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ホームチーム 26 最後のチャンス

26 最後のチャンス

 君宛てに、こうして手紙を書くのは初めてじゃないだろうか。もどかしいような、なんだか不思議な気分がする。直接会いたい。直接会うべきだ、というのが正直なところだからね。
 切手が貼られていないということには、もう気づいてもらえたかな。つまり、ドアをノックすることも、僕にはできたわけだ。君の帰りをじっと待つということもね。
 でもそうしなかった。そうしたい衝動を、どうにか堪えることができた。君のためだよ。君のことを、無闇に驚かせたくない。そう思ってのことだ。それに、以前のようなことがあっても困るからね。顔を見るなり、いきなり警察を呼ぶなんて、あれには正直まいったよ。
 まずは、誤解を解きたい。そう思ってる。
 飲食店の経営。それが今の僕の職業だ。開店してからもうすぐ一年になる。小さな店だけど、決して売り上げは悪くない。腕のいい料理人に恵まれてね。彼のおかげっていうのが大きいかな。
 とにかく、今は真面目に働いている。もちろん借金なんかもないよ。心を入れ替えたんだ。以前の僕はもうどこにもいない。君が恐れているだろう人間は、もうどこかへ旅立ってしまったんだ。
 詩織、そして孝子。君たち二人を探し出すのに、今回は本当に苦労したよ。お金もずいぶんとかかった。何度も諦めかけ、そのたびにたくさんの涙を流してきた。罪深き僕に対する、これはきっと神様からの罰だったんだろうね。
 それでも、神様はやはり神様だった。こんな僕を見捨てはしなかった。僕に、こうして最後のチャンスをくれたんだ。罪を償うチャンス、家族と再会できるチャンス、誤解を解くチャンス、そして、もう一度三人でやり直せるチャンスをね。
 詩織、君は今、食品会社で働いているそうだね。いい仕事だと思うよ。飲食業を通して、僕もいろんなことを学ばせてもらったからね。いい食事は、人を幸福にする。そして、その幸福が人を変える。
 この間、遠くから君を見ることができた。あれはロシア料理店なのかな。一緒に出てきた女性は、会社の友達かい? 言っちゃ悪いけど、君の引き立て役って感じだったなあ。いや、失礼失礼。つまり、君は今でも美しい。ただそれを言いたかったんだ。
 孝子にも会うことができたよ。もちろん声はかけなかったけどね。ずいぶんと大人っぽくなったんだな。驚かされたよ。しかも詩織、君にそっくりになってきた。そう、ビデオに出てた頃の君にね。
 詩織、とにかく一度連絡をくれ。話したいこと、話すべきことがたくさんある。最初は電話でいいんだ。無理に押しかけるつもりはない。ただ声を聞かせてくれ。まずそこから始めよう。
 僕の携帯電話の番号は……。

 手の痺れ。それに気づいた時には、すでに手紙は床に滑り落ちていた。
 捨てなければ。こんな物は、早く捨ててしまわなければ。
 詩織は慌てて腰を折った。目の焦点が合わない。伸ばした指先が、手紙を掴み損ねる。そして激しいめまい。
 体制を立て直す余裕もないまま、詩織は床の上に倒れこんでしまった。
 強い痺れで、手足がうまく動かない。呼吸も速くなってきている。このままだと、また意識を失ってしまいそうだ。
 落ち着いて、と詩織は自らに言い聞かせた。もっとゆっくり。呼吸は、もっとゆっくりしなきゃ。落ち着いて。手紙のことはどうでもいい。今は、落ち着くことだけを考えて。ゆっくり。そう。もっとゆっくりよ。

