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雨と虹の日々 7 香水が嫌い

7 香水が嫌い

 俺は香水が嫌いだ。
 カツオ風味のものでもあるのなら別だが、たいていの場合、それは花か果物の匂いがする。無い物ねだりの人間が考えることは、いつだって単純だ。花のような美しさがない人には、花の香水を。果物のようなみずみずしさがない人には、果物の香水を。要はそういうことなのだろう。
 俺にはわかっている。香水の強烈な臭気の下に、人は何かを隠し持っているということを。隠しているつもりでも、そいつは時々顔をのぞかせる。しょせん本性なんてものは、ごまかしきれるものじゃないのさ。人間の性質を丸ごと隠そうとするなら、たぶん、香水も一トンほどは必要になるんだろうぜ。
 今日は昼間っから、嫌な匂いが部屋に漂っていた。原因は麗子である。虹子のバンド仲間であり、お姫様気取りの無礼者だ。不愉快なことに、最近この部屋を頻繁に訪ねてくるようになっていた。
「ちょっと、暗いんだよねえ、虹子の詞は」
 麗子は不満げに言った。先ほどからずっとである。手にはプリント用紙が数枚握られている。朝、虹子がプリンターで印刷していたものだ。
「直人、これどう思う?」
 ソファーに並んで座る男に、麗子が用紙を見せ意見を求める。困ったような曖昧な笑みを浮かべる男。直人という名の、バンド仲間の一人だ。確か新しいギタリストだとかいうやつである。
 今日は、太っちょの広道と、ひょろっとした秋男の姿はない。虹子、麗子、直人の三人だけである。会話の内容からすると、どうやら新曲の打ち合わせをしているらしいことがわかった。
「前からそうだったけど、それよりさらに暗くなっちゃった感じ。“憂鬱”だとか、“空虚”だとか、“孤独”だとか。どうしてこんな陰気な単語ばっかり出てくるわけ? しかも、この“空腹”っていうの何よ」
 麗子の不満は、向かい合わせに座る虹子へと向けられたものだった。どうやら、虹子が作詞を担当しているらしいのである。
「でも、こういうのも、ちょっとユニークでいいかもです」
 なだめるような声音で、直人が口を挟む。
「コミックバンドじゃないんだから、ユニークなんて要素はいらないの。もっと、何ていうのかなあ、ポップというか、ポジティブというか。とにかく、こんな暗いのはぜんぜん駄目。だいいち歌う気になれない。これ、私に似合うと思う?」
 まくしたてる麗子に、圧倒されたのだろう。直人はすぐに、「似合わないかもです」と小さく答える。
 人前ではいつもそうだが、今日の虹子も、やはり口が重かった。麗子に何を言われようと、ただ黙ってテーブルの一点を見つめている。そこには、ドーナツの入った箱が置かれてあった。じっと見つめるばかりで、虹子は決して手を伸ばそうとしない。
「そうでしょ。私にも似合わないし、直人の曲にも、ぜんぜん合ってない」
 そこでようやく虹子が顔を上げる。麗子の言葉に反応したというよりは、麗子が手に取ったドーナツに釣られて、というのが正解なのだろう。
「幸助の時は、あれでよかったのかもしれないけど、これからは、直人の作った曲でいくんだからさあ。詞の方だって、もっとその辺まで考えて書いてくれないと……。あれ? 虹子、ドーナツ嫌いだっけ?」
「う、ううん。ちょっと、今日はお腹の調子が悪くって」
 虹子は弱々しくかぶりを振った。腹が減ってる、というのも、お腹の調子が悪い、に含まれるのだろう。虹子が甘いものを好きなことは知っている。今の彼女のつらさも、わからないわけではない。もしも目の前で、キャットフードをライオンに横取りされたとしたら……。想像しただけで、ため息が出るってもんさ。
「とにかく……」
 麗子の口は休むことを知らない。話が中断したかと思えば、ドーナツをパクつき、食い終わる前から、再び早口でしゃべり出す。その繰り返しだ。そのうち、俺のキャットフードにまで、手を付けるんじゃないかとさえ思えてくる。まったくもってヒヤヒヤもんだぜ。
「ギタリストが、幸助から直人に代わったってことは、ある意味、チャンスでもあるのよ。バンドのイメージを変えるね。というより、生まれ変われるって言った方がいいかな。そう。私たち、これをきっかけに一皮も二皮もむけるかもしれないの。だから虹子、あんたにもそうとう気合入れてもらわないとさ。みんなが困ることになるんだからね。作詞なんてできるの虹子しかいないんだから。うん。そこが、うちのバンドの弱点でもあるのよね。こういうの、人材不足とか何とか言うんでしょ」
 直人がソファーからそっと離れた。視線は、サイドボードの上で寝そべる俺に向けられている。「レインちゃん、元気?」などと口にしながら近づいてきた。
 直人の行動など、まったく気づかないといった風に、虹子と麗子の会話はまだ続いている。というより、一方的に麗子がしゃべりまくっていた。
「広道も秋男も、楽器のことしかわかってないし、私は、作詞とか作曲とか、そういう裏方的な仕事は苦手だし。やっぱり、幸助を失ったのは大きかったなあ。ああいう一人で何でもできちゃうって人、なかなかいないもんね。だからといって、そんなこといつまで言ってたってしょうがない。今のところ、直人の作曲、虹子の作詞。これでいくしかないのよ。ドーナツいらないなら、私食べちゃおっと」
「女って、怖いよなあ」
 俺の頭を撫でながら、こっそりと直人が囁く。
 今の意見については、俺も同感である。この目尻の古傷は、俺が昔付き合っていたメス猫に引っかかれたものだ。
「僕、こういう空気って苦手なんだよね」
 そうつぶやくと、直人は部屋の中をうろつき始めた。しゃべり続ける麗子を、チラリと一瞥してから、ピアノとギターの置いてある方へと歩み寄った。
「別に私、虹子を責めてるわけじゃないのよ」
 麗子の口調が、ややおとなしい響きに変わる。ドーナツの箱は空になっている。食欲さえ満たされれば、たいていの動物はやさしくなれるものだ。
「あんたの才能だって、ちゃんと認めてる。虹子が本気出せば、もっともっとすごい詞を書けるってことも、私にはわかってるんだからね。だからこそ、歯がゆいのよ。今の虹子、そうやって、いつまでも幸助のこと引きずってる虹子がね。そんなんで、どう思うのかなあ。天国にいる幸助。きっと彼も、もどかしい思いしてるに決まってる。そう感じない?」
 どういうわけか、そこで虹子が俺に視線を向けた。何かを問いたげな表情を浮かべている。夕食のメニューにでも迷っているのだろうか。俺はすかさず「ニャニャン」と一声上げた。
「駄目!」
 ストレートな拒絶の言葉が返ってきた。まさか、という気分になる。俺としては、“チキン”と言ったつもりだったのだが。
「そ、それには触らないで」
 虹子の言葉は、俺に対してのものではなかった。視線の先には、ギターを持った直人の姿がある。彼は「え?」と口を半開きにしたまま立ちつくしていた。

