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ホームチーム 34 予想外の提案

34 予想外の提案

 詩織は追いつめられていた。
 テーブルに置かれた携帯電話と、こちらを睨み続けている孝子とを、交互に見つめながら、「わかってるけど……」と苦しげに呟いた。
「けどは、なし」
 冷たく言い放つ孝子。
「わかってるのだが……」
「のだがも、なし」
 泣きそうになりながら、詩織はおずおずと携帯電話を手に取った。今夜ばかりは、どんな言いわけも聞いてもらえそうにない。今すぐ卓真に話さなければ、代わりに私が話す。娘にそこまで言われてしまったのだ。詩織としても覚悟を決めるほかなかった。
 ずっと秘密にしておくつもり?
 不意に、酒井翔子が口にした言葉を思い出す。根掘り葉掘り質問されたあげくの一言だった。
 なんとかごまかそう、と努力はした。けれど失敗に終わった。そもそも、ごまかすのが苦手な詩織なのだ。無駄に下手な嘘をつき、無駄に冷や汗を流しただけのことだった。
 噂好きの彼女が、このまま黙っていてくれるとは考えにくい。あとは時間の問題なのだ。詩織が会社一の有名人になるまで、果たしてどれぐらいの猶予が残されているのだろう。
「ママ」
 再び孝子の声が尖る。
「わ、わかってるってばあ」
 詩織の方は、ほとんど半泣きだ。孝子も翔子も、どうか記憶喪失になりますように。もしも今流れ星を発見したとしたら、迷わずそう願ってしまうに違いなかった。
「最初は、どう言ったらいいんだろう」
 これからのことを思うだけで、携帯を構える手が、情けないぐらいに震えてしまう。
「重要な話がある。まずはそれでいいでしょ」
 孝子が、度胸満点の口ぶりで即答する。
「その前に、もしもしぐらいは言った方がいいんじゃないかなあ」
 今度は返答がなかった。その代わり殺気のようなものが伝わってきた。
「わ、わかってるってばあ。かけるから。今すぐかけるから」
 詩織は慌てて身を引いた。携帯電話を奪おうと、孝子が手を伸ばしてきたからだ。
「ママ、いい加減に……」
「か、かけたわよ。ほら、今、呼び出し音鳴っちゃってるじゃない。ああ、どうしよう。かけちゃったあ」
 壁際まで行き、詩織はじっと運命の瞬間を待った。
 しかし、なかなか通じない。
「あれ? 卓真さん、どうしたんだろう。出ないなら出ないでもいいんだけど」
「ごまかしてるんじゃないでしょうね」と、孝子が疑わしそうに近づいてくる。
 その時だった。
『もしもし』
「あ、もしもし。あれ? た、卓真さん……」
 卓真ではなかった。そして、すぐにその声が誰であるかに気がついた。
「大也君よねえ。ええと、お父さんどうしたの?」
『知らないです。今家にいません。携帯、忘れていっちゃったみたい』
「ああ、そうなんだあ。よかった。いないんならしょうがないもんね。残念残念」
 その後、卓真の行き先や、いつぐらいに戻りそうかを確認したが、大也にはわからないようだった。
「ということだから、今日は仕方がないでしょ?」
「なんだか、急に元気になったみたい」と、孝子があきれたように言う。
 実際、電話を終えた詩織は、急に元気になっていた。明日など、永遠にやってこなければいいのにとさえ思った。
 しかし、次の瞬間には、「ひっ!」という小さな悲鳴を上げながら、孝子に抱きついていた。
「ただのインターホンじゃない」と、やはり孝子があきれたように言う。
 実際、ただのインターホンの音だった。
 孝子が受話器を取る。
「あ、火野さん?」

