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ホームチーム 41 困惑

41 困惑

『ピンチを脱したマウンテンズ。同点のまま、いよいよ九回裏の攻撃に入ります』
 実況アナウンサーが言う通り、今日のマウンテンズは、初回からピンチの連続だった。大量点を奪われてしまったハル・オースティン。退場になってしまった監督。どうにか同点には追いついたものの、九回表までに五人ものピッチャーを継ぎこんでしまった。これはどう見ても、延長戦を意識しての采配とは違う。
 さよならゲーム。そう。何が何でも九回で決着をつける、というのが、マウンテンズに関わるすべての人たちの願いだった。
 大也も、もちろんその中の一人である。
 マウンテンズ、頼む。さよならで決めてくれ。
 心の中でひたすら願った。
 ストーカーおじさん、もう出て行ってくれ。早くさよならしてくれ。
 ついでにそのことも願っておいた。
「今日のところは、おとなしく出て行ってくれないか」
 携帯電話を耳に当てながら、卓真は男に向かって言った。大也の願いを、代弁するかのような言葉だった。
「いったんお開きってことで、どうかな?」
 やはり緊張しているのだろう。おどけたその口調とは裏腹に、携帯を持つ手は、先ほどから震えっぱなしになっている。
 男の指示により、卓真と孝子は、二人並んでドアの前に座っていた。椅子は、キッチンから持ってきたものだ。
「やっぱり通じないようだ。そっちはどう?」
 卓真が隣に目をやる。
「こっちも駄目みたい」
 淡々とした口調で孝子が答える。
 そして二人は、ストーカー男の反応を窺いながら、ゆっくりと携帯電話を耳から離した。
「いないんだから、しょうがないじゃない」
 孝子の口ぶりが、刺々しいものに変化した。
「畜生」と、男が呻くように呟く。
 詩織に電話してみろ。二人にそう指示したのは、これで三回目だった。
「ああ、どこへ、消えちまったっていうんだよ」
 苦しげに吐き捨てると、男は両手で頭を抱えこんだ。
 ナイフはテーブルの上。縛られてさえいなければ、大也の手の届く位置にそれはある。テーブルの下には、男が持ってきた手提げ鞄。中身に何があるのかはわからない。ナイフ以外の凶器。その可能性も十分考えられる。
 何か打開策はないだろうか。
 素早く室内を見渡しながら、大也は必死になって考えた。
 卓真と孝子、二人は縛られていない。しかし、男を取り押さえるには、そこからでは距離がありすぎる。
 庭に面した窓。そこに一番近いのは大也だ。鍵は? 窓の鍵は閉めてあっただろうか。うまく思い出せない。仮に鍵がかかっていなかったとしても、やはり、ソファーに縛られたままでは……。
「いい加減、あきらめなさいよ」
 孝子の叫び声が、大也の思考を一気に吹き飛ばす。そちらを見ると、対照的な二人の姿が目に入った。立ち上がり、瞳に怒りの炎を燃やしている孝子と、驚きに目を丸くし、今にも椅子からひっくり返りそうになっている卓真である。