 言葉が通じたのだろうか。俺の夕食には、鶏のササミが出た。欲をいえば、もっとジューシーなやつがよかったのだが、まあ、今回は、チキンにありつけたことだけでもよしとしよう。虹子の皿には、今夜も野菜しか乗っていないのだ。それと比べりゃ、ササミにケチをつけるわけにもいかないってもんさ。
 麗子と直人が帰った後、虹子は、ずいぶん長い時間をかけてギターの手入れをしていた。そんなに汚れているようには見えない。直人が手にしたのだって、ほんの数秒のことだ。それなのに、この様子ときている。しかも、直人に対してのあの発言、あの大声。理由はわからないが、とにかくギターには近づかない方がよさそうだ。
「レイン。もう、ごちそうさましたの?」
 ソファーでのんびりしていた俺のところへ、虹子が近づいてきた。手には例のギター。嫌な予感がする。
「これ、覚えてる?」
 俺の眼前に、いきなりギターが差し出された。虹子以外は、決して触れてはいけないはずのギターである。
「忘れちゃったの?」
 質問の意味がわからない。
 俺は身を起こし、虹子の次なる行動に備えた。
「ギターだってことは、わかってるんでしょ?」
 それはわかってる。触れるのが危険なギターだってことも。三味線以上に不吉な楽器だってこともな。
「変だなあ……」
 首をかしげる虹子。大きなため息を何度も漏らしている。
 首をかしげたいのは、むしろ俺の方だぜ。ため息を漏らしたいのもだ。変だなあ、とつぶやきたいのもだ。
「こ、こうす……。レイン……」
 持っていたギターを床に置き、虹子はその場にしゃがみこんだ。顔を近づけ、じっと俺の瞳の奥を覗きこむ。
「あなたの、本当の望みは、いったい何?」
 正直に言おう。俺の本当の望みは、もっとジューシーなチキンだ。

