臭い人なんだか、まだよくわからないですよね。

たぶん、胡散臭いサイドの人間だと思います。
虹子たちのバンドを応援したい気持ち半分、自分がビッグになりたい気持ち半分の男ですからね。

> 最終的に、どういう展開になっていくのか、まだ全然予想がつきませんが、じわじわ、楽しませてもらっています^^

これから、ジワジワと広げていきますよ。私、物語を展開させるのは得意なんです。ただ、それをどうまとめあげるのかに、いつも苦労してます。
枝葉を広げすぎて、すでにプロットから脱線しかかってる部分もありますからね。
作者によって生み出されたはずのキャラクターが、いつの間にか、作者の思惑通りには動いてくれなくなることがある。これって、私だけの感覚かな。

No title

ああ、ありますね。
自分が作ったはずのキャラクターなのに、振り回され、自分が定めた通りのストーリーをたどってくれないとき。
KEEPOUTの春樹なんか、まったくそうです。(従順なように見えて、我が強い)
それはまさに、キャラクターが熟成されて育っている証拠なんでしょう。
だからこそ、物語は面白い。思い通りの人形じゃなくなっていく過程って、大変だけど、ワクワクします^^

そして、最終回で、離れがたくなってしまって、続編を書いてしまう・・・。悪い癖です^^;

Re: No title

limeさん、ありがとうございます。
わざわざ、返信コメントにまで反応してくださるとは思ってませんでした。
ああ、うれしいなあ、こういうやり取りができるのって。周りに同じ趣味を持つ人が、なかなかいないもので。

なるほど、KEEPOUTの春樹がそうだったんですね。
確かに、チョイ役では収まりきらないような存在感が、彼にはありますから、続編は必然だったのでしょう。

物語の上では脇役でも、その人物には、当然それぞれの人生がある。執筆中は、作者の意識も、そんな彼らと同化することになります。そうなると、やはり無視できなくなってしまうんですよね。彼らの意志を。彼らが持っている価値観や美意識というものを。

> そして、最終回で、離れがたくなってしまって、続編を書いてしまう・・・。悪い癖です^^;

離れがたくなってしまうというのは、すごくよくわかります。私の場合は、寂しさだけではなく、いつも脱力感のようなものに襲われてます。これって、燃え尽き症候群みたいなものなのかな。なかなか、新作に取りかかろうという気持ちになれないんですよね。次々と新しい作品を生み出せるlimeさんがうらやましい。

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No title

レインが宝田さんの発言を翻訳(?)解説(?)するところに、片瀬さんのウイットなセンスを感じます。笑える。最後のSの「魚」にやられた。

レイン、麗子さんに闘争心をむくも、言葉がニャ~・・・
いや、喋れないでいてね。

ふふ。ここで何か面白いお話をされていますね。
キャラが勝手に動くお話しは良く耳に、いや、目にします。
自分の中ではまだまだその境地には至っていないのですが、感覚的にはわかるような気がします。
私は今はただ頭の中の妄想を必死に綴ることで勉強させていただいています。
書き終えるとき、どうなるんだろう・・・

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> レインが宝田さんの発言を翻訳(?)解説(?)するところに、片瀬さんのウイットなセンスを感じます。笑える。最後のSの「魚」にやられた。

心の声を、会話文と同じように扱える。
こういった表現のしかたは、やはり一人称の強みでしょうね。
レインはそう思った。みたいな説明は、まったく必要なくなりますし、地の文によって、テンポを損なうということも少なくなる。
私の場合、ついつい一人称で書くことが多くなりますね。
まあ、三人称を苦手にしてる、という理由もあるんですが。

> 私は今はただ頭の中の妄想を必死に綴ることで勉強させていただいています。
> 書き終えるとき、どうなるんだろう・・・

書き終える頃には、登場人物たちの不平不満を、たくさん聞くことになるかもしれませんよ。俺を主役にした続編を書け、とかね。
まあ、作者の思い通りにならないキャラクターほどかわいいもんです。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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