スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ホームチーム 43 我慢比べ

43 我慢比べ

 孝子は、ティーカップを置くと、大也に向かって小声で話しかけた。
「凄いことになっちゃってるね」
 何気なさを装って、ソファーの左端まで身体を移動させる。右側にはストーカー男、偽中学教師が座っている。彼と距離を取ろうと思えば、今はこれぐらいの手段しかないだろう。
「す、凄い?」
 大也が声を上ずらせたのは、ほんの一瞬のことだった。「ああ、野球のことだよね」とすぐに理解を示す。
「なんだか、決着つきそうもない感じ」
「うん、このまま引き分けっぽいね」と、大也がテレビを見つめたままで答える。
「私、引き分けって大嫌いなの。勝つか負けるか、とにかくはっきりさせてほしい。誰か、ガツンッと大きいの打ってくれないかなあ」
「こういう試合は、たいていミスした方が負けなんだ。今は我慢比べだよ」
「我慢比べねえ」
 ため息混じりにそう言うと、孝子はちらりと三人の大人たちに目をやった。
 理津子、卓真、偽教師。いずれの手にもティーカップが持たれ、いずれの表情にも、どこか気まずさのようなものが感じられる。我慢比べ。まさに今がその最中なのだろう。
「ところで……」
 我慢しきれず、といった風に理津子が口を開いた。
「今日は、どうして先生が?」
 視線の先にいるのは、もちろん偽担任教師である。
「そ、それはですねえ。つまり、詳しいことはちょっと……。個人情報というのもありますし……」
「個人情報といっても、私は母親なんですよ。あの子、大也についてのことでいらしたんですよね。違うんですか? そうでしょ。そうなら、はっきり言ってください。私には聞く権利があります。うちの子、何かしたんですか? ねえ、先生。はっきりおっしゃってください」
 冷や汗を流し、困惑に顔を歪める偽教師。
 いい気味だ、と思わずほくそ笑みそうになる孝子だったが、そんな愉快な気持ちは、一瞬で終わりを迎えることとなった。
「ま、まさか……」
 理津子の声音に、突然の変化が生じる。「あなたたち……」と声を震わせながら、孝子と大也を交互に見つめた。
 彼女の中で、何らかのひらめきがあったらしい。
 孝子はごくりと唾を呑みこみ、理津子の次なる言葉を待った。
「妊娠……」
「違います」
 速攻で否定した。そして、反射的に立ちあがっていた。
「じゃ、じゃあ、どうしてよ。どうして、こんな遅くに先生と生徒が……」
 孝子に釣られたかのように、理津子も椅子から腰を上げる。
「おい、二人とも、落ち着けよ。なあ、お、落ち着けったら」
 慌てふためく卓真。
「とりあえず、二人とも落ち着いてください。私が今説明しますから」
 与えられた役を、冷静に演じ切る偽教師。
「実はですねえ……」
 二人が座るのを待ってから、彼は静かに話し始めた。
「家に帰るように、今彼女を説得していたところなんです。どうやら、お父さんと喧嘩したらしくて……。まあ、この年代の女の子は、とかく父親に対して反抗的になるものですからね。何があったにせよ、とにかく話し合うこと。逃げてばかりいても、絶対に解決などしない。彼女に今そう言い聞かせていたんですよ。お父さんにだって、きっと言い分があるはずだってね。親といえども、完璧な人間などいません。彼女に今必要なのは、聞く耳を持つことです。人を許せるかどうかは、まずそこからじゃないでしょうか。家出はいけませんよ、家出は。今頃、ご両親がどれだけ心配していることか。火野さんにも、これ以上迷惑はかけられませんしね。これから私が、責任を持って彼女を……」

 卓真は、ちらりと右隣に目をやった。
 男の熱弁を、理津子が感心したような表情で聞き入っている。まあ、なんて素敵な先生なの。そう言わんばかりの顔つきだ。
「私、父を許すことは、永遠にないと思います」
 きっぱりとした孝子の言葉が、男の話を中断させた。
「まあ」と、思わず声を漏らす理津子。なんて可愛げのない娘なの。今度はそんな顔つきだ。
「とにかく、白鳥先生……」
 白鳥、で合っていただろうか。そう思いながら、卓真は早口で続けた。
「今日のところは、もう遅いですし、先生もお忙しいでしょうし、あ、秋本さんは、今夜うちで預かりますから……」
 秋本、で合っていただろうか。そう思いながら、卓真は半笑いしながら、「先生の方は、もうそろそろお引き取り願えれば」と続けた。さっさと帰れ、このハゲタカ野郎め、と心の中で付け加える。
「いいえ。これは担任としての責任、いや、それだけじゃない。これは、秋本さんの将来に関わることでもあるんです」
「そうね。私もそう思う。もしかしたら、これをきっかけに、謝った道に進んでしまうかもしれないんだから」
 理津子が、すかさず偽教師の意見に同意する。
「お前は黙ってろよ」
「あなたこそ黙ってなさいよ」
 卓真は黙っていることにした。もうどうにでもなれ。そんな気分だった。
「あなたねえ……」
 理津子の射るような視線が、今度は孝子に向けられた。
「家庭で何があったかわからないけど、家を出て、それからどうするつもりだったの? あなた、ちゃんとその先まで考えてるっていうの?」
 孝子も負けてはいなかった。
「父親なんていりません。そんなのいなくたって、私、何とか生きていけます」
「どうやって生きてくつもり? 具体的に言ってみなさいよ」
「おばさんに言う必要ありませんから」
「どうせ、あなたみたいな子、援助交際だとか、アダルトビデオだとか、その程度のことでしか、生きてく手段なんてないのよ。あ、そうそう。アダルトビデオで思い出したけど、あんなものに一度でも出たら、もう一生幸せになんてなれないわよ。とうぜん親になる資格もなければ、再婚だってできるわけないんだから。そんなの無理無理。世間が許しても、私が許さない」
「お、お前、いい加減にしろよ」
 もう我慢の限界だった。
「帰れ。今日は、もう帰ってくれ」
 腰を上げた卓真を見て、理津子は再び立ち上がった。続いて偽教師。さらには孝子も席を立つ。
「帰れ」と卓真。
「いやよ」と理津子。
「喧嘩はいけません、喧嘩は」と偽教師。
「あんたに、そんなこと言う資格ないでしょ」と孝子。
「父さん、あれ見て」と大也。
「え?」
 卓真に続いて、全員の目が、大也の指差す方向を見た。
 テレビ画面。すでに野球中継は終了している。
『ええ、もう一度繰り返します。ただ今入りました情報によると、一連の毒物混入事件、その容疑者が、先ほど……』
 速報を告げるニュースキャスター。それを先回りするかのように、大也が「逮捕だって、逮捕」と興奮気味に言った。
 卓真の視線が、テレビから偽教師へと移る。
「お前じゃなかったのかあ」
 ほとんど無意識に呟いていた。

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
応援クリックお願いします!

44 勘違い
ホームチーム 目次

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。