虹色日記

 最近のことなんですが、RC、頻繁に連絡を取り合ってる人がいるんです。まだメールだけのやり取りなんですけどね。皆さん知っての通り、RC、極度の人見知りですから。
 その人、ここではMさんと呼びますね。そのMさんの職業は霊媒師。職業という言い方でいいのかなあ。今度ちゃんと確認してみますね。とにかく、Mさんから、今いろいろなアドバイスをもらってるところなんです。
 RCの『虹色日記』を、いつも読んでくださっていた方、ここではUさんと呼びます。そのUさんが、Mさんを紹介してくれたんです。お二人はずいぶん長い付き合いなんだそうですよ。これも、ブログを続けてきたことによるご縁ですね。本当にラッキーでした。
 Mさんの分析によると、RCはせっかちすぎるとのこと。そうですかね。自分ではあまり自覚してなかったんですけど、この前、ずばりMさんに指摘されちゃいました。焦れば焦るほど、真実は見えなくなっていくものなんだそうです。そうかもしれない。何だか、すごく説得力あるんですよ、Mさんの言葉って。
 Uさんにも感謝です。Mさんを紹介してくれたことはもちろん、Uさん自身も、すごく素敵な人なんですよ。いつか三人で会おうって、この間メールで約束しちゃいました。人見知りのRCでも、この二人となら自然体でいられるような気がする。
 相変わらず嫌なことが多い毎日だけど、レイン以外にも、RCの味方になってくれる人はいる。最近そのことがわかった。もちろん、MさんとUさんのことですよ。この記事も、Uさん見てくれてるのかなあ。何だか、今すぐにでも会いたくなっちゃった。レインのことも紹介したいしね。
 そういえば、今日あらためてHAのギターを見せてみたんです。レインに対してですよ。結果は、やっぱり駄目でした。反応ゼロです。だけどこんなことぐらいで、RCは落ちこんだりしませんよ。焦れば焦るほど、真実は見えなくなっていくものなんですからね。
 RC、ちょっぴり強くなったような気がする。ほんのちょっぴりですけどね。BC相手にも、伯父さん相手にも、決して負けないような、そんな本物の強さが欲しい。重要なのは焦らないこと。焦りさえしなければ、そして、Mさんのアドバイスをよく聞いてさえいれば、きっと望みはかなう。きっと強くなれるし、レインだって、いつかきっと。
 皆さんの明日に、どうか虹色の橋がかかりますように!

