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ホームチーム 40 鍵

40 鍵

 七回の裏、マウンテンズの攻撃。同点打となるはずのホームランが、審判団の協議によってファールと訂正された。
 客席からの激しいブーイング。審判に詰め寄るマウンテンズの監督。
「おせえなあ」
 抗議の声が、テレビとは反対の方向からも聞こえてきた。
 そちらを振り向くことなく、大也は試合の行方を見守り続ける。今耳にした、“おせえ”は、試合再開のことを言ったものではない。卓真たち三人の到着。それについての“おせえ”に違いないのだ。
「おい、坊主」
 乱暴な口調で呼ばれ、大也はやむを得ず右方向へと首をひねった。ずっと左側ばかり向いていたせいか、首筋にちょっとした痛みが走る。
 訪問者、いや、不法侵入のストーカー男が、ふんっと鼻で笑ったのは、大也の首が、ポキポキッという間の抜けた音を鳴らしたからだろう。本当に不愉快な男だ。嫌われて当然の人間だ。
「お前は、おせえと思わねえか? おやじの野郎、ビビって逃げちまったんじゃねえかな。お前のこと見捨ててよお」
「そんなわけないじゃん」
 大也は即答した。こんな男としゃべりたくなどないが、卓真のことを馬鹿にされては、このまま黙っているわけにはいかない。
「父さん、そんな弱虫なんかじゃないよ。卑怯者でもないしね」
 おじさんと違って、という言葉を、心の中だけで付け加える。
「まあ、その辺は、会ってみりゃあわかることだがな。おっ、退場になったようだな」
 えっ? と思い、大也は再び反対方向へと首をひねった。
 テレビカメラがマウンテンズベンチを捕えていた。監督の姿はない。あるのは、選手とコーチの姿だけ。深刻さを顔に滲ませ、何事かを早口で言い合っている。
『どうやら、間もなく試合が再開されそうです。ファール判定は変わらず。監督は退場処分。ええと、マウンテンズ側は、助監督が代わりに指揮を取る、ということでいいんですね。はい。ええ、今入った情報によりますと、審判員一名も、どうやら交代になりそうです。先ほど、強烈な頭突きを受けてましたからねえ。怪我の具合が心配です。マウンテンズベンチには、もう監督の姿はありませんね。はい。試合再開、間もなくだと思われます。球場のざわめきは、未だに収まりそうもありません』
 やや興奮気味の口調で、現在の状況を整理する実況アナウンサー。
『それにしても、暴力はいけませんな、暴力は』
 解説者がそう言葉を挟むと、すぐさま、別の方向からも声が飛んできた。
「監督だって、好きで暴力を振るったわけじゃねえだろ。悪いのは、暴力を振るわせる周りのやつらじゃねえか」
 さすがは、元暴力夫、と思わず褒めてしまいたくなるような屁理屈だった。
「父さんのこと……」
 テレビ画面を見つめたまま、大也は、「どうする気なのさ」と男に尋ねた。
「どうするもこうするも、お前のおやじしだいだよ」
「それって、自分の言う通りにしないと、暴力振るうってことなの?」
「心配するな。話をつけるだけだ。向こうが下手な真似しなければ、俺だって何にもしねえよ」
「何を話すっていうのさ」
「ガキには理解できねえことだよ。大人の世界の話だ」
「諦めなよ。詩織さん、もうおじさんのところへは戻る気ないんだからさ」
 これはまずかったかな、と発言した直後に思った。ロープで縛りつけられていなければ、反射的に防御の体勢を取っていたことだろう。
 歯を食いしばり、目を堅く閉じる。それが、今の大也にできるすべてだった。
 ええ、今入った情報によりますと、火野大也、たった今息を引き取ったとのことです。
 そんなアナウンサーの声が聞こえてきそうだった。
 昔から、口は災いの門と言いますからなあ。
 そんな解説者の声も聞こえてきそうだった。
 しかし、実際はちがった。聞こえてきたのは、大也が予想にもしない言葉だった。
「お前、どうしておやじの方を選んだんだ?」
 男の声音に、怒りの響きは感じられない。
 大也は、ゆっくりと瞼を持ち上げた。質問の意味がわからず、「え、選ぶ?」と恐る恐る聞き返す。
「離婚した時の話だよ。お前の親、そうなんだろ? 何でおやじだったんだ? 子供ってのは、普通おふくろの方選ぶだろ」

