スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

エッセイ 鬼ころしの夜

鬼ころしの夜

 死んだ人間は、すぐにあの世へ行けるわけではないらしい。目的地にたどり着くまでには、四十九日間もかかるのだという。もちろん仏教上の概念である。
 その程度の知識すらなかったほど、私の信仰心というものは希薄だ。どこかで耳にしていたのかもしれないが、好奇心のアンテナに引っかかることは今までになかった。記憶にあるものといえば、“三途の川”というキーワードぐらいだろうか。
 どんなことであれ、興味を持つためには、何らかのきっかけが必要となる。今回、父の死がそのきっかけとなった。
 今月、四十九日法要が行われた。亡くなった父の、旅の終わりということになるのだろう。そこにはゴールテープがあるのか、「入口」と書かれた扉があるのか、それとも、きれいなお姉さんたちが、首に花飾りをかけてくれるのか、とにかく目的地へは到着したことになる。
 今、私の財布の中には、半紙に包まれた十円玉が入っている。火葬の時のものだ。三途の川の渡し賃、六文銭の代わりなのだという。この習慣は、地域によっても違うらしく、お棺の中に、金属を入れてはいけないとされるところもあるようだ。
 一説によると、渡し賃が払えない死者は、その場で衣服をすべて剥ぎ取られてしまうのだとか。これはかなり厳しい。そしてちょっと恥ずかしい。数枚の十円玉によって、父はこの難関を無事に突破できただろうか。短気な性格が災いして、そこの係員ともめてなければいいのだが。
 四月。母からの知らせを受け、実家に駆けつけた私の目の前には、すでに冷たくなってしまった父が寝かされていた。三、四年ぶりの対面になるのだろうか。今まで意識して会わないようにしていた。入院した時も、危篤だと聞かされた時もである。
 とうとう最後まで、心を通わせることのなかった親子。それが私と父である。キャッチボールをしたことのない父と息子。酒を酌み交わしたことのない父と息子。いつからそうなったのか。なぜそうなったのか。たぶんそれは、二人があまりに違いすぎたせいだろう。私はそう思うことにしている。そう思うことで、この数年を乗り越えてきた。
 時間と空間は、傷ついた心を癒してくれる。最近そのことを知った。いくつものわだかまりは、時の流れによって、その数を減らし、別々の空間にいることで、その濃度を低下させる。死ぬ前に、一度顔を合わせた方がよかったのでは、という思いも確かにあった。しかしそうはしなかった。そうしなくて正解だったと今は思う。
 人を変化させるというのも、時間と空間が持つ作用の一つだろう。野球に何の興味もなかった少年も、今ではすっかり地元プロ野球チームに夢中である。今夜も、野球中継を見ながら日本酒で一杯。まるで、少年時代に見た父の姿だった。
 父とのいい思い出がなかったわけではない。クワガタ取り、釣り、かまくら作り、キノコ狩り。時が流れても、けっしてそれらの記憶がなくなることはない。オセロや将棋では、父に勝ったことはなかった。庭に作ったかまくらで食べたおにぎりは、なぜかいつものおにぎりとは違っていた。クワガタがいくら身を隠そうとしても、父の目をごまかすことはできなかった。こういったことは、不思議と細かなところまで思い出せるものだ。
 家族から聞いた話で、一つだけ驚いたことがあった。入院中の父の発言である。
「今まで、ありがとう」
 息を引き取る数日前のことらしい。私がもしその場にいたとしたら、父の口から聞く初めての感謝の言葉に、どう反応すればいいのかと、たぶん戸惑っていたことだろう。
 死ぬ前に、もう一度息子の顔を見たい、と父は願っただろうか。今となっては、もう答えを知ることはできない。何か息子に伝えたいことがあっただろうか。もちろんそれもわからない。
 私から父に伝えたいことならあった。生前ではなく、今だからこそ、ということになるだろうか。
 四十九日の夜。テーブルの上には、六文銭代わりの十円玉。そしてグラスが二つ。酒の肴は、もちろん父との思い出。親子の間にあったいくつかのわだかまりは、今夜の酒ですべて洗い流すつもりだ。この思い、三途の川の向こうにまで伝わっていればいいのだが。
 今夜飲む辛口の酒「鬼ころし」は、いつも以上に私の舌をピリリと痺れさせた。

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
応援クリックお願いします!

