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ホームチーム 36 大人の事情

36 大人の事情

 その言葉に、理津子の手が止まった。真意を確かめようとするかのように、じっとこちらの瞳を覗きこんでくる。
 卓真にとっては、予想通りの反応だった。しばらく大也を預かってほしい。自分でも、そんな言葉を口にする日がくるとは思ってもいなかったのだ。
 やがて、「どうして?」という呟きが、理津子の口からこぼれ出た。静止していたコーヒーカップが、ゆっくりとソーサーの上に戻される。
「無理なのか?」
「私は、理由を聞いてるの。今さらどうしたっていうのよ」
「ああ、今、ちょっと大変なことになってて」
 卓真は、あらかじめ用意してきた言葉を口にした。
「会社のことだよ。もう知ってるだろ」
「知ってるけど、それが大也と何の関係があるのよ」
「マスコミのくそったれどもが、うちにまで訪ねてきやがるんだよ」
「忘れてるみたいだけど、私も、そのくそったれどもの一人なのよ」
 理津子は不服そうに口を尖らせた。音量が一気に上がる。
 どうも言い方がまずかったらしい。卓真は素早く店内を見渡した。幸い客の数は少ない。さすが評判の悪い喫茶店である。食中毒問題を、去年二度も起こした。その実績にふさわしい静けさだった。
「お前は、連中と違うだろ。ただのグルメ記者に罪はないよ」
「ただのって何よ、ただのって」
「大也のことを考えてくれよ」
 これ以上墓穴を掘らないようにと、穏やかな口調で話題を変える。
「あいつを、こんな騒ぎに巻きこみたくないんだ」
「そんなに、取材ひどいの?」
「ひどいなんてもんじゃねえよ。マイク持って追いかけられるわ、写真撮りまくられるわ。俺は平気だとしても、心配なのは大也だよ。あいつ、意外と繊細なところあるからな。ああ、これがトラウマにならなきゃいいんだが」
 この際なので、マスコミには思いっきり悪者になってもらうことにした。
「学校ではどうなの? 何か意地悪されたりしてない?」
 理津子の声音が変わった。こういうところはやはり母親だ。
「そういえば、嫌なこと言ってくるクラスメイトもいるらしいよ。子供ってのは残酷なところあるからなあ」
 言い終えてから、卓真は自らの発言にはっとした。大也に確かめてはいないが、実際、そういうこともあるのかもしれない。
「コーヒー、お代わりいかがですかな?」
 白髪頭の店主が、親しげな口ぶりで声をかけてきた。
「いや、もうこれで結構です。ごちそうさまでした」
 微笑みつつ、卓真は軽くかぶりを振って見せた。
「マスコミの件、あなたのおっしゃる通りです」
 そう言って、店の主人は離れていった。その背中から、「あいつらは、人間のクズだ」という吐き捨てるような声が聞こえてくる。おそらく、食中毒問題で、そうとう嫌な目に合されたらしい。
「詩織さんって人とは、今どうなってるの?」
 今度は、理津子が話題を変えた。
「どうって……」
 卓真は言葉を詰まらせた。元AV女優。ストーカー問題。同居の計画。そのうち、何を言って、何を言わざるか。
「別に、どうにもなってないよ」
 結局、すべて言わざる、を選択した。わざわざ余計な問題を増やす必要はない。
「今は、事件への対応でいっぱいいっぱいだ」
 理津子の瞳に、一瞬疑わしい光が差した。
「ふーん。本当に?」
 それでも、幸いにしてそれ以上の追及はなかった。
 そして理津子は、コーヒーを一口飲み、話題を元に戻した。
「私のところでって話。大也は納得してるの?」
 卓真はかぶりを振った。
「まだなんだ。話すのはこれからだ。まずは、君の許可を取るのが筋だからな」
「それ、筋って言うかなあ。大也の気持ちを確かめるのが、先なんじゃないの?」
「何を言ってるんだよ。先に確かめるべきなのは、君が受け入れてくれるかどうかってことじゃないか」
「私がイエスでも、もし、あの子がノーだったら?」
「あいつなら、きっとわかってくれるさ」
「もし、わかってくれなかったらよ」
「もしもしうるさいな。心配しなくても、一時間後には答えが出てるよ。お前の方はいいんだな? イエスってことでいいんだな?」
「大也の気持ちを確かめて。そっちが先」
 歯ぎしりしたくなるような気分で、卓真は「そうするよ」と一言吐き捨てた。
 理津子の口から大きなため息が漏れる。
「私たちって、やっぱり別れるはずよねえ」
 卓真も、この意見には同感だった。
 そして一言、強い口調で言い放った。
「大也なら、わかってくれるに決まってる」

「わからないよ」
 大也は、強い口調で抗議の声を上げた。
「なんでだよ。ちょっとの間じゃないか。会社のことで、父さん、今すごく忙しいのわかってるだろ。お前の面倒見てる余裕ないんだよ」
 外で何かあったのだろうか。困り顔になったり、不満顔になったり、卓真の表情が目まぐるしく変化していく。
「自分の面倒ぐらい、もう自分で見られるよ」
 大也は負けずに反論した。
「いつまでも、子供扱いしないでよね」
「子供じゃないか。カレー大好き少年じゃないか。大人の事情に首を突っこみたがる。その辺がいかにも子供だ」
「事情って何さ」
「事件のことだよ。さっきから、会社のことだって言ってるだろ」
「本当にそれだけ?」
「それだけだ」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「本当は、あの男の人のことなんじゃないの? 詩織さんの前の夫って人」
「うーん。まあ、それも少しだけ関係がある、かな」
 しぶしぶといった感じで、卓真は認めた。「ちょっとだけだぞ。関係といっても、ほんのちょっぴりだけだぞ」と、言いわけ口調で付け加える。
「どうする気なの? その男と戦うの?」
「ああ、そのつもりだ。だけど勘違いするなよ。戦うといっても、話し合いをするだけだからな。別に、殴り合いをしようってことじゃない。父さんいつも言ってるだろ。暴力では何も解決しないってな」
「やっぱり、俺も一緒に戦うよ」
「なんでそうなるんだよ。大人同士の話し合いに、首を突っこみたがる。その辺がいかにも子供だ。お前は、少しの間、母さんのところで……」
「俺たちはチームだ」
 その言葉が、卓真のしゃべりを中断させる。
 ややあってから、大也は静かに続けた。
「父さん、よくそう言ってたじゃんか」
 しばらく待ったものの、言葉は返ってこなかった。一度口を開きかけた卓真だったが、そこからは低い唸り声しか出てこない。胸の前で腕を組み、目を閉じてうつむく。そのままの姿勢で、あとは身動きすらしなくなってしまった。
 きっと、まだ何かあるのだ。
 大也は直感した。自分に、もしかすると、自分にだけ隠された、何らかの事情があるに違いないのだ。

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