スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ホームチーム 33 気がかり

33 気がかり

 後姿を見ただけで、大也はすぐにその人物に気がついた。友人とはそういうものだ。
 足を速め、守との距離を徐々に縮めていく。そうしながら考えた。どんな言葉をかけるべきかを。どんな表情を見せるべきかを。
 停学期間を終えたらしく、守は今日から学校に来ていた。教室に姿を現した彼に向かって、大也は軽く手を上げて見せた。「よお」と小さく声もかけてみた。
 しかし、守の表情には何の変化も起こらなかった。見えなかったわけではないだろう。聞こえなかったわけでもないだろう。守は無視したのだ。大也とはかつて友人だった。そういう宣言だったのかもしれない。
「ちょっと、そこの君」
 その声に、大也はぴたりと足を止めた。三、四メートル先で、同じように守も立ち止り、こちらを振り返った。
「火野君だよね」
「あ、はい。そうですけど」
 見知らぬ中年男が、「これ、君のお父さんに頼まれたものなんだ」と、いきなり封筒を押しつけてきた。
 大也は、反射的にそれを受け取り、チラリと守の方を見やった。彼はすでに歩き始めていた。こちらには何の関心もない。かつての友人のことなどどうでもいい。そう言わんばかりの早歩きだった。
「それ、落とさないようにね。ちゃんとお父さんに……」
 男は、その後もいくつか言葉を続けた。何か大事な話が含まれていたのかもしれない。
 しかし、今の大也には無理だった。意識はまったく別のところにあったからだ。
 違うんだ。思わずそう叫びたくなる。大也の胸中では、今日すでに何度も叫び声を上げていた。
 守とは、今まで通りの関係でいたい。きっと、そのためのいい方法があるはずだ。どうして、もっと別の言い方ができなかったのだろう。説得すべき相手は父親だったかもしれない。次から次へと、後悔の言葉が湧き上がる。しかし、どれ一つ声には出なかった。
 どれぐらい、その場に立ちつくしていたのだろう。気がつくと、守の姿も、中年男の姿も見えなくなっていた。

 同封の写真、もうご覧いただけましたよね。
 私としては、先日お届けした、あの動画ファイルで十分だろうなと思っていました。でもそうはいきませんでしたね。単なるいたずら。あなたの目にはそうとしか映らなかったのでしょう。
 さて、今回はどうでしょうか。その写真の女性、心当たりありませんか? よくご覧になってくださいね。これはあなたのためなんですから。そしてもちろん、息子さんのためでもある。
 この際なのでずばり言いますよ。その写真に写っている女性は、水本詩織です。十数年前の姿なので、わかりにくいかもしれませんね。しかし間違いありません。それは彼女です。水本詩織。あなたが今お付き合いしている、水本詩織に間違いありません。
 この写真。そしてあの動画。あなたにとってはすでにご存じのことだったでしょうか。おそらくそうではないでしょうね。彼女の虚言癖には、私自身ずいぶんと悩まされてきましたから。
 あなたに言いたいことは一つだけです。一刻も早く彼女と別れなさい。もしも、すでに婚約しているというのであれば、ただちに解消すべきです。わざわざ不幸を背負いこむような真似はよしなさい。前述したように、これは息子さんのためでもあるんですよ。
 水本詩織、本人に確認するのも結構でしょう。それで気がすむのならそうしてください。ただし、彼女が正直に白状するかどうかは別ですよ。問題点は虚言癖だけではありませんからね。
 たとえば、お金の問題がそうです。彼女の作った借金によって、今まで私がどれだけ苦労させられてきたことか。このままいけば、いずれあなたも同じ目に……。