「お、落ち着くんだ。孝子ちゃん、とにかく、一度席に戻ろう」
 卓真は、倒れこむようにして孝子を抱きすくめた。「落ち着こう。とりあえず落ち着こう」と必死に言い聞かせる。
「出て行かないんなら、私が力ずくで追い出してやる」
 興奮が収まらない孝子。
「なんて口の聞き方してるんだ。俺は、お前の父親だぞ」
 再び手にナイフを構えたストーカー男。
「ワタシハ、マリンデス」
 マイペースを貫くマリン。
 大也も何か言ったようだが、その意味はよくわからない。なあー。やややっ。むおうおう。卓真の耳には、そんな風に聞こえた。頑張れ父さん。たぶんそう言いたいのだろう。そう言いたいに違いない。
「おい! みんな落ち着け!」
 自分でも驚くほどの大声が出た。
「孝子。さあ、おとなしく座るんだ。あなたもだ。話し合いたいというのなら、その物騒なものを、まずテーブルに置きなさい。マリン。少し静かにしてろ。お前がマリンだということは、すでにみんな知っているぞ。大也。それ以上何もしゃべるな。お前が言いたいこと、父さんにはわかったぞ。おそらく、わかったのは父さんだけだ」
 毅然とした卓真の物言いが、部屋にいる全員を沈黙させた。
 椅子に腰を下ろした孝子を見て、卓真もゆっくりとその隣に座り直す。そして、男に向かって穏やかに告げた。
「さあ、話し合おうじゃないか。これからどうするべきかをね」
「ああ、わかった。こっちだって、手荒な真似をするつもりはないんだ」
 テーブルの上にナイフを置くと、男は、「悪いのは俺じゃない。娘の方だ。そいつが俺にナイフを持たせたんじゃないか」と言いわけ口調で続けた。
 孝子の表情が再び厳しくなる。しかし、その口が開くことはなかった。
 代わりに卓真が言った。
「彼女、詩織さんに会って、何を話すつもりだったのかなあ」
「わかってほしかったんだ」と男が即答する。
「わかってほしいって、何を?」
「変わったってことをだよ。俺は、もう昔の俺じゃない。そのことを説明したかったんだ」
「そのー……。説明して、詩織さんが理解さえすれば、それで、納得してもらえるのか? 変わったってこと、わかってもらえただけでいいのか?」
「そうだよ。後は、詩織がどっちを選ぶか決めればいい」
 どっちとは? そう言いかけたが、実際は口に出さなかった。確かめるまでもないことだったからだ。つまりは、そう。自分にもまだ望みが残されている。というより、自分が選ばれる確率は、限りなく百パーセントに近い。そう思いこんでいるのだろう。いかにもストーカーが抱きそうな、身勝手で危険な幻想だった。
「ママは……」
 ここで孝子が口を開いた。幸い、先ほどとは違う落ち着いた口調だ。
「もう約束してるの。卓真さんとの結婚をね」
 男は口を開きかけたが、なかなか言葉は出てこなかった。
 危険な状態へ逆戻りか、と思いかけた卓真の目に、予想外の光景が飛びこんできた。
「チャ、チャンスぐらい、くれたっていいじゃないか」
 男の涙声。しかもそれは、声だけではなく、実際に瞳から大粒の涙を流していた。
 それ以上に卓真を驚かせたのが、男の取った行動だった。頭に手をやったかと思うと、いきなり髪の毛をカーペットに叩きつけたのである。
 かつら、と認識するまでに数秒かかった。どうしてそんなことを? それを理解するのには、さらなる時間を必要とした。
「こ、こんなにも、猛反省してるっていうのに……」
 男がかすれ声で教えてくれた。反省のための坊主頭、ということらしい。彼は知らないのだろう。こういった反省の表し方が、周りをもっとも困惑させるのだということを。
「これを、これを見てくれ」
 男の奇行は続く。
 ズボンの裾をまくり上げると、露わになった両膝をこちらへ向けた。
 右膝には、“詩”の文字。左膝には、“織”の文字。
「これが俺の気持ちだ。痛かったんだぞ、これ」
 どうやら刺青らしい。
 卓真は返答に困った。隣にいる孝子も同じ気持ちのようだ。何か、見てはいけないものを見てしまった。そんな表情を浮かべている。
「えーっと……。手紙、そうそう。あの手紙についてだが……」
 卓真は話題を変えることにした。もうこれ以上、おかしなものは見せられたくない。
「嘘の内容も、ずいぶんとあったんじゃないのかな」
「好きで嘘を書いたんじゃない。俺を追いつめた、お前たちが悪いんじゃないか。そうだ。お前たちが、俺に嘘を書かせたんだよ」
 ひどい屁理屈が返ってきた。
「あのなあ。そういう風に、何でもかんでも人のせいにして……」
 そこまで言って、卓真は言葉を切った。インターホンが鳴ったからだ。
 全員が動きを止める。
「しつこいな」
 鳴りやまないインターホンを睨みつけながら、男が苛立たしげに呟く。自分のしつこさを、棚に上げての発言だった。
「どうしたらいい?」
 卓真は男に尋ねた。
「誰か、来る予定でもあったのか?」
「いや、なかったはずだ」
 正直にそう答えた。
 インターホンはまだ鳴りやまない。
「一度出て、追い返した方が早いんじゃないのかな」
 卓真の提案に、男がやむを得ないといった調子でうなずいた。「わかってると思うが、余計なことはしゃべるんじゃないぞ」と念を押す。
「ああ、大丈夫だ。すぐに追い返すから」
 インターホンの受話器を取ると、卓真の耳に、聞き覚えのある声が飛びこんできた。
『私、理津子よ。大也を迎えに来たわ』
 別れた妻だった。
「ど、どうしたんだよ、突然」
『どうしたのじゃないでしょ。あなたが提案したことじゃない』
「そう、そうだけど、何でいきなり……」
『わかったからよ。詩織って人の正体が。あの子の新しいお母さんとしては、最悪の女だってことがね』
 誰からそんなことを? 心の中で呟き、卓真は頭をフル回転させた。
 答えはすぐに出た。
 犯人は、酒井翔子です。
 スーパーコンピューターなみの、速さと正確さだった。
「い、今は、ちょっとまずいんだ」
 焦る卓真の背後から、「誰なんだよ。早く追い返せ」という声が飛んできた。ストーカー男が、再び危険な精神状態になりかけているのだ。
『早く玄関開けてよ。AV女優なんかが、いいお母さんになれるわけないでしょ。あの子は、私のところで育てるわ。早くここ開けなさいったら。大也を守ってあげられるのは、私しか……』
「それについては、後だ。あ、後で話し合おう。とにかく今は駄目なんだ。いいな。切るぞ。また、改めてってことでいいな。いいよな。き、切るぞ。もう切っちゃうからな」
 めまいがしそうだった。
 受話器を戻し、卓真はふらふらと後ろを振り返った。
「切ったぞ。これでよかったんだな?」
「いったい今の誰だったんだ? 知り合いみたいだったけど、まさか、警察ってことはないだろうな。どんなことしゃべって……」
 男が言い終らないうちに、部屋にいる全員が、その異変に気がついた。
「ここ開けなさい!」
 その叫び声は、庭の方向から聞こえた。ほとんど間を置かずして、今度は激しく窓ガラスが叩かれた。
 まずい、鍵が……。
 そう卓真が思った時には、すでにリビングの窓は、ガラガラという音を響かせ始めていた。

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Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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