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ホームチーム 31 現実逃避

31 現実逃避

 人生、やはりいいことばかりは続かない。
  重い足取りで、卓真は小会議室を後にした。そういえば、と軽く右肩をさすってみる。息子とのキャッチボールで、どうやら症状を悪化させてしまったらしい。病院で一度見てもらおう。そう思いつつもずっと後回しになっていた。今回の新たなトラブルによって、五十肩の治療はさらに先延ばしになることだろう。
「みんな、ちょっと手を止めて聞いてくれ」
 部下たちの視線がいっせいに集まった。卓真のいつにない真剣な声音に、商品開発部の空気が緊張に包まれる。
「困ったことが起きたんだ」
 一度咳払いをしてから、卓真は説明を始めた。
「今、工場の方に警察が来てるらしい」
 驚きの色を浮かべる者は少ない。すでに噂程度のことは耳にしていたのだろう。さすがは情報社会だ。そしてそれは、恐るべき混迷の社会ともいえる。
 一部の当社商品から、毒物が検出されたこと。それが原因と思われる被害者が、十数名。そのうち入院患者が三名いること。最初の被害報告が、上層部までうまく伝わっていなかったこと。卓真は早口で続けた。会議室で先ほど聞かされたままの内容だった。つまり、何者かによって、当社が狙われていること。そして、当社の不手際によって、その対応が大幅に遅れてしまったことである。
「生産ラインのいくつかは、しばらくストップすることになるだろう。それから、自主回収を今日から始めるらしい。まあ、すでに遅すぎの対応と言われても、仕方がない状況にあるんだが」
 口の中が、苦いものでいっぱいになっていく感覚がする。「マスコミに対しては、くれぐれも気をつけるように」と卓真は最後に付け加えた。
 デスクにつき、一つため息。パソコンの電源を入れ、また一つため息。そこで、「すみません部長」と声をかけられた。
 酒井翔子だった。
「あの、これ、部長にって言われたんですが……」
「え? 誰からだろう」
 卓真が受け取った茶封筒に、名前らしきものはいっさいない。会社に入る前、男に手渡されたのだと翔子は言う。尋ねても名を口にすることはなく、ただ、火野部長に頼まれていた資料です、と一言告げるだけだったらしい。
「なんだか、逃げるようにどこかへ行ってしまって……」
「ああ。後はもういいよ。ごくろうさん。もしかしてファンからのプレゼントかもしれないなあ」
 誰も笑ってくれない冗談を言いつつ、卓真は封筒を開けて中身を取り出した。手紙の類は入っていない。CDらしきものが一枚あるだけだった。
 誰かに何か頼んだだろうか。
 パソコンにディスクをセットしながら、過去の記憶を探ってみる。それでも、やはり思い出すことはできなかった。
 ファイルが一つ。拡張子から動画データであることがわかる。タイトルは<お宝>となっていた。
 ウイルスチェックを済ませてから、卓真はそのファイルを開いた。
 背後から「あっ」という声が聞こえたのは、ディスプレイに映像が流れ出してすぐのことだった。
 席に戻っていたはずの翔子が、片手で口を押えていた。驚きに目を丸くしている。生々しい男女の絡みが、いきなり目に飛びこんできたのだから無理もない。
<お宝>の正体とは、ただのアダルトビデオだったのだ。
「タイトルのわりには、ありきたりの内容っぽいなあ」
「ぶ、部長……」
 翔子の顔つきが変わっていた。丸かったはずの目が、今では意味ありげに細められている。
「違う違う。誤解するなよ。俺、こんなの頼んだ覚えないからな」
 半笑いしながら、卓真は慌ててファイルを閉じた。噂好きとして有名な彼女だ。はっきりと否定しておかなければ、どこで何を言われるかわかったものではない。
「あれ?」と再び翔子の声。映像が消える瞬間のことだった。
「どうしたんだ?」
「い、いいえ。ちょっと……」
 何も映っていないディスプレイを、翔子は小首を傾げながら見つめている。考えこむような表情のまま、「誰だったんでしょうね、あの男の人」と一言呟き、ようやくその場から離れて行った。