 五分後には、テーブルの上に、三つのティーカップが置かれた。孝子が入れたレモンティーである。卓真と詩織が向かい合わせに座り、孝子が詩織の隣に腰を下ろした。
 訪れたとき同様、堅い表情のままの卓真。パニック寸前ともいえそうな、顔面蒼白の詩織。
 来るべき瞬間が、ようやくやって来たのだ。孝子にはそれがわかった。
「孝子ちゃん、ちょっと席外してもらえるかな」
 卓真が重い口を開く。
 孝子はすぐさまかぶりを振り、レモンティーで一度喉を湿らせた。
「ママの過去だったら、私、なんでも知ってますから大丈夫です。今日は、その話に来たんですよね。どうぞ、どんなことでも質問してください。ママが答えられないようだったら、私が代わりに答えますから」
 長い沈黙。
 そのじれったさに、孝子は耐えられなかった。
「火野さん、誰かから聞いたんでしょ。それとも、手紙か何かで知らされたんですか? ママの別れた男のこと。いや、それより、ママが昔やってたこと。やっぱりその方が気になるのかな」
 身を乗り出すようにして、早口で言い放った。
 孝子が欲しいのは結論だ。過去を変えることなどできない。後は卓真が選択するだけなのだ。アダルトビデオに出演していたような、ふしだらな女とは結婚するわけにいかないのか。それとも、過去は過去。そう割り切った上で、今でも詩織と新しい家庭を築いていく気があるのか。
「手紙を受け取ったんだ。それから、写真とビデオも。どれも直接じゃなかったけど、たぶん、君の元夫の仕業なんだろうね」
 卓真の声音は、意外にも穏やかなものだった。詩織を見つめる視線にも、いたわるような温かさがある。どうして今まで黙っていたんだ。少なくともそんな厳しい言葉が出そうな雰囲気ではない。
「大丈夫、なのかなあ」
 卓真の視線が、途中から孝子の方に移った。
「前に少しだけ教えてもらったけど、ちょっとトラウマがあるって話。その男と、関係あるんだね」
「はい。関係大ありです」
 孝子が、ちらりと隣に目をやってから答えた。詩織は、先ほどからずっとうつむきっ放しだ。
「警察には?」と卓真。
 孝子はかぶりを振った。
「警察なんて、当てになりませんから」
 卓真が「うーん」と小さく唸った。思い出したかのように、ティーカップへと手を伸ばす。
「即解決、というわけにはいかないだろうけど……」
 そこでいったん間を置き、すでに温くなっているだろうレモンティーを、卓真は一気に飲み干した。
「二人とも、うちで一緒に暮らさないか?」
 予想外の提案だった。
「い、いいんですか?」
 孝子は思わずそう口にしていた。
「ああ。やかましい鳥や、生意気ながきんちょに我慢できればの話だけど」
 卓真がやさしく微笑む。いいんですかの意味を、正しく理解していないのかもしれない。孝子が言ったのは、母のような女でもいいんですか、という意味だ。アダルトビデオは大好き。でも、そこに出ているような女とは、絶対に結婚したくない。孝子が知っている男とは、そういう生き物なのだ。
「空き部屋掃除するのに、二、三日待ってもらえるかな。それから、やっぱり警察には相談しておいた方がいいと思う。あとは、ええと、引っ越し屋はどうしよう。とりあえず、俺の車だけで、どうにかなるかな。一時避難みたいなもんだから、大きいものは、布団ぐらいだろうし……」
 旅行の計画でも立てているかのように、卓真の口調は至って愉快気だ。
 孝子の隣からは、詩織のすすり泣きが聞こえてくる。「ごめんなさい」という謝罪の言葉や、「ありがとう」という感謝の言葉や、「私、枕が変わると眠れないんです」という我儘な言葉も聞こえてくる。
 母のような女でもいいんですか?
 そんなこと、確認する必要はないのかもしれない。火野卓真という男は、孝子が初めて遭遇した、珍しいタイプの生き物に違いない。

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35 男として、父親として
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No title

片瀬さん、これ、すごく良い提案です!
もう、すごく良いお話、良い場面なのに、くすくす笑っちゃって申し訳ない(^^;)

片瀬さんのもの書きのセンスにはやられっぱなしです。
天然同士で通じるところがあるのかもしれません^^

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> 片瀬さん、これ、すごく良い提案です!

久しぶりに、卓真がかっこいいところを見せてくれました。
でもこれ、男としては重い決断ですよね。
自分だったらどうするだろう、とつい考えてしまいます。

好きな人のことは、何から何まですべて知っておきたい。
相手が隠したいことなら、無理に知る必要はない。
このあたりも、人によって意見が分かれるところだと思います。
私は、どちらかといえば後者かな。

少しずつですが、結末のイメージが、頭の中で固まりつつあります。
もうしばらく、彼らにお付き合いください。
物語は真夏だというのに、札幌は、またしても冬の嵐!

No title

詩織の天然っぷりと、孝子のしっかり加減の対比がとっても面白くて、私も笑ってしまいました。
良いシーンでも笑わす片瀬さん(笑)
そこがいいのですよね。
卓真も、今回は腹が据わってて、かっこよかったです。
最後までカッコいい男を通せるといいんだけど。
でもこの4人が団結したら、怖いもんなしですよね。

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> 詩織の天然っぷりと、孝子のしっかり加減の対比がとっても面白くて、私も笑ってしまいました。

あ、ちゃんと笑ってもらえてるんですね。
ちょっとほっとしました。
卓真と大也も含め、4人の個性がうまく表現されてるといいんですが。

三人称にも、ようやく慣れてきました。
最近よく思うのは、視点となる登場人物と、語り手との距離感です。
私の場合、この両者の距離が、非常に近いということに気づきました。
一人称的三人称、とでも言うんですかね。
ますます、小説の奥深さを知る思いです。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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