スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ホームチーム 19 絶対に口にしてはいけない

19 絶対に口にしてはいけない

「熱なんてないんだってば」
 孝子は、苦笑しながら瞼を開いた。目の前に見えるのは、詩織の心配顔。そして、額に置かれているのは、詩織の柔らかな手だった。
「久しぶりの部活で、疲れちゃっただけだから。それより、早くしないと会社遅れちゃうんじゃないの」
「うん、そうなんだけど……」
 詩織が、ゆっくりと手を引っこめた。チラリと腕時計に目を走らせ、「会社、ずる休みしちゃおうかな」と呟く。
「やめてよ。ママ、この間休んだばかりじゃない」
 孝子がやや強い口調で言うと、詩織はじれったくなるような動作でベッドから離れて行った。
「何かあったら、すぐに電話ちょうだいね」
 ドアの前でそう言い、ドアを開けて、「テーブルに、朝ご飯用意してあるから」とさらに付け加える。
 そして、詩織の姿は、孝子の視界から見えなくなった。
「ママ、ごめん」
  小さな声で謝り、孝子は寝返りを打った。母をだましているようで、少しだけ胸が痛む。
 疲れは確かにあったが、学校を休むほどのものではなかった。ただ、今日一日は、どうしても学校へ行くことができない、というのもまた事実である。本当のことを詩織に話す前に、まずは自分の頭の中を整理しなければならないのだ。孝子にはそのための時間が必要だった。
 目を閉じ、昨夜の光景を思い浮かべてみる。
 背後に感じる何者かの気配。振り向かず足を速める孝子。同じスピードで追いかけてくる足音。コンビニへと駆けこむ、その一歩手前で孝子は振り返った。
 一瞬のことだった。相手を確認できたのは、ほんの一瞬のことだった。見間違えかもしれない。そう。悪い想像が生み出した幻影。疲労による目の錯覚。きっとそうに違いない。
 だいたい、あの男がここにいるはずはないのだ。容貌が似てると感じたのは、今朝見た悪夢のせいだろう。あんな街灯の薄明かりだけで、男の顔をはっきり確認できるわけはないのだから。
 孝子は、勢いよくベッドから身を起こした。
 学校を休んだことを、今になって後悔し始めていた。一日中布団をかぶったところで、いいことなど何一つないのだ。こんなのは自分らしくない。身を潜めるような生活は、もうとっくに卒業したはずではないか。
 とにかく、何か口に入れよう、と孝子はキッチンへと急いだ。昨日は、不安で夕食も喉を通らなかったのだ。
 そして、すぐにそれは目に入った。
「ああ、そうだった」
 ダイニングテーブルの上に用意された、ちょっと形の崩れかけたオムライス。しかも、手書きのメッセージカード付きだ。
<詩織特製 スタミナオムライス 早く元気になーれバージョン>
 孝子は笑い、そして少しだけ泣いた。
 どんな具材が隠されているかはわからない。ただし、母の愛情がたっぷり詰まっていることだけは確かだろう。

 五回裏を終え、大量七点リード。現在四連勝中のマウンテンズは、今日もやはり強かった。ハル・オースティンの完封勝ちをきっかけに、チームは完全に生まれ変わったようだった。
『マウンテンズの勢いが止まりません。五連勝、そして、最下位脱出も見えてきました』
 実況アナウンサーの陽気な声が、卓真の耳を素通りしていった。
『テレビの前にいるマウンテンズファンの笑顔が、目に浮かぶようです』
 アナウンサーは知らない。テレビの前にいるマウンテンズファンの中には、今日一日くすりとも笑わなかった人間もいる、ということを。今日一日まったく言葉を交わさなかった親子もいる、ということを。
 卓真は、チラリと横目で息子の様子を窺った。
 雨降りの中、つい十分ほどまえに帰ってきたばかりで、大也の前髪はまだ少し濡れていた。
「台風、きちゃったな」
 視線をテレビに戻し、卓真は何気ない口調で言った。
 聞こえなかったのか、何も言葉は返ってこない。
「だいぶ濡れたのか?」
 少し間があってから、大也は、「えっ? い、いや。別に……」と、今度は眠りから覚めたような反応を見せた。
「帰り、ずいぶん遅かったな」
「うん。友達のうち寄ってたから。木原のとこ。そこで傘貸してもらったんだ」
「ああ、そうか。台風、きちゃったもんな」
「うん。台風、きちゃった」
 これが、今日初めて交わす親子の会話だった。
「マウンテンズ、今日も勝ちそうだな」
 笑顔を作ろうと思ったが、卓真の表情筋は、あまり主人に対して柔順ではなかった。
 もう二度と、木原なんかの家に寄ったりするな。
 そんな言葉が、喉元まで出かかっている。
「マリンのやつ、さっき一回だけしゃべったぞ。ハールーオーってな」
 卓真が言うと、「あ、そうだった」と、大也はいきなり立ち上がった。何か思い出したらしい。そのままリビングを出て、自室のある二階へと駆けていく。
 階段を駆け上がる足音に、卓真が漏らす大きなため息が重なった。
 どう言って聞かせればいいのだろう。あんな家庭環境の子とは、もう付き合うな。そうストレートに言ってしまうのが、一番楽だということはわかっている。
 しかし、それだけは絶対に口にしてはいけない、とも思う。ヤクザの血を引く子供には、何の罪もないのだ。子供に、親や家庭環境を選ぶことなどできないのだから。子供に選べるのは友達だけだ。その友情関係を、親がぶち壊しにしていいのか。いいわけがない。それは、ただの偏見ではないか。ただの差別ではないか。自分は違う。自分は、そんな最低のことを口にする大人とは違う。
 ドアの開く音に、卓真は思案を中断させた。
「これ、もらったんだ」
 大也は、手に持ったビニール袋を振って見せた。「ハコベだよ、ハコベ」と、楽しげに鳥籠の前に立つ。
「ホームラン、ホームラン」
 ハコベを眼前に、狂喜乱舞するマリン。
「わっ。すごい。ホントに大好物だったんだあ」
 鳥籠を覗きこみながら、大也は目を輝かせている。
「誰にもらったんだ?」
 卓真が尋ねると、「木原のおじいさんだよ」と、大也は声を弾ませた。
「ハールーオー。ワタシハ、マリンデス。ホームラン、ホームラン」
 マリンは、自らのレパートリーをすべて披露し、もっとハコベをよこせと催促した。
「おじいさんって、植物のことすごい詳しいんだ。アロエは特にね。今、いろんなこと研究してるんだってさ。アロエって、傷とかにもいいらしくて、少し分けてもらってきちゃった。わあ、まだ食べるんだ。すっごいなあ」
 大也もマリンも、上機嫌である。
 そして、卓真は口を開いた。
「大也。木原って子と、もう付き合うのはやめにしろ」

にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村
応援クリックお願いします!

20 あの時の言葉
ホームチーム 目次

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: No title

影の編集長こと、鍵コメGさん、さっそくの指摘ありがとうございます。

> みことさん!
> 意図的では無く、変換間違いだ思いましたので。
> 孝子さんがママのメッセージを読んだ後、少しだけないた。
> ないたが、動物の鳴くになっています。
> さんずいに立つの泣くですよね?

おっしゃる通りでした。
ありがとうございます。今なおしました。
何か気がついたら、またお願いしますね。

> シリアス路線に入るのですね。

卓真、あっさりと口にしちゃいました。
作者も、彼と一緒に頭を痛めてます。
ああ、難しいことになってきたなあ。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。