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ホームチーム 38 訪問者

38 訪問者

 ハル・オースティンが近くで見守る中、一人の男の子がマウンドに立った。マウンテンズのホームゲーム、その始球式である。
 大也は、手の平の汗をジーンズで拭った。男の子の緊張が、テレビを通して伝わってきたらしい。マウンドに立つ二週間後の自分。練習通りうまく投げることができるだろうか。大きな期待と、小さな不安で、先ほどから心臓が痛いぐらいに高鳴っている。
 男の子が投げたボールは、ワンバウンドしてからキャッチャーミットに収まった。敵チームのバッターが、大げさに空振りをしてみせる。
 観客の声援。マウンドに歩み寄るハル・オースティン。帽子を取って頭を下げる少年。そして、二人は笑顔で握手を交わした。
「あーあ、疲れたあ」
 大也は、ぐったりとソファーに沈みこんだ。
『マウンテンズ、この試合に勝って、すんなりと優勝マジックを点灯させることができるでしょうか』
 実況アナウンサーの声に、慌てて体制を立て直す。今日は大事な試合。疲れてる場合ではないのだ。大也が生まれるずっと前、一度だけあったというマウンテンズのリーグ優勝。そのカウントダウンが、いよいよ開始されようとしているのだ。
 ふと、隣へ目をやる。卓真がいつも座っている場所。今日はまだ空席のままだった。
 遅くなるかもしれない。朝はそう言っていた。何時ごろになるのか、遅くなる理由は何か、大也はあえて聞かなかった。もしかすると、孝子と会っているのではないか。そんな気がしたからだ。ちょうど今頃、孝子にガツンと言われてるところかもしれない。
 俺が悪かった。ストーカー男をやっつけるためには、やっぱりお前の協力が必要だ。
 もしも卓真が、そんな言葉を持ってきてくれたとすれば、今日は本当に最高の一日になることだろう。
 試合開始を告げる『プレイ』のかけ声。
 いよいよ始まるのだ、と気分が盛り上がったところで、部屋のインターホンが鳴り響いた。
「何だよ、こんな時に……」
 そんな言葉が、つい口を突いて出てしまう。訪問者が誰なのかはわからないが、マウンテンズファンじゃないことだけは確かだ。
 内野手のような素早い動きで、大也はインターホンの受話器を掴み取った。
「はい。どなたですか?」
 応答はない。
 ハル・オースティンが一球目を投げ終えたところで、もう一度だけ声をかけてみた。
「どなた? あ、エラーかよお」
 結果は、セカンドにランナーを背負うという、マウンテンズいきなりのピンチである。そしてもう一つの結果が、以前として応答なし、である。
 大也は急いでソファーに戻った。今は、アンチマウンテンズを相手にしてる暇などないのだ。
 二人目のバッターを迎えたところで、再びインターホンが鳴った。
 これでは、まるで嫌がらせではないか。
 そこで一つ思い出した。昨日、いや、その前の日のことだ。内容はわからないが、玄関ドアに貼り紙がされていたのだ。卓真のあの表情からすると、かなりたちの悪いことが書かれていたのかもしれない。
 もしかすると、異物混入事件についてのことだろうか。
 そう思うと、大也はじっとしていられなくなった。中学でも、何人かの生徒に、嫌な言葉でからかわれたことがあったのだ。
 リビングを飛び出し、玄関で、「誰だよ」と大声を上げる。
 それでもやはり応答はない。
 サンダルを履くと、大也は玄関ドアに突進した。ホームベースに滑りこむような勢いで、暗くなりかけた外へと飛び出す。
 あたりを見回すも、どこにも人影はない。
 次にドアを調べる。
 そこにも異常は見当たらなかった。
「ああ、もう」と、大也は一声吠えた。
 きびすを返し、一歩玄関へと足を踏み入れたところで、何かの気配に気づいた。
「だ、誰……」
 振り返る暇さえなかった。物凄い力で、玄関の中へと突き飛ばされていた。
「俺が誰なのか、これからゆっくりと教えてやるよ」
 大也は、首をねじって、声の主を確認した。
 そこに見えたのは、以前一度会ったことのある、そして、もう二度と会いたくはない男の姿だった。