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8 客が嫌い
雨と虹の日々 目次

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No title

レイン視点の観察が、相変わらず楽しいです。
やはりレインの頭の中は、チキンが幅をきかせているようで^^
今回はちょっと、直人に同情してしまいました。
ああいう雰囲気、私も苦手なので、傍に猫がいたら、絶対ずっとなでなでして、時間を潰しそう。

虹子ちゃん、霊媒師さんと仲良くなったのか・・・。
いい人だったらいいんですけどね。ちょっと心配。

Re: No title

> レイン視点の観察が、相変わらず楽しいです。

うれしいです。
はじめ、かなりこの設定に苦労してたんですが、最近ようやく慣れてきたところです。
昔飼っていた猫の存在が、こういったところで今すごく役立ってるんですよ。

> やはりレインの頭の中は、チキンが幅をきかせているようで^^

これも、飼っていた猫の大好物が、ケンタッキーフライドチキンだった、というのがヒントになりました。

> 今回はちょっと、直人に同情してしまいました。
> ああいう雰囲気、私も苦手なので、傍に猫がいたら、絶対ずっとなでなでして、時間を潰しそう。

私もそうです。
動物を飼うメリットとして、このことは大きいかもしれませんね。
ペットに話しかけるふりをして、自分の言いたいことを主張するって人も、結構いるんじゃないかな。

> 虹子ちゃん、霊媒師さんと仲良くなったのか・・・。
> いい人だったらいいんですけどね。ちょっと心配。

お! limeさん、早くも何かを感じ取りましたね。

No title

プリンセス・麗子、強し。
ま、プリンセスの言うことは気にせずに、ね。

レインの観察(?)が鋭くて、はまっています。
「ニャニャン」が「チキン」で、「ニャーニャー・ニャニャン」が「ジューシー・チキン」って、通じれば良いのにね。
赤ちゃんの、この泣きがミルクで、この泣きがオムツ、みたいな(?)

うちにいる主人公の一人も、友人の形見のギターを持っています。
なので、虹子さんに超親近感。
でも、彼の場合は、弦が錆びて切れちゃうまで放っていたのでした。
今、大事に使っています。
虹子さんは、それ弾くこともあるのかな。

霊媒師? むむ。

Re: No title

けいさん、いつもありがとうございます。

> プリンセス・麗子、強し。

ああ、このネーミング、ぴったりかも。
本人はあっけらかんとしていて、悪意のないまま、人を傷つけてしまうってタイプの人間いますよね。
こういうのに限って、美人だったり、才能に恵まれていたりってことも。

> レインの観察(?)が鋭くて、はまっています。
> 「ニャニャン」が「チキン」で、「ニャーニャー・ニャニャン」が「ジューシー・チキン」って、通じれば良いのにね。
> 赤ちゃんの、この泣きがミルクで、この泣きがオムツ、みたいな(?)

鳴き声を分析して、画面に文字を表示するっておもちゃ、ちょっと前に流行りましたよね。確か、犬用と猫用があったんじゃないかな。
将来的には、もっと精密なものができて、犬や猫も、音声合成装置を使って、しゃべることができるって日も、きっとくるんじゃないのかな。ちょっと怖い気もしますが。
そうなった時には、レインは間違いなく人の怒りを買うことになるんでしょうね(苦笑)

> うちにいる主人公の一人も、友人の形見のギターを持っています。
> なので、虹子さんに超親近感。
> でも、彼の場合は、弦が錆びて切れちゃうまで放っていたのでした。
> 今、大事に使っています。

こういう風に、自分にとってだけ価値のあるものって、何だか素敵ですよね。私も、いくつか持ってます。逆に、捨てて後悔してるものもいくつか。

> 虹子さんは、それ弾くこともあるのかな。

残念ながら、虹子には弾けません。
このギター。彼女にとっては、もちろん思い出の品であるのと同時に、悲しい過去から、いつまで経っても抜け出すことのできない、その象徴みたいなものなんです。

> 霊媒師? むむ。

この肩書だけで、すでに怪しさたっぷりですね。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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