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ホームチーム 24 賭け

24 賭け

 電話を終えた警察官に向かって、孝子は軽く頭を下げた。
「ご、ご迷惑、おかけしました」
 ためらいつつも、そんな保護者めいた言葉が口からこぼれ出る。
 若い警察官は、すぐにいやいやと首を振った。
「君が説得してくれたおかげだよ。もしかして君、刑事に向いてるかもしれないなあ。取調べ専門のね」
 警察官の視線が、孝子の隣へと向けられた。
「僕がいくら頑張ろうと、彼の、あの堅い口を割ることだけはとうとうできなかった」
 いたずらっぽく笑う警察官に釣られて、孝子も少しだけ口元を緩めた。そして、チラリと横目で大也の様子を窺った。
 一瞬、ばつの悪そうな顔を上げたかと思うと、大也はまたすぐにうつむいてしまった。交番に連れて来られてから、ずっとこんな態度で、硬く口を閉ざしていたのだろう。火野大也という名前を聞き出すのでさえ、数時間かかったのだと警察官は苦笑していた。
 連絡先は? と問われてさらに小一時間の沈黙。そして、大也が口にしたのが、孝子の電話番号だったのだという。
 その理由について、孝子はあえて聞き出そうとはしなかった。なぜ自分のところへ? という驚きは最初のうちだけだった。大也から以前もらったメール。そこに書かれていた言葉を思い出したからである。父親とは冷戦状態。卓真に連絡を取りにくい理由として、それは十分納得のいく答えに思えた。
「お父さんに叱られるの、それが心配なの?」
 孝子はそっと囁きかけた。本当の弟を相手にしているようで、妙にくすぐったい気分がする。
「きっと大丈夫じゃない? あの人なら、笑って許してくれるような気がするなあ。くだらない冗談言いながらね」
「でも……」
 大也は、弱々しくかぶりを振った。
「最近、すごくぴりぴりしてたから……。そ、それに……」
「それに、なに?」
「法律だけは、絶対に守らなきゃ駄目だって、昔っからうるさく言われてたんだ」
 孝子は、警察官の背中へと目をやった。
「おまわりさん。一つ質問があります」
 振り返った彼の表情には、どこか愉快気な色が浮かんでいた。窓からじっと外を眺めていても、意識だけはしっかりとこちらに向けられていたらしい。
「今回のこと、どんな罪になるんですか?」
 これだけで、質問の意味は通じたようだ。
 そして、警察官の答えも、実にあっさりとしたものだった。
「セーフ、セーフ」
 審判員よろしく、両の手を水平に広げるジェスチャー付きである。
「あちらさんも、被害届出す気はないって言ってるしね」
 孝子は、ほっと胸を撫で下ろした。
 警察官が口にした“あちらさん”とは、運送会社の社長のことなのだろう。倉庫に潜りこんだのは、台風を避けるためだった、という大也の説明を、ストレートに受け止め、そして許してくれたのだ。
 日を改めてから、ぜひ大也を連れてお礼に行かなければ。そう思った途端、孝子は思わず笑い出しそうになってしまった。これでは、まるっきり兄弟ではないか。いや、親子と言った方がいいかもしれない。
「これで、もう安心したでしょ?」
 笑顔で言う孝子に対し、大也の表情は相変わらず冴えないままだ。
「そうだ。賭け、しようよ」
 大也の肩をぽんぽんと叩きながら、孝子はいっそう声を弾ませて言った。
「あの人、お父さんの一言目が、もし冗談だったら、私の勝ち。説教だったら、君の勝ち。それでどう? 何賭けようか。パフェ? それともカレーがいい?」
 大也が、今日初めて笑顔を見せた。「喫茶店のパフェ」と、小さな声で答える。
「あ、来られたようですよ」
 警察官の声に、孝子は椅子から腰を上げた。急いで窓の方へと近づく。
 車から降りる卓真、そして詩織の姿も確認することができた。雨は、いつの間にか上がっていた。
 大也は、じっと椅子に座ったまま動かない。緊張しているのが手に取るようにわかる。
 孝子は、ひたすら大也の予想が当たらないことだけを祈った。もしも卓真が、頭ごなしに叱りつけるような態度に出たとしたら、母との結婚は絶対に認めない。万が一、暴力を振るうようなことにでもなれば、こっちだってもう容赦はしない。ここには、警棒だって、ピストルだってあるのだ。
 それぐらいのことをしなければいけない、という責任を孝子は感じていた。大也を説得したのが孝子だったからだ。お父さんに知らせなきゃ駄目よ、と。逃げていても何の解決にもならないのよ、と。
 間もなくして、卓真、詩織の二人が入ってきた。
 大也が不安げな顔で立ち上がる。そんな彼に向かって、まっすぐ突進していく卓真。嫌な予感がする。卓真の表情には、冗談を口にしそうな雰囲気はいっさいない。
 孝子は握り拳を作った。
 大也の元へと一歩近づき、そして、すぐに足を止めた。
 喫茶店のパフェ。その行き先はどうなるのだろう。
 賭けは、大也の負け。そして、孝子の負けでもあった。
 卓真は無言だった。説教も冗談もなしである。息子を力いっぱいに抱きしめ、ただ涙を流し続ける。卓真のしたことはそれだけだった。
 気がつくと、孝子の右には詩織、左には警察官が立ち、三人でじっと火野親子を見つめていた。
「パフェ、火野さんにおごろうかな」
 孝子が言うと、警察官はすぐさま「それがいいかもしれません」と頷いた。
「な、なに? 何のこと?」
 詩織が、声を震わせながら聞いてくる。もらい泣きで、顔はもうぐしゃぐしゃだ。
「賭け事の話は、聞かなかったことにします」
おどけた口調の警察官に、孝子はぺこりと頭を下げて笑った。
「な、なに? 何のこと?」
 再び詩織が聞いてくる。
「ねえ、ママ」
 孝子は声を潜めた。
「私、反対はしないよ」
 これだけでは通じなかったらしい。
 きょとんとする詩織の耳元に、孝子は顔を寄せた。
「卓真さんとの、結婚」
 詩織からの返答はない。しかし、今度は通じたらしい。
 一瞬の間を置き、孝子は、痛いほどの抱擁を受けることとなった。
「ちょ、ちょっと、ママったら」
 交番で抱き合う二組の親子。これはきっと、びっくりするほど奇妙な光景に見えることだろう。
 詩織に抱きしめられながら、孝子は素早く室内を見渡した。
 気を効かせてくれたのかもしれない。警察官は、再び窓の外を覗いている。そして、彼の向こうに広がる空には、二つ並んだ大きな虹が見えた。そっくり、でもどこか違う。そんな二つの美しい虹だった。

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Re: No title

鍵コメGさん、コメントありがとうございます。

> 最高の愛をありがとう!
> 最高の親の姿をありがとう!
> 分かってても、なかなか出来ないんですよね。
>
> もう!
> 私を泣かせやがって!
> このこのー!

ここで物語を終わりにしてもいいような、今回はなんだかそんなエピソードになりました。
でも、まだ続きます。困難あり、笑いも、うん、やっぱりちょっとはあるかな。

> 私も親に抱きしめられたかったなぁ。

これ、私も経験ないですよ。
日本人ですからね。こういう場面は珍しい方でしょう。

それから、最後の二つの虹。
Gさんのブログ記事が、いいヒントになりました。あの夫婦虹ですよ。
二組の親子と、二つの虹。
これ、なかなかいい絵じゃないですかね。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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