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ホームチーム 45 新しいチーム

45 新しいチーム

 車が止まると、孝子は真っ先に表へと飛び出した。すぐに大也と卓真も続く。
「ちょっと待ってください」
 そう言って三人の足にブレーキをかけたのは、制服姿の警察官だった。笑顔だが、呼吸はやや荒い。どういうわけだろう。孝子たちの到着を知り、慌てて交番から駆け出してきたらしい。
「こ、この間はどうも」
 卓真がそう言って頭を下げた。口ぶりがどこかぎこちない。
「ど、どうも」と孝子もそれに倣う。ぎこちなさまでがそっくりになってしまった。短期間のうちに、同じ警察官のお世話になると、たぶん人間は皆こうなってしまうのだろう。しかも、大也の時と違い、今回家出騒動を起こしたのは、血の繋がりのある実の母親だ。いったいどんな表情をすればいいのかがわからない。
「大也君のお父さんと、孝子さんは、しばらくここで待っていてください」
「え?」
 警察官の言葉に、孝子たち三人の口から、ほぼ同時に疑問の声がこぼれ出た。
「大也君。そう、君一人で入ってください。水本詩織さんが、中で待ってますから。二人きりで話があるそうです。これ、彼女の希望なんですよ」
 どうしよう、という風に、大也が卓真の方を見やる。
「うん。まあ、ここは言われた通りにしよう」
 卓真の表情に浮かんだ戸惑い。しかし、それはほんの一瞬のことだった。大也の後姿が、交番の中に消えた頃には、もうすっかり穏やかな笑みへと変わっていた。
「私も、入っちゃいけないらしいんですよ。なんだか、そういうルールがあるんだそうです」
 苦笑する警察官に、孝子は再び頭を下げることとなった。
「愉快なお母さんですね」
 はははと、警察官の笑いがいっそう大きくなる。愉快なお母さん。それは他人だからこその言葉だ、と思いながら、孝子は熱くなった頬を押さえた。
「ところで……」
 卓真が言った。
「どこで保護されたのか、説明してもらえますか?」
 その問いに、ようやく警察官が笑いを引っこめる。そして、詩織失踪事件の真実を語り始めた。
 女性の叫び声が聞こえる。しかも、かなり奇妙な。
 その通報が、詩織発見のきっかけになったそうだ。通報者が耳にしたのは、次のような言葉だった。
 助けて。こっちへこないで。殺される。どうしてあなたなの。色も違うじゃない。私を食べてもおいしくないわよ。
 確かに奇妙な叫び声だ。そう思った警察官。発見後の詩織が口にした、黒い犬に追いかけられた。という証言を聞いても、その奇妙さは未だに消えていないという。
「どうやら、白い子猫に会うつもりだったらしいんですよ」
 警察官が首を捻りながら言う。
 すみません、を連発してから、孝子は、「どこで発見されたんですか?」と尋ねた。
「犬から身を守るためだったんでしょう。倉庫の中でじっとうずくまっていました。運送会社の倉庫でね」
「す、すみませんでしたあ」
 孝子の口から出たのは、やはりその言葉だった。その運送会社の倉庫というのは、以前大也が発見された倉庫のことですか? とは敢えて聞かなかった。恐ろしくて聞けなかった。
「とにかく、無事でよかった」
 卓真がぽつりと呟く。
「はい、よかったです」
 孝子はうなずき、「でも、いったい何の話なんでしょうね、大也君と二人きりで」と小声で続けた。
 うーん、という唸り声以外何も返ってこない。
「やっぱり、あのことについてでしょうか」
 孝子が言うと、今度は反応があった。
「たぶん、正直な話をしてるんだろうね」
「え? 正直な話?」
「うん。こんな夜は、嘘をついちゃいけないから」
 卓真は夜空を指差し、「そういうルールなんだ」と愉快そうに微笑んだ。
 星の輝く夜だった。