エッセイ 一覧

スポンサーサイト

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

ええと…

こちらは、エッセイ…つまり、みことさんの日常の、つまり事実なんですね。
お父様を亡くされたのか! ということ以上に、朱鷺が愕然としたことをここで申し上げてもよろしいでしょうか!!
‘みこと’さんというお名前で、何故か、朱鷺は、みことさんは女性だと勝手に信じきっておりました(・・;
しかし、今、ようやく納得いったことがいくつかあります。
「不倫のライセンス」に朱鷺がコメしたことへの返信に、ん? と感じることが何度かあったので。
それが、男性だったのか!
と思うとものすごぉく納得いきます。
ははははヾ(´▽`)
今、ようやく腑に落ちました。

そして、親子、という関係について。
そこから始まる家族というもの。
朱鷺はあとがき等で言及している通り、その関係性にはいつもいつも、本当にいつも苦しんできました。
愛するが故に許せないのか。
本当はそこに愛などないのか。
憎しみは愛するが故に生まれる憤りであることを早くに知ってしまい、夫婦の関係の虚しさや、血縁というもの、そういう多くのキーワードに翻弄されてきました。
いえ、今もその只中です。

そういう切ない葛藤を観た気がして、ほんの片鱗でも、ああ、そうだよな、という感慨を抱きました。
そういう魂に刻まれたカルマのような、試練のような傷は、きっとどこかで許して昇華していくべきものだろうに。
朱鷺は、だからこそ、それを描き続けているんだろう、と思います。

みことさんのお父様のご冥福をお祈りすると共に、今だから分かり合えるかも知れない、その新たな関係性への模索を心より応援いたします。
魂は不滅だと朱鷺は思う。
仏教世界は朱鷺も一時期ちょっと勉強しました。尊敬する先生がご紹介してくださった本があったので(いや、直接じゃなくって、単に文献に本の題名が載っていたってだけです(^^;)。
いつか、どこかで再び巡り会えるなら。

Re: ええと…

> ‘みこと’さんというお名前で、何故か、朱鷺は、みことさんは女性だと勝手に信じきっておりました(・・;

ペンネームについては、意図的に性別不明の名前にしたんです。
『不倫のライセンス』が男女問題をテーマにした物語だったので、読者には余計な先入観なしに読んでもらいたい、という狙いがあったためです。まあ、ちょっとしたいたずら心といった方がいいかもしれませんが。

> しかし、今、ようやく納得いったことがいくつかあります。
> 「不倫のライセンス」に朱鷺がコメしたことへの返信に、ん? と感じることが何度かあったので。
> それが、男性だったのか!
> と思うとものすごぉく納得いきます。
> ははははヾ(´▽`)
> 今、ようやく腑に落ちました。

何人かの方が、やはり私を女性だと思っていたようなんですが、逆に、朱鷺さんだけには見破られているんだろうな、と私は思ってましたよ。
朱鷺さんのコメントの中で、「実は女にもプライドがあるんですよ」という部分があったじゃないですか。これって、完全に私を男性だと、わかった上での言葉だと思いこんでいました。
何だか、お互いに思い違いしてたみたいですね(苦笑)

> 朱鷺はあとがき等で言及している通り、その関係性にはいつもいつも、本当にいつも苦しんできました。
> 愛するが故に許せないのか。
> 本当はそこに愛などないのか。
> 憎しみは愛するが故に生まれる憤りであることを早くに知ってしまい、夫婦の関係の虚しさや、血縁というもの、そういう多くのキーワードに翻弄されてきました。
> いえ、今もその只中です。

ああ、こういう気持ちすごくわかります。
うちはどうして、こんなに他の親子関係と違うんだろう。と子供の頃ずいぶん思ったものです。

> みことさんのお父様のご冥福をお祈りすると共に、今だから分かり合えるかも知れない、その新たな関係性への模索を心より応援いたします。

ありがとうございます。
父に対して、こんな気持ちになる時期が来るとは、自分自身でも驚きでした。
本文中でも書きましたが、時間が解決するっていうことは、本当にあるものなんです。

No title

こんばんは~。

今のみことさんの思いを、そして2つのグラスを、お父様は嬉し涙を流して見守っていらっしゃると思います。
想い出を忘れないでいてくれることに満足していらっしゃると思います。

どうして、生きている内にやらなかったんだと言う思い、多かれ少なかれ、みなさんの心にも有ると思います。
こんな事を言う私。
そうだと分かっているのに、私には、まだ出来ない。
激しく後悔するのでしょう。

親って偉大ですよね。
目に見えない細胞から、人間を誕生させ、命を懸けて育てる。
私も経験したかった。

お父様は旅立たれた。
でもね、もう会えないわけでは有りません。
天国へ逝っても、また逢えるんですよ。

お盆には、7日間掛けて、この世へ帰って来るそうです。
そして、お盆が終わると瞬間的に天国へ帰ってしまう。
私の地方の迷信ですけどね。

お盆に、お父様とまた、お酒を酌み交わしてくださいな。
そして、三途の川は無事に渡れましたかと聞いてください。
想い出話に花を咲かせてください。

旅立つ前に、息子の姿を見たかったと思います。
でも、弱っってしまった自分を感じて欲しく無い言う思いも有ったと思います。
父親の威厳です。

逢いに来なかった事、あなたらしいと思われたと思います。

忘れない事。
それが1番の供養です。
あなたは、今、この場で親孝行をしたんだと思います。

今夜、この記事を読めたこと、嬉しいです!
ありがとうです。

Re: No title

> 今のみことさんの思いを、そして2つのグラスを、お父様は嬉し涙を流して見守っていらっしゃると思います。
> 想い出を忘れないでいてくれることに満足していらっしゃると思います。

