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雨と虹の日々 8 客が嫌い

8 客が嫌い

 俺は客が嫌いだ。
 ガキの頃暮らしてた家にも、そういえばよく客が訪ねて来たっけ。どうやら人間ってやつは、孤独に耐えられない動物らしい。縄張りは主張するくせに、決して一人では生きていくことができないのだ。
 この部屋にも、最近よく客が訪ねてくる。そのほとんどが、虹子のバンド仲間。なぜ彼らがここへ集まるのか、俺にも何となく理由がわかってきた。
 以前、“防音装置”という言葉を耳にしたことがあった。彼らの会話の中にである。どうやらその代物、部屋にあると何かと都合がいいらしいのだ。歌の練習だろうと、楽器の練習だろうと、その装置さえあれば、どんな大音量を出しても平気なのだという。残念ながら、俺はまだ目にしたことがない。騒音から逃れることができるという、その魔法の装置を。
 今日の客は広道と秋男。幸いにして、二人とも楽器は持ってきていない。今回はただの話し合いだけで終わりそうだ。虹子を含め、テーブルを囲む三人の表情は、いずれも暗く沈んで見える。あるいは、怒りを含んだ不満顔と言うべきだろうか。
「これ以上、麗子に好き勝手やらせてていいのか?」
 太っちょのドラマー、広道が憎々しげに言う。手に握られているのは、ドラムスティックならぬ野菜スティック。
 かぶりを振る虹子。眉をひそめる秋男。三人の思いは共通しているらしい。不満の源は麗子にあるようだ。その点については、俺にも異論はない。
「レイン、どうしたの?」
 虹子の表情に笑みが浮かぶ。サイドボードから飛び降りた俺を、目で追いながら「もう、お腹空いちゃったの?」などと声をかけてくる。俺が動くたびに、決まって彼女が口にする言葉だった。ちょっとばかり失礼である。俺だって、そういつもいつも腹を減らしてるわけじゃないのだ。
「抱っこちゃんしてほしかったの?」
 俺は、勢いよく虹子の膝上へと飛び乗った。目的は、三人の話をもっと近くで聞くためである。決して、抱っこちゃん目的でないことだけは付け加えておこう。
「何か、いいアイデアないか?」
 広道は、まず秋男に目をやり、反応がないと見るや、今度は虹子に視線を向ける。ややあってから、なぜか俺にまで、その大きな丸っこい顔を向けてきた。猫の知恵も借りたい、ということらしい。
「俺たちだけで、やってみるか……」
 結局、広道自らが答えることとなった。しかし声は力なく、しかも、賛同者はゼロ。
「虹子は、歌ったことないのか?」
「私、音痴だから……」
 苦笑する虹子。質問した広道は、大きくため息を漏らす。秋男は、「俺、猫アレルギーかもしれない」などと、関係ないことを口走っている。
「歌える女友達は?」
「麗子しか知らない」
 再び、虹子が苦笑し、広道がため息を漏らす。秋男は、「さっきから、妙にくしゃみが出るんだよなあ」などと、悩みを深めている。
 リーダー不在の会議とは、おそらくこういったものなのだろう。俺の目には、すでに話し合いの結論が見えていた。麗子がいなきゃ、この三人は何もできやしない。しょせん、肝っ玉のすわったやつじゃなきゃ、自分の縄張りなんて持てっこないってことさ。
 彼らの空疎な話し合いを打ち消すかのように、その時インターホンが鳴った。何か不吉な予感でもあったのだろうか。虹子がたちまち表情を曇らせる。
「お、伯父さん……」
 虹子が口にした通り、インターホンのスピーカーから、わずかに漏れ聞こえる声は、確かに伯父さんのものだった。おそらく、虹子の不吉な予感は的中したに違いない。
 ほどなくして、厄介な客が姿を現すこととなった。
「おっ、先客か。みんな揃って、何しけたもん食ってんだ。人参だろ、それ? まあ、ちょうどいいタイミングだったかもしれねえな」
 陽気に声を弾ませる伯父さん。手にしていた大きなレジ袋を、広道の方へと豪快に放り投げた。
「こ、こんにちは……。ええと……」
 反射的に袋を受け止めた広道だったが、それ以上どうしていいのかわからない、といった風に、伯父さんと虹子の顔を、交互に見つめている。困った表情なのは秋男も同様だ。どうやら、二人とも伯父さんとは初対面だったらしい。