 孝子は、警察官が近くにいないことに気がついた。きっと気を効かせてくれたのだろう。数メートル先に、制服の後姿が見えた。
「卓真さん……」
 一呼吸置いてから、孝子は言った。
「本当に、私の母でいいんですか?」
 聞かずにおこう。ずっとそう思っていた質問だった。
「もちろん」
 即答してから、卓真は続けて何かを言いかけた。
 しかし、開いた口からなかなか言葉は出てこない。周囲を見つめ、もう一度夜空を見上げ、ようやく「どう言えばいいのかなあ」と、困ったように首を傾げた。
「何でも言ってください。ただし、正直に」
 孝子はおどけるように言い、さらに「ルール、ルール」と先を促した。
「うんうん。わかったよ。うまく言えないと思うけど」
 そう言って笑うと、卓真は、途切れ途切れにしゃべりはじめた。
「もう、ずいぶん昔のことになるけど……。俺のおふくろ、男を作って家を出て行ったんだ。おやじと俺を捨ててさ。それからは、一度も会えなかった。いや、会わなかった、というのが正しいかな。生きてるうちにはね。そう。再開したのは葬儀の時だった。それまでも、何度か、うん。何度か連絡はあったんだ。おふくろの方からね。最後にもらった電話は、病院からだった。もう長くは生きられないらしい、というのをその電話で知った。それでも、駄目だったんだよ。俺は会いに行けなかった。おふくろを許せなかった。いや、違うな。許してはいたんだ。うん。許してはいた。だけど駄目だった。許す、の一言が言えなかったんだ。それを、今でもずっと後悔してる。ずっとだよ。もう嫌なんだ。後悔するのがね。ああ、俺なに言ってんだろう。こんなこと、今話すことじゃないよなあ」
 はははと、力なく笑い、卓真は「ほら、やっぱりうまく言えなかった」とため息を漏らした。
 孝子は小さくかぶりを振る。そして、うまく言えてるじゃん、と心の中だけで呟いた。こんなこと、今話すことじゃないよなあ。それは違う。卓真は、今話すべきことを話しただけなのだ。詩織との別れは、大きな後悔に繋がる。たった今、卓真はそれを雄弁に語ったのだ。
「終わったようですよ」
 警察官の声に、孝子は交番の建物へと目をやった。
 照れくさそうに、鼻の頭をかいている大也。いたずらっ子のように、ぺろりと舌を覗かせる詩織。確かにそこに二人はいた。ゆっくりとこちらに向かって近づいてくる。
「よかった、無事で」と卓真が言うと、詩織がぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃないでしょ。私たち、大変な目に合って……」
 言いかけたものの、孝子は途中でそれを打ち切った。なぜだろう。いつものような勢いが出ない。何かを言おうとしても、つい笑顔になってしまう。星の輝く夜に、怒りは似合わない。たぶんそういうことなのかもしれない。
「父さん」
 大也の声。しかも、彼にしては珍しい力強い声だった。
「どうした?」と卓真が応じる。
「俺、決めたんだ。自分の友達は自分で選ぶって」
「そうか」
「うん。別に、これは父さんに相談してるわけじゃないよ。決めたってことの宣言だからね」
「宣言か。ずいぶん大げさだなあ」
「言っておくけど、父さんに反対されたって、この決まりを変えるつもりなんてないんだからね」
「ああ、わかったよ」
「え? いいの? じゃあ、木原と付き合ってもいいの?」
「なんだよ。俺が反対しても無駄だって、たった今言ったばかりじゃないか」
「私の勝ち」と、いきなり詩織が声を上げた。「お父さんなら、絶対に許してくれるって方に、私賭けてたの」ぴょんぴょん跳ねながらそう続ける。
 孝子は、ちらりと警察官を窺った。「すみません」ととりあえず頭を下げておく。
「親子だなあ」
 そんな呟きが、心地良い夜風に乗って返ってきた。
 時刻はもうすぐ零時。長かった波乱の一日が、間もなく終わろうとしていた。