ありがとうございます。
通夜、告別式、初七日、四十九日という一連の儀式は、気持ちを整理する上で、とてもいい時間の過ごし方のように思いました。
これらの儀式、死者のためというより、むしろ生きている人たちのためのものでは。そんな風に感じます。

> どうして、生きている内にやらなかったんだと言う思い、多かれ少なかれ、みなさんの心にも有ると思います。
> こんな事を言う私。
> そうだと分かっているのに、私には、まだ出来ない。
> 激しく後悔するのでしょう。

時の流れというものが、いつかそんな思いを浄化してくれるんじゃないでしょうか。私がそうでしたから、きっとごんにゃんさんも、ね!

> お盆には、7日間掛けて、この世へ帰って来るそうです。
> そして、お盆が終わると瞬間的に天国へ帰ってしまう。
> 私の地方の迷信ですけどね。

行きは四十九日間もかかるのに、帰りは七日間ですか。それから今度は瞬間的にとはすごいですね。
手漕ぎボート、飛行機、どこでもドア。こんな感じですかね。

> お盆に、お父様とまた、お酒を酌み交わしてくださいな。
> そして、三途の川は無事に渡れましたかと聞いてください。
> 想い出話に花を咲かせてください。

今後の創作活動のために、死後の世界のことでも聞いてみますか。

> 旅立つ前に、息子の姿を見たかったと思います。
> でも、弱っってしまった自分を感じて欲しく無い言う思いも有ったと思います。
> 父親の威厳です。

私もこれと同じことを考えていました。もし自分が父の立場だったら、と想像すると、どうするべきだったかという明確な答えは、なかなか出るものではありませんね。

> 今夜、この記事を読めたこと、嬉しいです!
> ありがとうです。

こちらこそ、コメントうれしかったです。
不思議なことに、ここ数日、心がすごく穏やかなんです。どうしてだろう。やっぱりあの酒「鬼ころし」が、心の中のモヤモヤを退治してくれたのかな。

No title

こちらにもピリリときました。
とてもプライベートなトピックに、拝読させていただいて良いのか、とも思いつつ・・・

親と子って、折り重なっていくものだなぁ。
なんて思ったり・・・

あんなに高く旗を掲げていたのに、それが折れるときが来る。
そんなことを思ったり・・・

自分も刻々をかみしめるかな。
と思ったり・・・

人の死に自分の死を省みます。
生きて生かされているうちに、やることをやる。
そんなことを思ったり・・・

これでいい。
結局はそう思ったり・・・

お父様のご冥福をお祈りいたします。

片瀬さんも、飲み過ぎないようにね。ご自愛ください^^

Re: No title

> 人の死に自分の死を省みます。

これ、ありますね。
“死”をテーマにした小説がたくさんあるように、やはり、死生観というものも、人の数だけ存在するのではないでしょうか。
個人的には、誰の目にも触れずに、一人静かに息を引き取りたい、という理想があるんですけど、どうなりますかね。こればっかりは選べませんから。

> お父様のご冥福をお祈りいたします。

ありがとうございます。
最近気づいたんですけど、この、「ご冥福を祈る」という日本語っていいものですね。
“冥福”を辞書で調べてみると、「死後の幸福」とありました。
うーん。いろいろと想像させ、考えさせられもする言葉ですね。

> 片瀬さんも、飲み過ぎないようにね。ご自愛ください^^

ほどほどにしておきます。ちょっとだけ残っている「鬼ころし」が、たまに誘惑してきますが(苦笑)

No title

私の父は、亡くなって3年が過ぎました。
この世からいなくなったという不思議。
時が経つにつれいつも そばにいてくれる感覚になりました。
秋の風に吹かれて、
あなたに会いに  きっと来る! 
外の風邪に吹かれて
感じてください。
生きている事。
いつか一緒に飲みましょう!鬼ころし。。。
お父様のご冥福をお祈り孟子上げます。
みんみんみー

Re: No title

みんみんみーちゃんさん、コメントありがとうございます。

> この世からいなくなったという不思議。

ああ、確かに、不思議な感覚ってありますね。
まだどこかで生きているような、逆に、亡くなったことが、遠い昔の出来事のような。

> 時が経つにつれいつも そばにいてくれる感覚になりました。

みんみんみーちゃんさんの場合は、きっといい親子関係だったんでしょうね。
私と父との間には、いろんなわだかまりがありました。
でも、今はこのわだかまりでさえ、遠い昔のことのように思えてくるんです。本当に不思議なものですね。
お盆は、残された家族全員、笑顔で迎えることができました。

> いつか一緒に飲みましょう!鬼ころし。。。

お、いいですね。でも、もうちょっと甘めの酒でお願いします。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。