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ホームチーム 25 大事な話

25 大事な話

 この部屋を訪れるのも、今回で最後になるのかもしれない。
 そう思うと、大也の中に、今日何度目かの迷いが生じた。決心がぐらぐらと揺れ動く。
 木原守も、その祖父栄一も、今は揃ってテレビ画面に釘付けだ。人気アイドルグループの登場が、二人のおしゃべりを中断させたのである。曲のリズムに合わせて、軽く足指を上下させる守。曲の盛り上がりに、思わず歌詞を口ずさんでしまう栄一。
 チャンスかもしれない。そう、今がそのタイミングなのだ。
 二人を横目で見ながら、大也は自分自身に言い聞かせた。この曲が終われば、また野球の話や、アロエの話が始まるに違いない。チャンスはそう多くないだろう。一言だけでいいのだ。詳しい理由を口にする必要はない。シンプルに、一言だけ言ってしまおう。
「お、俺、もうここへは来られないよ」
 リズムを刻んでいた守の動きが止まった。「私のハートに火をつけた、あなたは素敵な放火犯。ずるいわ、ずるいわ、逃げるなんてずる……」と歌っていた栄一の声も途切れた。
 重苦しい空気の中、栄一がゆっくりと立ち上がった。文字通り、重い空気でも背負っているかのような動きだ。
「じいちゃん、ちょっと庭のアロエ見に行ってくるから」
 二人っきりになると、大也は、「父さんに、心配かけたくないから」と言いわけするように付け加えた。
「わかった」
 一言そう言うと、守は大也から視線を逸らした。再びテレビへと向き直る。
 これで目的は果たされた。それはわかっている。わかってはいるが、それでも大也の言いわけは続いた。
「俺的には、来たくないわけじゃないんだけど。どうしても、父さんが、どうしてもってしつこいからさ」
「慣れてるよ、そういうの」
「父さんもさあ。別に、木原が嫌だからとか、そういうんじゃなくて……」
「わかったって言ってるだろ」
 低く迫力のある声だった。それ以上の言いわけは許さない。守はそう言っているのだ。いや、それだけじゃない。友情が壊れてしまったことの悲しみ。親の言いなりになっているだけの、意気地のない友人への軽蔑。きっとそんなメッセージも含まれていたのだろう。
 大也は、無言で部屋を後にした。ドアを閉める前、テレビから流れる陽気な歌声に混じって、もう一言だけ守の呟きが聞こえてきた。
「俺だって、好きでここに生まれてきたわけじゃないんだ」
 本当に、これでよかったのだろうか。
 自問自答を繰り返しながらの帰り道だった。
 数日前、大也は初めて父の涙を見た。驚き混乱した。次にはうれしさに胸を熱くした。そして、その胸の中で約束したのだ。もう、この人に心配かけるようなことはよそう、と。

 理津子の姿はすぐに見つかった。ロシア料理を出す小さな店である。
「ここ、昔よく来てたの。どう? 素敵な店でしょ」
 ワインだろうか。頬にうっすらと赤みが差している。「一杯だけ、先にいただいてたの」と、理津子は軽くグラスを振って見せた。
「話というのは?」
 席に着くなり、卓真はさっそく切り出した。
「相変わらずせっかちね」と、元妻が苦笑する。
「あ、ああ、すまん。俺も何か頼むよ」
 メニュー表を目で追いながら、卓真は肩の力を抜いた。そして、少しだけ警戒心を緩めた。
 大事な話がある。理津子から電話でそう言われ、真っ先に頭に浮かんだのが大也のことだった。家出事件についてである。保護者としての卓真の責任を、ここぞとばかりに責めたてようとしているのでは? そんな思いがつい先ほどまであった。
 しかし、注文したビーツジュースが来る頃には、卓真の気持ちも変化していた。ただの杞憂だったらしい。理津子の表情がそう示している。その穏やかな笑みの中に、攻撃的な色を見つけ出すのは困難だ。
「とりあえず、乾杯しましょ」
 理津子がグラスを持ち上げる。中身は、追加注文したウクライナワインだ。
「あの子が、無事だったことを祝ってね」
「ああ、そうだったな。じゃあ、乾杯」
 初めて飲むビーツジュースは、奇妙な味がした。そして、元夫婦の間に漂っている空気は、それ以上に奇妙だった。
 こうして、顔を合わせたのは数年ぶりだ。こうして、笑顔で向かい合ったのは、さらに数年をプラスしなければいけない。あれから、もうだいぶ経っているのだ。気持ちが離れてから、そして実際に離婚してから。
 男と女は別れ、夫でも妻でもなくなった。それでも変わらないことが一つだけある。父親であり、母親であるということだ。大也を思う心。それが、この奇妙な空気を生み出しているに違いない。
「せっかくだから、このペリメニ、とかいうやつも注文してみようかな」
「あ、それおいしいのよ。水餃子みたいなやつなの。私も、それにしようかなあ」
「ロシアビールってのも、うまそうだ。ちょっとアルコール度数高めのようだけど」
「じゃあ、それでもう一回乾杯しましょうよ」
 あれこれと言いながら、二人でメニューを覗きこむ。くすぐったいような気分になり、卓真は少しだけ身を引いた。きっとこういうことなのかもしれない。別れた妻との理想的関係。もしそんなものがあるとするならの話だが。
「今度の乾杯は……」
 理津子の声音に、いたずらっぽい響きが加わった。運ばれてきたばかりのビールを、ひょいと持ち上げて見せる。
「他に、何かあるのか?」
 やや戸惑いつつ、卓真はグラスを構えた。
「結婚、するんでしょ? 大也に聞いたわよ」
 こちらの反応を楽しむかのように、理津子は、「またしても、会社の部下なんだってね」と白い歯を覗かせる。
 卓真はグラスを引っこめた。
「あいつがどう言ったか知らないけど、はっきりと決まったことなんて何もないよ」
「やさしそうな人。大也、そう言ってたのよ。あなたが再婚しても、別にかまわないってこともね」
 返す言葉が浮かばない。そんな重要なことを、どうして直接言ってくれないのだ。そんな息子への不満は、しかしすぐに別の感情へと移り変わった。ようやく理解してくれたのだな、という安堵である。
「あの子さえ納得したなら、後は、もう何も障碍になるようなものないでしょ? さあ、グラス持ってよ。元妻に、おめでとう言わせてちょうだい」
「い、いや。なんだか、妙なことになってきたなあ」
「いいじゃない。あなただけじゃないんだから、幸せになるのはね」
「え?」
「結婚、私もなの。近いうちにね」
「あ、そうなのか。そういうことなのか」
「そう。だから、ね。早く、乾杯しましょ」
 卓真は再びグラスを手に取った。あくまでも予定ではあるが、お互いの再婚を祝っての乾杯、ということならどうにか納得はできる。
 二つのグラスが重なり、そこから心地の良い音が響いた。
「話って、結局そのことだったのか?」
「ううん。まあ、関係なくはないけど」
「なんだよ。まだ別の話があるのか?」
「そう、大事な話がね」
「じゃあ、早く言えよ。ずいぶん回りくどいな」
「私……。ダイヤが欲しいの」
「ダ、ダイヤ? そんなもん、婚約者に頼めよ」
「違う。大也よ。私の息子、大也のことを言ってるの」

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