 スーパーマーケットの駐車場。車を止めてから、すでに一時間近く経過していた。
『二点を追うマウンテンズ、三回裏の攻撃が始まりました』
 カーラジオが流れる中、卓真はチラリと助手席に目をやった。
「来週、いや、その次の週だったかなあ……。大也のやつ、始球式に出るらしいんだよ」
「知ってます」
 孝子がこちらを見ずに答える。二十分ぶりに聞く彼女の声には、二十分前同様の頑固さがあった。
「そ、そうか……。いろいろ電話でおしゃべりしてるみたいだもんな」
 せっかくの会話を、再び途切らせたくない。そんな思いから、「大也のことなんだが」と続けてはみたものの、やはりその先がなかなか出てこない。
 大也君を、家から追い出すことになるのなら、私たち親子は、このままマンションにとどまります。
 それが、二十分前に孝子が口にした言葉だった。
 ただの一時的な対応策だよ。いくら卓真がそう説明しても、彼女を納得させることはできなかった。
「火野さんの方は……」
 今度は、孝子が先に口を開いた。しっかりとこちらを見つめながら続ける。
「どんな話をするつもりだったんですか? 私に、何か相談があったんですよねえ」
「え? ああ、そういえばそうだったなあ」
 忘れていたわけではなかった。聞きにくい質問が一つだけあったのだ。大也を追い出すようなことしないで、と孝子に頼まれたことによって、その聞きにくさはさらに倍加することとなった。
「俺の方も、息子についてのこと……。いや、ちょっと違うかな。ど、どう言えばいいんだろう。難しいなあ、こういうのって」
「はっきりしてください。今日は、そのために会ってるんじゃないですか。ママには、部活の友達と会うからって、嘘ついてきたんですよ」
「すまんすまん。そうだったな。あまり遅くなって、心配かけるわけにいかないんだったな」
「ママに、心配かけたくないっていうより……」
 孝子が、そこで口元をほころばせる。
「私が心配なんです。ママのことをね。あの人、たまにびっくりするような行動に出る時があるから。本当ですよ。危なっかしくて、一人ぼっちなんかにはしておけません」
「うん。それは何となくわかるような気がする」
 卓真は笑った。そして、ちょっとだけ姿勢を正してから続けた。
「孝子ちゃんは、どうやって気持ちの整理をつけたのかな。何というか、その、自分の親のこと、つまり……」
「AV女優だったことについてですか?」
「うん。まあ、それもあるけど、お父さんのことも含めて、自分の置かれた家庭環境。そういえばいいのかな」
「気持ちの、整理かあ……」
 考えこむように、孝子が足元に視線を落とした。
「あ、別に、君の親のこと、悪く言ってるわけじゃないよ。俺自身のことなんだ。息子のやつ、いろいろと辛い目に合せちゃってるからさあ。こんな親を持った子供ってのは、どんなこと考えてんのかなって。自分をどう納得させてんのかなって。俺の親も離婚したんだが、あんまり昔すぎて、その頃の気持ち、すっかり忘れちまってさ」
「しょうがないこと。ただそう思うだけです。気持ちの整理を、つけるとかつけないとか、関係ないです。納得だってしてません。そう。ぜんぜん納得なんてしてない。ただ、しょうがないって思うだけ。だってそうじゃないですか。子供は、自分の意志で、親を選ぶことできないんですから。しょうがない。うん。やっぱりそう思うことしかできない」
「しょうがない、かあ……。そう言われちゃったら、もうどうすることもできないな」
 卓真は苦笑した。自分自身に対する嘲笑だったかもしれない。
「もう手遅れってことか。どうしたら子供を幸せにしてやれるか。親としてどうあるべきか。そんなもん、考えるだけ無駄ってわけか」
 つい苛立った声が出てしまう。
「火野さん」
 孝子が顔を上げた。なぜか、笑いを堪えているような表情に見える。
「生意気なこと、一つ言ってもいいですか?」
 卓真は黙ってうなずいた。生意気なことなら、さっきからずっと言ってるじゃないか、とは口に出さなかった。
「どうしたら子供を幸せにしてやれるか。火野さんが、もし本当にそう考えてるんだとすれば、それってたぶん、すでに半分は実現してることなんじゃないのかな」
 卓真にとってそれは、とびっきり生意気で、とびっきり救いになる言葉だった。
「そろそろ、戻ろうか。大也のことは、もう一度よく考えてみるよ」
 クールにそう言って、卓真はハンドルに手をかけた。油断すると、つい顔がにやけそうになってしまう。
「はい。お願いします」
 卓真の携帯電話が震動を始めたのは、孝子がそう笑顔で答えた瞬間だった。
「あ、ちょっと待ってくれ。電話らしい」
 ポケットから取り出し、表示を確認する。
「もしもし、どうしたんだ?」
 大也に向かってかけた言葉。そのつもりだった。
『火野卓真だな。いいか、よく聞け。今すぐ家に戻ってこい。息子を預かってること、忘れるんじゃねえぞ。わかったか? どこにも寄らず、まっすぐ戻ってくるんだぞ。もちろん、あの二人、詩織と孝子も一緒にだ。必ず一緒に連れてこい。いいな。必ずだぞ』

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39 空っぽの部屋
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No title

これは大変な展開になっていきましたね。
でも、こうならないと決着がつかないような空気感もありましたが。
しっかりものの孝子と、がんばっている卓真と、何をしでかすか分からない詩織。
だれが、どう動くのかきになります。
続き、楽しみにしています。

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> これは大変な展開になっていきましたね。
> でも、こうならないと決着がつかないような空気感もありましたが。

決着。そうです。
最後の決着をつける、長い一日の始まりです。

> だれが、どう動くのかきになります。
> 続き、楽しみにしています。

ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました。
どうにか3月中に完結できそうです。
寂しいような、ほっと安心するような、
ああ、この時期になると、やはり複雑な思いがこみ上げてきますね。

No title

うお。急展開(?) これは大接近ですね。
相手の怒りや恨みが分からない分、怖いです。

子どもは・・・の孝子のくだりが切ないです。
子どもは何があっても親と一緒なんですよね。
卓真が親としてどう子どもを守っていくかも見ていきたいです。

お話、終盤に入っていくのでしょうか。
どうなるのか、楽しみにしています。

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> うお。急展開(?) これは大接近ですね。
> 相手の怒りや恨みが分からない分、怖いです。

怖い展開。
そうですね。そんな雰囲気はありますね。
ところが……。
まさか……ということになったり、
アホか……ということになったりします。

> 子どもは・・・の孝子のくだりが切ないです。
> 子どもは何があっても親と一緒なんですよね。

親子関係、というものが、いつの間にか大きなテーマになってきた感じです。
書き始めは、そんなに意識してなかったんですけどね。
キャラクターたちの自己主張に、今回もずいぶん引っ張られてます。

> お話、終盤に入っていくのでしょうか。

そうなんですよ。
完結は、3月中、もしかすると、ちょっとだけ4月にずれこむぐらいでしょうか。
プロットなしでの執筆でしたが、ようやくラストシーンのイメージが固まりました。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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