 孝子の気持ちは決まっていた。残るは、詩織をどう納得させるかという問題だった。
 母なりに何かを察していたのだろう。今日は朝から様子がおかしかった。寝坊しちゃったと言っては、なかなか寝室から出てこず、髪がうまくまとまらないと言っては、なかなか洗面所から出てこず、会社遅れちゃうからと言っては、朝食も取らずにマンションを出て行った。
 その間、孝子とは一度も目を合わせていない。そして、帰宅後もその様子に変化はなかった。夕食は外で済ませてきたからと、すぐに自室へとこもってしまったのだった。
「水本詩織、おとなしく出てきなさい。ここはもう、完全に包囲されているんだぞ」
 おどけた口調で言い、孝子は軽くドアをノックした。
「現実逃避は、もう許しませんよ」
 しばらく耳を澄ましていると、やがてかすかな声が聞こえてきた。
「オカーチンは、日本語、よくわからないのです」
 どうやら、現実逃避をやめる気はないらしい。
 孝子は勢いよくドアを開けた。もう容赦するわけにいかない。
「ママ、いい加減にしなさいよ」
 ベッドの上、丸く膨らんだ掛け布団の中から、「だってえ……」という半泣きの声が漏れ聞こえる。
「こうなったら、もう隠し通すことなんてできないでしょ」
「言いたくないもん」
「今知らせるか、後で知らせるか、どちらかなのよ」
「なるべく、後の方でお願いしまーす」
「ママから知らされるのと、他人から知らされるのと、火野さんにとって、どっちがいいと思ってるの?」
「誰からも知らされない。それが一番」
「じゃあ、私が言う。ママが言わないっていうならね。それでいいの? 私、ほんとに言うわよ」
 しばらく布団の引っ張り合いを続けた末、詩織はようやくベッドに上半身を起こした。はあーと大きく息をつき、潤んだ瞳で孝子を見上げる。
「どうするの? 私から言う? それともママから?」
「な、なんて言えばいいの?」
「ありのままに話すしかないでしょ」
「ありのままかあ……。そうだよね。それしかないんだよね」
 詩織はうつむき、「私、嫌われちゃうかも」と小さく呟いた。
「まあ、そうなったらそうなったで、仕方がないじゃない。過去のことは、もう変えようがないんだから。それに……」
 わざと冷ややかな調子で言い、孝子はいったん口をつぐんだ。少し考え、続きは声に出さないことにした。
 ママに対する卓真の愛情が、いったいどれくらいのものなのか。そのことがはっきりとわかるはず。
 心の中だけで、そっと呟いてみた。

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No title

片瀬さんが言われた様に、だんだん重い内容になってきましたね。
最初のころは、このまま子供の気持ちさえうまくおさまれば、二人は難なくゴールインだと思われたのですが、そんなわけにはいきませんよね。
卓真の気持ちは、いったいどれほどもモノなのか。
そして卓真の会社に嫌がらせをしてくる人物は、詩織と関係あるのか。
シリアスな展開に入っても、どこか軽いタッチにしていこうとするのが、片瀬さんらしいですね。
この二つの家族、壁を越えていくのか。
見守っていますね。

片瀬さんにも、今年一年、ご訪問いただけてとてもうれしかったです。
また来年も、お互いに創作を頑張っていきたいですね^^
どうぞ、良いお年を。

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> 最初のころは、このまま子供の気持ちさえうまくおさまれば、二人は難なくゴールインだと思われたのですが、そんなわけにはいきませんよね。

いつの間にか、駄目な大人の物語みたいになってきました(笑)
テーマも決めず、プロットもなしで、書き始めたこの作品。
でも、だんだんとテーマらしきものが見えてきました。
元AV女優。元暴力団。
つまり、相手の過去をどう受け止めるか、という問題ですね。

> シリアスな展開に入っても、どこか軽いタッチにしていこうとするのが、片瀬さんらしいですね。

ありがとうございます。
この、ゆるーい感じだけは崩さないように意識してます。

> 片瀬さんにも、今年一年、ご訪問いただけてとてもうれしかったです。
> また来年も、お互いに創作を頑張っていきたいですね^^

こちらこそ、コメントもらえてうれしかったです。
なにより、limeさんのような存在が、私にとってとても大きな刺激になっています。
何年にも渡って、オリジナル小説を発表し続けるというのは、本当に大変なことですからね。
来年もどうぞよろしく。良いお年を。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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