 卓真は、ズボンのポケットから鍵を取り出した。
「インターホンで知らせた方が……」
 背後の声に、伸ばしかけた腕を止める。
「あ、そうだな、きっと」
  卓真は、振り返って孝子に微笑んで見せた。顔の筋肉が引きつって、苦しげな笑顔になってしまったかもしれない。
「庭の方から、中の様子覗けませんか?」と再び孝子。
「あ、そうか」
 卓真の手が、インターホンの直前でUターンする。
「ちょっと行って見てくるから、孝子ちゃんはここで……」
「私も行きます」
 そりゃそうだろうな、と卓真はあっさりと説得を断念した。自分なんかよりも、彼女の方が、よっぽど冷静で、しかも度胸満点なのだから。
 足を忍ばせ、ゆっくり庭へと周りこむ。こうしてると、自分の家だというのに、まるで敵のアジトに潜入するかのような気分がした。緊張感で、胸のざわめきがしだいに大きくなっていく。
 途中、隣家の一室が目に入った。中に誰かいるらしい。かすかに漏れ聞こえてくる音は、おそらくテレビのプロ野球中継だ。しっかりとカーテンが閉められているため、こちらの姿を怪しまれる心配はないだろう。
 マウンテンズ頑張れ。火野卓真も頑張れ。
 気合をこめるように、心の中で繰り返し呟く。
 そして、ようやく目的地へとたどり着いた。
「無駄足だったな」
 後ろを振り返り、小声で孝子に告げる。
 庭から覗いたリビングの窓には、隣家同様、しっかりとカーテンが閉められていたのである。漏れ聞こえてくる音も、やはりテレビのプロ野球中継らしかった。
「鍵は、どうなってます?」
 戻りかけた卓真を、孝子が慌てて押しとどめる。やはり、彼女の方が数倍冷静だった。
 小さくうなずき、卓真は踵を返した。今まで以上の慎重さで、リビングの窓へとにじり寄る。
 カーテンのわずかな隙間から、部屋の明かりが漏れていたため、どうにか鍵の状態を確認することができた。
「かかっていないらしい」
 そっと孝子に耳打ちする。
 そして、二人はその場に立ちつくした。
 鍵の下りていないリビングの窓。その事実を、幸運と受け止めることは卓真にはできなかった。おそらく孝子も同様だろう。これはきっと、知らなくてもいい事実だったのだ。知ってしまったことで、さらに迷いを増大させた。ただそれだけのことだったようだ。
 カーテンの隙間から、リビングの様子を窺うことはできない。窓を開け、力ずくで大也を救出する。そんなことが可能だろうか。
「やっぱり、玄関からの方が……」
 孝子が力なく囁く。彼女の頭の中でも、やはり卓真と同じ答えにたどり着いたらしい。
 とにかく、冷静に話し合うんだ。そう。冷静に、冷静に……。
 自らに言い聞かせながら、再び忍び足で玄関へ向かった。
 途中、隣家からかすかな歓声が聞こえてきた。
 マウンテンズが逆転でもしたのかもしれない。そういえば、大也も、今日の試合を特別楽しみにしていた。今頃どうしているだろう。プロ野球中継ぐらい、きちんと見せてもらっていればいいのだが。
「押すよ。いいかい?」
 うなずく孝子に向かって、卓真も力強くうなずき返した。今度は、うまく微笑むことにも成功した。
「火野だ。これから鍵開けて入るけど、いいんだな?」
『ずいぶん時間かかったじゃねえか。何か余計なことしなかっただろうな』
 インターホンから聞こえる声は、やはりあの男のものだった。その現実に、卓真の顔がたちまち熱くなる。怖さよりも、今は怒りの方が大きい。
『ちゃんと三人で……』
 相手が言い終る前に、卓真は手早く鍵を回していた。ドアを開け、「入ったぞ」と大声で告げる。
「ゆっくり歩いてこい。いいか。ゆっくりだぞ」
 男が怒鳴り返す。今度はリビングの方向からだ。
「もし、変な真似したら……」
 今度も最後まで言わせなかった。
 リビングのドアを開けると、卓真はその中へ一歩足を踏み入れた。廊下を駆けてきた孝子が、少し遅れて卓真の横に並ぶ。
「ス、ストップだ。そこで止まれ」
 男が慌てたように叫ぶ。
「ゆっくりだと言っただろうが。聞こえなかったのかよ。動くなよ。もう、そこから一歩も動くな」
 今度は言う通りにした方がよさそうだった。男は明らかに興奮している。しかも、手にはナイフ。すぐ近くには、ソファーに縛りつけられた大也がいる。
 しばらく中腰の姿勢でいた男は、やがてゆっくりとソファーに腰を落ち着けた。呼吸はまだ荒い。
「詩織は、どうしたんだ?」
「彼女はいない」
「じゃあ、今どこにいるんだよ」
「わからないんだ。本当だよ。電話も通じないし、マンションにも……」
「嘘をつけ」
 その怒鳴り声に、大也の身体が、一瞬びくっと震えた。卓真を見て、孝子を見て、ストーカー男を見て、結局、大也の視線はテレビ画面に落ち着いた。野球への興味が、現実の恐怖に打ち勝ったとでもいうのだろうか。息子の今の精神状態を、どう判断すればいいのか、卓真にはよくわからなかった。
「三人でこいと言っただろ。知ってるんだぞ。俺は見てたんだからな。嘘ついても無駄だ。俺はちゃんと見てたんだよ。孝子がマンションを出た後、すぐに詩織も……」
 怒鳴り続けていた男だったが、やがてその勢いもなくなっていった。「まあ、そいつは後でいいか」と、自らを落ち着かせるように呟く。
『同点に追いついたマウンテンズでしたが、この回に入り、またしてもピンチを迎えています』
 ちらっとテレビに目をやってから、男は再び卓真を睨みつけた。
「鍵は、ちゃんと閉めたか?」
 卓真は一瞬部屋の窓に視線を向けそうになった。
 しかし、寸前のところで堪えた。男の言っているのが、玄関の鍵のことだと気づいたからだ。
「いや。閉めてない」
 男が舌打ちする。
「早く行って閉めてこい」
「動いてもいいのか?」
「ああ、そうだよ。でも鍵を閉めるだけだぞ。早いとこ行って……。いや、駄目だ。孝子、お前が代わりに行ってこい」
 返事こそしなかったものの、孝子は素直にその指示通りの行動を取った。
 これからどうするべきか。
 孝子の後姿を見つめながら、卓真は必死に思案を巡らせた。
 そして、ゆっくりと男に向き直る。
「俺の知り合いの中に、元ヤクザの組長だったってやつがいるんだ」
 試しに言ってみた。
「それがどうかしたのか」
 効果はなかった。
 大也が、がっくりと肩を落としただけだった。

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Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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