 四人揃って球場に来るのは、今回で二度目になる。
 マウンテンズのリーグ優勝は、すでに決まっていた。そのせいもあるのだろう。守りにつく選手たちの表情には、どことなくゆとりのようなものが感じられる。
「本当によかったの?」
 隣の席から孝子の声がする。
 大也はうなずいた。そちらは振り返らず、視線はずっとマウンドを向いたままだ。
「なんだかもったいないなあ。せっかくの権利なのに」
「ちょっと黙っててよ。いいところなんだからさあ」
 せっかくの権利だからこそ譲ったのだ。そう胸中で付け加えながら、大也はその瞬間を待った。
 そして、先発ピッチャー、ハル・オースティンが見守る中、その一球は投じられた。現役の野球部員らしい、ノーバウンドでの見事な投球だった。
 歓声が沸き、木原守の顔に、今日初めて照れ笑いのような笑みが浮かぶ。
「本当は、うらやましいんじゃない?」
 孝子がしつこく聞いてくる。
 マウンドでは、始球式を終えた守と、駆け寄ってきたハル・オースティンとが握手を交わしているところだった。うらやましいに決まっているではないか。
 大也は話題を変えることにした。
「ハルオ、来シーズンもマウンテンズで投げてくれるのかなあ」
「それは、やっぱり契約金次第じゃない?」
 孝子の意見はいつだって現実的だ。
「そのためにも、お父さんの会社、もっと頑張らないとね」
 現実的で、しかも厳しい。
 大也は、孝子の右隣、詩織と卓真の席へと目をやった。他の人人たちの声援で、二人の声は聞き取れない。何の話をしているのだろう。その真剣な顔つきを見る限り、野球のことについてではなさそうだ。
「あの二人、さっそく頑張ってるみたいよ」
 孝子が笑いながら言った。
「え? 何のことさ」
「お仕事。何か、新しい商品アイデアがひらめいたみたい。うまく聞き取れないんだけど、ボールは肉団子にして、ベースは食パンにして、それから、バットはどうしたらいいんだろうって、その辺で今揉めてるところ」
 説明しながら、孝子の笑い声はますます大きくなっていく。
 大也は、グラウンドへと意識を戻した。
 ハル・オースティンが、ツーランホームランを打たれたところだった。とはいえ、彼の表情に、焦りのようなものはない。ファンのブーイングだって、もちろん皆無だ。みんなは知っているのだ。戦いはまだ始まったばかり。逆転する可能性は、これからいくらでもあるのだということを。
 大声援の中、誰にも聞かれないような小声で、大也はそっと呟いてみた。
「お母さん。お姉ちゃん」
 そして、顔が火だるまのように熱くなった。
 自分には、まだ乗り越えなくてはいけない試練が残されていたのだ。
 大也が、お母さん、お姉ちゃん、をマスターするのが先か、マリンが、結婚おめでとう、をマスターするのが先か。明日から始まるだろうそんな戦いを思い、大也は一人苦笑を漏らすのだった。
 お前、どうしておやじの方を選んだんだ?
 不意に、そんな言葉が脳裏に蘇ってきた。それはあのストーカー男からの質問だった。
 母さんの邪魔をしたくないから。
 あの時は、正直にそう答えた。
 でも、そうじゃないのかもしれない、と今は思う。
 卓真が可哀そうに見えた。自分がいないと、この人は駄目になってしまうのではないだろうか。本当は、あの時そう感じたのだ。いや、そう確信したのだ。
 新しいチームでは、いったいどんなことが待っているだろう。たのしいことだけではないはずだ。チームにトラブルはつきもの。泣きたくなることもあるだろう。逃げ出したくなることもあるだろう。
 もっと強くなって、今度は、自分がみんなを守ってあげられるくらいにならないといけない。大也は、密かにそんな野心を燃やしていた。
 きっと大丈夫。新しいチームは、卓真が選んだチームなのだから。そして、自分が選んだチームでもあるのだから。
 そんな思いを抱きながら、大也は、攻撃に移ったマウンテンズに向かって、力いっぱいの声援を送るのだった。



