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ホームチーム 21 つまらない大人たち

21 つまらない大人たち

 運転席で話す卓真の言葉に、詩織はじっと耳を澄ませていた。
 マンションまで送るよ。そう会社帰り彼に声をかけられ、初めは断った詩織だったが、相談に乗ってもらいたいことがあるんだ、という真剣な声音に、結局は首を縦に振ることになった。
 相談とは、子供の教育問題に関することだとわかった。卓真に頼られるのはうれしい。ただそれは、詩織にとって、最も苦手なジャンルの一つでもあった。
「え、えーと、ちょっと、ちょっとだけ待っててくださいね。今必死でイメージしてるところですから」
 孝子に不良の友人がいたとしたら、詩織の場合親としてどうする? というのが、卓真から出された最初の質問だった。最初にしてはあまりに難しい。詩織にとっては、ハワイ旅行のかかった最終問題のようにさえ感じる。
「やっぱり、本人に任せるかなあ」
 自信はなかったが、そう答えた。卓真の顔色を窺いつつ、「孝子のこと、信じてあげたいし」と付け足してみた。
「信じるって……。そりゃあ、俺だって、あいつのこと、信じてあげたいとは思うよ」
 卓真が表情を曇らせる。
「だけど、信じるって、よく聞く言葉だけど、いったいどういう意味なんだろう。完璧な人間なんていないだろ? 人生経験の少ない子供なら、なおのことそうだ。自分の子を、信じるか、信じないか。そんな二者択一はおかしくないか? 悪い仲間との付き合いはやめさせる。いくら嫌われても、親としてはそうするべきじゃないんだろうか。俺、間違ってるかなあ」
 言っていることは、詩織にもなんとなくわかった。
 しかし、それだけだった。わかったのは、彼の心の乱れだけで、彼の心を救う答えの方は、残念ながら一向に思いつかない。
「だ、大也君なら、きっと大丈夫」
 それが、今の詩織に言える、精一杯の言葉だった。
 もちろん、それで卓真の表情が晴れることはない。車内は静まり返り、打ちつける雨が、いっそう激しい音を響かせた。
「こんな中……」
 じっと前を見つめたまま、卓真はぽつりと言った。
「孝子ちゃん、帰りは大丈夫なのかな」
「あ、でも、もう帰ってるころだと思う。部活、中止になったらしくて。せっかく復活したのに、今度は台風で中止」
「そうか。まあ、この天気なら仕方がないからね」
「大也君の方は?」
「うん。たぶんもう帰ってると思う。どこかに寄って行くって話もなかったし。まあ、本当は、今日の朝、一言もしゃべってないんだけどね」
「え? 駄目ですよ。それは駄目です。どんなことでもいいから、何か一言でもしゃべらないと。親子なんだし。家族なんだし。基本ですよ。会話は基本です、基本」
「うん、まあ、そうだね」
 卓真の顔に、今日初めての笑みが浮かんだ。苦笑かもしれないが、とにかく微笑んでいる。
「孝子ちゃんがいい子に育ったのは、きっと君のおかげなんだろうね」
「や、やめてください。私なんて、母親として……」
「いやいや、今のは本音だよ」
 チラリとこちらを向いて、卓真は笑った。今度は苦笑ではなく、本物の笑顔だった。
「知り合いに、孝子ちゃんぐらいの娘がいるやつがいてさあ。そいつの話聞いて、女の子も大変だなって思ったよ。その子……」
 そこまで言って、急に卓真の声音が変わった。内緒話でもするかのように、「実は……」と囁き声で続ける。
「え? なんですか? もう一度言ってください」
 うまく聞き取れず、詩織は運転席へと首を伸ばした。
 そして、卓真の言葉に、そのまま倒れてしまうかのような、激しい眩暈に襲われることとなった。
「その高校生の女の子、アダルトビデオに出演してたらしいんだ。お小遣い稼ぎだってさ。まったく、あきれたもんだよ」

 気がつくと、理津子が住むマンションの近くまで来ていた。
 いきなり顔を出して、母を困らせるようなことにならないだろうか。そんな思いが、大也の足取りを鈍らせた。来る時には、前もって電話連絡すること、というのが今までの約束だったのだ。
 雨は小降りになっていたが、とにかく風が強い。葉っぱや紙切れ、ビニール袋などが、大也めがけてひっきりなしに飛んでくる。
 転がってくる空き缶を、ジャンプしてかわし、大也はそのまま近くのコンビニへと駆けこんだ。
 とりあえず雑誌コーナーの前に立つ。その場に鞄を置き、漫画雑誌を一冊手に取った。
 今からでも、電話した方がいいだろうか、とページをめくりながら考える。
 でも、母にどう言っていいのかがわからない。
 私と、一緒に暮らさない?
 それに対する答えを、大也はいまだに出せていないのだった。
 前髪から伝い落ちたらしい。開いていたページに、小さな染みができていた。ちょうど、主人公が泣いているようにも見える。
 それは、不良少年たちが活躍する、大也の好きな人気漫画の一場面だった。
 学校で発生した様々な事件を、少年たちだけの力で解決していく、というのがこの物語のいいところだ。そこには大人の出る幕などない。大人たちは、自分のことを棚に上げ、ただ常識を押しつけるだけ、ただモラルを口にするだけの存在でしかないのだ。
 その辺にいる大人たちには、きっとこの作品の良さなどわからないんだろうな。そう。子供だった頃の自分を、忘れてしまったような大人たちにはきっと。
 結局、父もそうなのだろう。大勢いるつまらない大人たちの一人にすぎないのだろう。
 聞き覚えのある声に、ページをめくる大也の手が止まった。
 そちらとは反対方向へと、素早く顔をそむける。ほとんど反射的な行動だった。背中を丸め、息も止める。そして念じた。どうか、見つかりませんようにと。
「ああ、ひどーい。急に強くなってきちゃった」
 母の声に間違いなかった。豪雨を避けるため、慌てて駆けこんだのだろう。少し呼吸を乱している。
「だから、最初からタクシーにしておけばよかったんだよ」
 男の声。誰だろう。どこかで聞いたことがあるような気もする。
「だって、短い距離だったし」と、ちょっと拗ねたような口ぶりの理津子。
「雑誌でも見て、時間潰していくかい?」と、余計な提案をする謎の男。
「それよりも、私はお酒がいいなあ」
 飲料コーナーへと向かう二つの足音。
「予定、変更にしない? 今日はもう、出かけるのやめて、おとなしくうちで飲みましょうよ」
 理津子がはしゃいだ声で言うと、男は、「<スナック・リツコ>かあ」とおどけた声を出す。
「なあに、その言い方」
「だって、あの店で飲むと、いつも朝まで帰してもらえないからさ」
 二人の笑い声を背中に、大也は小走りにコンビニを後にした。
 今日は、やはり母のところへは行けない。そして、父が待っているだろう自宅へも。

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