「おーい。起きてるかあ?」
 無言になった携帯電話に向かって、孝子はおどけた口調で呼びかけた。
『あ、うん。起きてる』
 大也の声がようやく聞こえた。しかしそれだけだった。孝子の質問に対する答えは、いまだ彼の中ではまとまっていないらしい。
 私は認めてあげたけど、君の方はどうなの?
 大也を沈黙させたのがその質問だった。もちろん、詩織と卓真の結婚についてのことである。いったい何が彼の口を重くしているのだろう。快進撃を続けるマウンテンズの話題や、また今度パフェをおごってあげる、といった話のときとは大違いの反応なのだ。
「何か、引っかかることでもあるの?」
 孝子は、質問の仕方を変えた。「私みたいなお姉さんは嫌、だとか?」と口に出して、ちょっと照れくさい気分になる。
『嫌ではない』
 微妙な答え。
「それじゃあ……。うちのママが気に入らないとか? 家族が増えると、部屋が狭くなるとか? 今でもたまにおねしょすることがあって、それがばれるんじゃないか不安だとか? マリンちゃんが猛反対してるとか? この中に正解ある?」
『結婚は、別に嫌じゃないよ』
 またしても、微妙な答え。そして、『母さんと、暮らそうかどうか迷ってて』と、今度は予想外の言葉が続いた。
 ああ、そういうことか。
 別れたもう一方の親と暮らす。孝子には思いもつかない選択肢だった。
「君は、どっちと暮らしたいの?」
『どっちも、悲しませたくない』
「うん。そ、そうだね」
 それ以上、どう言っていいのかがわからなかった。孝子が、悲しませたくない、と思える親は一人だけだ。こんな自分に、いいアドバイスなどできるわけがない。
「ところで……」
 話題を変えようと、孝子は無理に明るい声音を作った。
「例の、やんちゃなお友達とは、その後どうなってるの?」
『別に、どうにもなってないよ』
「遊びに行ったりしてないの?」
『口も利いてない』
「どうして? また喧嘩?」
『違うよ』
 わずかな間を置き、大也は消え入りそうな声で続けた。
『父さんのこと、困らせたくないから』
「あのねえ、君……」
 孝子は、寝そべっていたベッドから、ゆっくりと上半身を起こした。自分にも、ようやくいいアドバイスができそうだ。
「人に対して、気を使いすぎ」
 これだけではピンとこないらしい。携帯からは、「え?」という短い声が漏れ聞こえるだけだった。
「私、今わかった。発見しちゃった。君の弱点」
『な、なにさ、弱点って』
「だから、気を使いすぎなんだってば。そこが最大の弱点。必要以上に気を使ってばかりいるから、次から次へと余計な悩みも増えていくんじゃない。そうでしょ? 私の言ってることわかる? 今からそんな悩んでばかりいたら、長生きなんかできないよ」
『ほ、本当?』
「ええ。気を使うのを、今の半分ぐらいにしたら、きっと悩みの数だって……」
『俺、何歳ぐらいまで生きられるの?』
「え? ああ。そうね。うーん、どれぐらいかなあ」
 どうやら、余計な悩み事を、一つ増やしてしまったらしい。
 孝子は、携帯電話を握り直した。何歳ぐらいまで生きられるのか。その難問に答えることはできない。ただ、一つだけ頭にひらめいたものがあった。とっておきの言葉である。
「大也君、よく聞いて。大人っていうのはね、子供が思ってるほどは大人じゃないのよ。これ、わかるかなあ」
『ぜんぜんわかんない』
「まあ、今はわからなくてもいいわ。そのうちきっとわかるはずだからね。でも、大人に気を使いすぎるのだけはやめなさい。大人だって、たくさん間違えるし、たくさん失敗するんだから。それだけは覚えておいて。だいたい君は、いい子ちゃんすぎるんだよ。もっと、子供らしく、というか……」
 しゃべりながら、ふと置時計へと目をやる。思わず苦笑が漏れた。
 いつの間にか、かなりの長電話になっていたらしい。詩織は、もうお風呂から出ただろうか。それとも、浴槽に浸かったまま、得意のオリジナルソングでも口ずさんでいるところだろうか。
 孝子は笑い、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「本当に大人って、子供が思ってるほどは大人じゃないんだから」

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