「虹の伯父だ。よろしくな。さあ、袋開けてみな。おやつタイムだ。お菓子屋ができるぐらい入ってるぞ。たった今、万引きしてきたところだ。んなわけないだろ。パチンコだよ。パチンコ、そこの景品場で万引きしてきたんだ。んなわけないだろうが」
 ガハハと大笑いしているのは、もちろん伯父さん本人だけである。
「ひょっとして、同級生か?」
「あ、はい。そうです。同じ大学の……。それから、バンドも一緒にやらせてもらってます」
 広道に続き、秋男も、「俺、いや、僕も、そうです」と、くしゃみをしながら慌てて言った。
「おう。そうかそうか。遠慮なく食ってくれ。俺のおごりだ。君は特に痩せすぎだから、もっと栄養つけなきゃいかんぞ」
 隣に座る伯父さんを見て、虹子が反射的に立ち上がった。俺を抱いたまま、足早に窓際へと向かう。
「そろそろ、猫にごはんあげなきゃ」
 俺の予想した通りのセリフだった。要は、なるべく伯父さんとは距離を置きたいということなのだろう。
「まったく、最近の猫も贅沢になったもんだ。昔は、猫の餌と言ったら、残ったごはんにかつお節混ぜただけのもんだったがなあ。今じゃ、人様に負けないぐらいのもん食ってるみてえじゃねえか」
 特に腹を空かしていたわけではなかったが、俺の目の前にはいつもの器が置かれた。虹子がすぐそばにしゃがみこむ。その後ろの方からは、「昔はなあ……」という伯父さんの声。
「君たち知らんだろうけど、いい時代ってのもあったんだ。もちろん、俺たち人間にとってのことだぜ。まあ、バブルって言った方がわかりやすいかな。おい、何遠慮してんだ? 男らしく、もっとガツガツ食えよ。ボヤボヤしてたら、クロスケに取られちまうぞ。猫ってやつは、油断ならねえからなあ」
 “クロスケ”の意味はよくわからなかったが、伯父さんを嫌う虹子の気持ちなら、俺にも何となくわかってきた。こんな時にこそ、例の装置とやらが役に立つのではないのか。絶え間なく大声でしゃべりまくる伯父さん。その騒音から逃れるには、今すぐ防音装置のスイッチをオンにするべきだ。
「ほらほら、チョコだろうと、ポテトチップだろうと、いろいろ揃ってるんだぞ。おっ、これ懐かしいなあ。カール、今でもまだあったんだな。君たち知ってるか? バブルの頃は、カールおじさんも、アルマーニのスーツを着てたんだぞ。んなわけないだろうが」
 ガハハと大笑いしているのは、やはり伯父さん本人だけだった。
 虹子は、ただ黙って俺の背中を撫で続けている。表情を見る限り、伯父さんの話など、何一つ聞こえていないといった風だ。もしかしたら、彼女専用の防音装置でも持っているのではないだろうか。
「それにしても……」
 次の瞬間、伯父さんの声音に変化が生じた。
「君たち、ありがとうな」
 涙声と言っていいのかもしれない。鼻をすする音まで聞こえてきた。感謝の言葉は、広道と秋男に向けられているようだ。「お、伯父さん……」と広道が戸惑っている。くしゃみを連発しているのは秋男だ。
「いやあ、すまんすまん。駄目だなあ。歳取ると、涙もろくなっちまうもんだな。とにかく礼を言わせてくれ。虹のこと、これからも頼む。仲良くしてやってくれ」
「伯父さん、頭上げてください。俺ら、ただ一緒に音楽やってるだけなんですから。それに、楽器の練習に、ここ使わせてもらうことも多いし、こっちの方がお礼しなきゃいけないぐらいなんです」
「君はいい青年だなあ。虹のやつも、ずいぶんと友達に恵まれたもんだ。正直心配してたんだ。昔っから、虹は引っ込み思案の性格で、亡くなった母親、俺の妹なんだが、虹に友達ができないって、よく悩み事を言ってたもんだ」
「ああ、そうだったんですかあ……」
「今は俺が、虹の親代わりみたいなもんでな。まあ、とにかくこれで安心した。君みたいな青年が友達なんだからな。その丸々とした体形も、なかなか気に入ったぞ。バンドでの担当は、やっぱりキャッチャーか? んなわけないだろうが」
 今度は、ちょっとだけ広道の笑い声も聞こえてきた。相変わらず、秋男はくしゃみをし、虹子はじっとして動かない。そして俺は、部屋中を見渡し、防音装置とやらのスイッチを探し続けるのだった。