 卓真は、そこで便箋を折りたたんだ。すぐさま封筒の中へとしまいこむ。
「どんなやつだった?」
 大也が、「え?」という声とともに振り返る。新しい言葉を、マリンに教えていたところだったらしい。鳥籠の中から、「オデメトー」というわけのわからない声が聞こえてくる。
 卓真は、封筒を軽く振って見せた。
「これだよ、これ。どんなやつに渡されたんだ?」
「ああ。それね。ええと、どんなやつっていわれても……」
 しばらく考えこんでから、やがて言いわけするような口調で、「だって、すぐにどこか行っちゃったから」と苦笑いする。
「何か、特徴の一つや二つあっただろう」
 卓真は早口で言った。いらいら気分が、ついその口ぶりに出てしまう。
「普通のおじさんだったよ。父さんに頼まれたものだから、それ、落とさないように気をつけてって、そう言ってただけ」
 間違いなく同一人物だ。卓真の中で、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。出勤中の翔子の場合といい、下校中に渡されたという、今回の大也の場合といい、やり方があまりに回りくどく陰湿だ。
 まだ一度も会ったことのない人物だが、正体はもうわかっている。詩織の元夫。そうに違いない。それ以外の可能性は考えにくい。
 そういえば、孝子の口から以前聞いたことがあった。はっきりした話ではなかったが、元夫がどんな人物であるか、そしてどんな目に合されてきたか、それらを想像するにはあれで十分だった。
「中身、なんだったの?」
 不意をつく質問だった。大也の視線は、テーブルの上に置かれた封筒を捕えている。
「いや、な、なんでもない、なんでもない」
 最悪のリアクション。そう思いつつも、卓真は大慌てで封筒に手を伸ばした。ドンッ、と意外なほど派手に響く。
「ひゃ、百人一首の練習だ」
 ごまかしの言葉としても最悪だった。
「ふーん。まあ、別にいいけど」
 大也も、さほど興味はなかったのだろう。すぐに背を向け、再びマリンと向かいあった。
 どこまでが本当だろう。大也の後姿を見つめながら、卓真は先ほど読んだ手紙のことを考えた。
 写真の女性は、どうやら詩織に間違いないようだった。そうなると、あの動画ファイルも、ということになるのだろうか。一瞬耳にしたあの悩ましい喘ぎ声。思い出そうとするが、なかなかうまくいかない。認めたくない、という意識が卓真の思考を邪魔する。
 過ぎ去った過去を、今からどうこう言うつもりはない。自分が惚れた女は、現在の水本詩織だ。その気持ちに変化などない。あるわけがないのだ。もしもこれをきっかけに別れでもすれば、それはストーカー男の思う壷ではないか。
 ただ……。
 気がかりなのは、やはり大也がどう思うかということだ。
 卓真は、大きく吐息をついてから立ち上がった。忌々しい手紙の入った封筒を、乱暴な手つきでズボンのポケットにねじこむ。
「大也」
 呼びかけると、大也がひょいと振り返った。まだまだ幼さの残る表情である。
「父さん、これからちょっと行くところあるから、留守番頼むな」

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
応援クリックお願いします!

34 予想外の提案
ホームチーム 目次

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

息子の学校帰りを狙うなんて、やな感じですよね。
周りから来られるほどいやなことはありません。

つーか、片瀬さん。こんなシリアスな手紙を読んでいる場面で、もう、ツボ刺すんですからあ。
ひゃく人一首の練習て。ぷぷぷ。なんすか。っとに。
壁ドンならぬ、百人一首ドン。
シリアスとニヤニヤが混在しちゃって、脳内制御が大変でした。

私は留守番でなくて、ついていっても良いんですかね。

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> 息子の学校帰りを狙うなんて、やな感じですよね。

ついに姿を現してしまいました。
常識の通じない人間。
現実にも、結構いるんですよね、こういうタイプ。

> つーか、片瀬さん。こんなシリアスな手紙を読んでいる場面で、もう、ツボ刺すんですからあ。
> ひゃく人一首の練習て。ぷぷぷ。なんすか。っとに。

バレバレのリアクションでした。
このあたりは、親子共通の性質かも。
それとも、男性共通かな。

> シリアスとニヤニヤが混在しちゃって、脳内制御が大変でした。
>
> 私は留守番でなくて、ついていっても良いんですかね。

ついてきてください。
行き先は、水本親子のマンションまでです。
次回、卓真が男気を見せますよ。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。