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今までお読みくださった皆様、ありがとうございました。
おかげさまで、長編三作目となるこの作品も、何とか無事完結させることができました。

あとがき 彼らの観察を終えて
ホームチーム 目次

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No title

最後、新チームの結成、おめでとうございます。
執筆お疲れ様でした。

キャラの動きが一人一人満遍なく描かれ、面白かったです!
一押しはやはり、マリンちゃん(すみません)、いえ、全員です^^

1シーズンの長い間には色々あるものですが、それを何とか乗り越えて新しいシーズンを迎える。
余韻の残る素敵なお話でした。

プロット無しでスタートなんて、私にはできないことですよ~。
でも、エピソードを重ねて最終的には全てを繋げるのは凄いです。

次なるお話が何になるのか、また楽しみにしています。

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> 最後、新チームの結成、おめでとうございます。

いちおう、結婚ちょっと手前という状況ですが。
この4人、なかなかいいファミリーになるんじゃないでしょうか。

> キャラの動きが一人一人満遍なく描かれ、面白かったです!

ありがとうございます。
キャラクターの個性を、三人称で表現するのに、ずいぶん苦労しました。
どの場面を、誰の視点で描くか、というのも悩みましたね。
1場面ぐらい、マリン視点を入れてもよかったかな。

> プロット無しでスタートなんて、私にはできないことですよ~。

そんなこと言わず、けいさんもぜひ挑戦してみてください。
かなり苦しむことにはなると思いますが(笑)

長いお付き合い、本当にありがとうございました。

祝、完結

長編の完結、おめでとうございます。
ちぐはぐな4人が、どうなってしまうのかと思いましたが、最後はやはり団結しましたね。

やはり大也が卓真を選んだ理由は、それだったかあ~。
納得です。
ここに出て来る大人たちは、本当に、どこか頼りなくて。
こうなると子供がしっかりせざるを得ない。

だけど子供たちは子供たちで、そんな親を応援して愛してるところが微笑ましいです。
きっとこの4人は、最強のチームになりますね。

詩織さんだけは、ちょっと目を光らせておかないと、どこで迷子になるかわかりませんけど(笑)
お疲れ様でした。

私も今、ほとんどプロットのない物語をじわじわ書きはじめているのですが、心もとないです^^;
でも、今までと違う書き方をしてみるのも、修行ですよね。

Re: 祝、完結

limeさん、コメントありがとうございます。

> 長編の完結、おめでとうございます。

最後は、ほのぼのした感じで終わらせることができました。
こういったハッピーエンドらしいハッピーエンドは、もう二度と書けないような気がします。

> やはり大也が卓真を選んだ理由は、それだったかあ~。
> 納得です。

ありがとうございます。納得してもらえてうれしいです。
これ、ずいぶん考えたんですよね。
大也の立場になった場合、どう思い、どう選択するだろうかと。
選ばれた卓真は幸せ者です。
これを知ったら、「この、生意気坊主め」と言ったかもしれませんが。

> ここに出て来る大人たちは、本当に、どこか頼りなくて。
> こうなると子供がしっかりせざるを得ない。

そうなんでしょうね。
本文中でもありましたが、大人は、子供が考えるほど大人じゃないんです。
そして子供も、大人が考えるほど子供じゃない。
それをつい忘れてしまうのが、大人の悪いところです。

> きっとこの4人は、最強のチームになりますね。

チームリーダーは、絶対に孝子でしょうね。
大也、厳しく扱かれそうだなあ。

> 私も今、ほとんどプロットのない物語をじわじわ書きはじめているのですが、心もとないです^^;

あ、そうなんですか。それは楽しみです。
これ、完成させることができるんだろうか、という不安を抱えながらの執筆になると思いますが、頑張ってください。
きっと、得るものは大きいと思いますよ。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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