虹色日記

 今日、また伯父さんがやってきました。そのうち来るだろうな、という覚悟はできてましたが、やっぱり、招かれざる客には変わりありません。しかも、部屋にはWRとAMがいたんですよ。いろいろとバンドのこと話していたんです。そこへ、突然の登場ですから、タイミングはもう最悪。
 唯一の救いは、伯父さんの機嫌がよかったこと。パチンコがうまくいったみたいでした。たまたまなんですけどね。今まで、パチンコでどれだけ損をしてきたのか、ぜんぜんわかってないんです。しかも、パチンコだけじゃないんですよ。伯父さんは、いわゆるギャンブル依存症。これから先のことを考えると、やっぱり心配です。
 RC、自分の家族については、バンド仲間にもあまり話してないんです。両親は、RCがまだ小さい頃に離婚して、それ以来、父とはあったことがなく、母は事故で死んだ。話したのは、たぶんその程度だったと思う。それとお金のこと。事故の加害者からもらった慰謝料と、母が入っていた生命保険で、今は暮らしてるっていうのも、一度説明したことがありました。
 これは、半分本当で、もう半分が嘘。だから、今日はヒヤヒヤでした。伯父さんが何を言うのかです。幸いにして、秘密がバラされることはありませんでした。それどころか、最後には“いい伯父さん”みたいな感じになっちゃいました。特にWRとは、すごく打ち解けてたみたい。なんなんでしょう、この展開は。こういうのも、不幸中の幸いってことになるのかなあ。
 忘れちゃいけないのは、今日もMさんのアドバイスが役に立ったってこと。メールで教えてもらった通り、自己暗示をかけてみました。百パーセントうまくできたかどうかはわかりませんが、少なくともパニックを起こさずにすみました。これから練習を積み重ねていけば、きっと上達できそうな気がする。暗示をかけることで、確かに周りの音が小さくなっていったんですよ。まるで防音室に入ったみたいでした。
 もしかしたら、ダイエットのことも、Mさんに相談した方が早いかも。ついでにバンド内でのトラブルのことも。それはちょっとずうずうしすぎるかなあ。これだと、何だかMさんに頼りっ放しになっちゃいますね。
 今度、いよいよUさんと会えることになりました。RC、ちょっとドキドキしてます。うまく話せるかなあ。聞きたいことは、たくさんあるんだけど、それを口に出すのは、やっぱり苦手。
 メールから想像するUさんのイメージは、やさしくてきれいなお姉さん。どうですかUさん? 合ってますか?
 逆にRCのイメージがUさんにどう思われてるのか、それがすごく心配。ああ、やっぱり不安なことが多いなあ。まだまだ修行が足りませんな、修行が。
 RC、今夜は滝に打たれる夢でも見ようと思います。
 皆さんの明日に、どうか虹色の橋がかかりますように!

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9 眼鏡が嫌い
雨と虹の日々 目次

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そう、空腹ほどせつないものはないのである

↑レイン、ナイスです~♪

というか。
レインはやはり幸助くんなんだな、と。

トボけたことを言いながら、いや、それは黒猫レインくんの言葉をなぞりながらも、彼は、虹子さんの心をずっとずっとトレースし続けている。
事故の衝撃で、幸助くんの魂の一部が入り込んだって感じなのかなぁ、とか。

いろいろなイニシャルのような暗号のようなものに、きっと意味があるんだろう、と分かっていても、朱鷺はそれを探求したり、推理したりはしない生き物なので(^^;
謎は謎としてただそこに在ることを知っているだけ。
いつか解き明かされたときに、「おお、そういうことだったか! さすが、見事です、みことさん♪」と感じるであろうことだけは、予言しておきましょう。ふふふふ。

レインの存在は、ものすごく「吾輩は猫である」的で、三毛猫ホームズにも似て、なんというか、ヒントを与えてくれたり結果を導いてくれる訳ではなくって、物語の進行役を務めるというのか、存在そのものに価値を置いているというのか。
ううむ、表現が分かりません。
「患者さんを亡くしました」
と朱鷺のコメ欄では申し上げましたが、本当は、朱鷺は最近、猫を亡くしてます。
今、思えば、あの子は『天使』でした。
まさに、家族の厄災を引き受けて身代わりに逝ってしまった子でした。

猫は、特にそういう生物である気がして、切ないです。
レインは、何か役割があって、ここにいる。
彼女のそばに。
雨が降って、そして、空には虹が出る。
そこに救いを見るのだろうか。
虹は、光の結晶だから。


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Re: そう、空腹ほどせつないものはないのである

朱鷺さん、コメントありがとうございます。

> いつか解き明かされたときに、「おお、そういうことだったか! さすが、見事です、みことさん♪」と感じるであろうことだけは、予言しておきましょう。ふふふふ。

うう、うれしさ半分、プレッシャー半分(苦笑)

> レインの存在は、ものすごく「吾輩は猫である」的で、三毛猫ホームズにも似て、なんというか、ヒントを与えてくれたり結果を導いてくれる訳ではなくって、物語の進行役を務めるというのか、存在そのものに価値を置いているというのか。
> ううむ、表現が分かりません。

執筆するに当たって、『吾輩は猫である』は、もちろん意識にありました。あまりにも有名ですからね。
最初は、猫以外の動物というものも考えてみたんです。カラス、フクロウ、ナマズ、カメというのが、その時の候補でした。
でも結局は、猫に落ち着いてしまいました。擬人化するには、やはりこれ以上の動物はいないのかも。

いろいろ調べてみると、夏目漱石も、海外の小説を元にしたようですね。それ以外にも、猫を擬人化した作品が、数多く存在することもわかりました。
まあ、それだけ猫という動物に、魅力があるということなんでしょう。というより魔力かな?

> 「患者さんを亡くしました」
> と朱鷺のコメ欄では申し上げましたが、本当は、朱鷺は最近、猫を亡くしてます。
> 今、思えば、あの子は『天使』でした。
> まさに、家族の厄災を引き受けて身代わりに逝ってしまった子でした。
>
> 猫は、特にそういう生物である気がして、切ないです。

私も今までに、十数匹の猫との別れを経験してきました。これは本当に無条件で悲しいことです。
おそらく、猫に対しては、初めから多くのことを求めていないからこそ、変なわだかまりのないストレートな悲しみに包まれるんじゃないのかな、と最近思うことがあります。

やっぱり彼らには、魔力があるのかも。

No title

防音スイッチ、オン、は良いアイデアですね。
聞きたくないことやものは、耳に入ってほしくないですよね。
言うな、とは言えませんから、聞かない、という権利(?)は確保したいかな。

抱っこちゃん、良いじゃないですか。
レインが甘え上手になれば、虹子さんも喜ぶのでは?
どうよ、レイン?

Re: No title

> 抱っこちゃん、良いじゃないですか。
> レインが甘え上手になれば、虹子さんも喜ぶのでは?
> どうよ、レイン?

人間に甘えるなどということは、レインのプライドが、どうしても許さないんでしょうね。内心は、思いっきり甘えたがってるかもしれませんけど。
何しろハードボイルドな猫なので、これからも、あくまでクールに決めますよ。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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