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ホームチーム 12 大きな引っかかり

12 大きな引っかかり

 孝子は、複雑な気分で詩織の背中を見つめていた。
 料理を始めると、必ず頭が痛くなってくる。そう嘆いていた昔の母は、もうどこにもいない。それだけ心が充実しているということなのだろう。キッチンに立つ詩織の後姿からは、無邪気なほどの幸福感が伝わってくる。娘からすれば、それは歓迎すべき光景に他ならない。それはわかっている。
 しかし、孝子は違った。大きな引っかかりをその胸中に抱えていた。もちろん火野卓真のことである。母を変えたのは彼だ。卓真によって、詩織は働くことの喜びに目覚めた。そして、男性への警戒心をすっかり忘れてしまった。
「熱いから、舌火傷しないようにね」
 ダイニングテーブルに皿が並べられた。今夜のメニューは春巻き。しかも、詩織オリジナルの特製春巻きである。うまくいけば、商品化につなげたい。そんな野望のこもった自信作なのだそうだ。
「ちょっと冷ましてからの方がいいかも。あ、でも、揚げ物はやっぱり揚げたてが一番だから。ハフハフしながらなら、たぶん大丈夫。だけど、急いで食べちゃ駄目よ。せっかく、研究に研究を重ねてできた特別な……」
「もう、どうすればいいのよ」
 箸を出したり引っこめたりしながら、孝子は大げさに頬を膨らませて見せた。
「ごめんごめん」と、詩織が顔の前で両手を合わせる。それでも、急におしゃべりを止めることはできないらしく、「さて、いったいどうして、春巻きを作ろうと思ったかわかる?」と、いたずらっぽい笑顔で尋ねてきた。
「どうせ、ハル・オースティンからの連想でしょ」
 あっさりと答えを言い当て、孝子は箸を持つ手を皿へと伸ばした。
「どれにしようかなあ。こっちの、形の崩れてる、いや、オリジナリティー溢れる形のやつ。これにしようっと」
 口に入れた途端、詩織が「どう? どう?」と身を乗り出してくる。
「うんうん。ちょっと待って」
 苦笑しつつ、ハフハフしつつ、孝子は春巻きを味わった。
「何だか、複雑な味がする。あ、これ、フキでしょ。それからタケノコも入ってる」
「そうそう。いろんな山菜を細かくして。あ、どうして、山菜にしたかというと……」
「どうせ、マウンテンズからの連想でしょ」
 あっさりと答えを言い当て、孝子は二つ目の春巻きに取りかかった。
「マウンテンズっていうのも、そうなんだけど。あと、ヘルシーさも考えて」
「ヘルシーって言っても、どうなのかなあ。結局、これ油ものでしょ」
「あ、うん。そうだった」
 たちまち詩織の声に元気がなくなった。
「だけど、味は良かった。商品化されるといいね」
「ホント? おいしかった? ホントにホント?」
 たちまち詩織の元気復活。
 味は確かに悪くなかった。何より、母とこういうやり取りができること、それ自体が孝子を愉快な気分にさせるのだ。胸中に抱えていた引っかかりも、今は少しだけ小さくなったように思えた。
「ねえ、ママ」
 一息ついてから、孝子はそっと尋ねてみた。
「今の仕事、楽しい?」
「うん。もちろん」と詩織。どの程度の楽しさかは、その満面の笑みを見れば察しがつく。
「例えばの話だけど……。これから先、もし再婚するようなことがあったとして……」
「うん。何?」
「もし、もしもよ。その相手の男性から、仕事やめてほしいって頼まれたら、ママどうする?」
「仕事やめるわよ」と、笑顔で即答する詩織。
「え? 何で? ど、どうしてそうなっちゃうわけ?」
 孝子の中で、少しだけ小さくなったはずの引っかかりは、たった今大復活を遂げることとなった。

 大也は、複雑な気分で理津子の背中を見つめていた。
 悪いけど、ちょっとだけそこで待ってて。そう母に言われてからもうだいぶたつ。話しに夢中になっている理津子の後姿からは、置き去りにした息子の存在など、すっかり忘れてしまいました、という雰囲気さえ伝わってくる。
 大也は、近くの自動販売機にチラリと目をやった。それから、再び五メートルほど先のラーメン屋へと視線を戻す。大也と理津子とで、先ほどまで夕食を取っていた店だ。今その前に母はいた。言葉を交わしている相手は、店の主人である。ついさっき、「りっちゃん、ちょっと待って」と、大也たちの背後から声をかけてきたのだ。
 ジュースでも買って、飲みながら待っていた方がいいだろうか。
 大也がそう思いかけた時、不意にラーメン屋の主人と目が合った。母と何やら話しながら、にっこりとこちらへ笑いかけてくる。
 なぜか、嫌な気分がした。母と何を話しているのかはわからない。ただ、世界の経済問題についてだとか、戦争についてだとか、そんな深刻な話ではなさそうだ。ラーメンの感想について、というのとも違う。とにかく、店主と客のごく当たり前の会話には、どうしても見えなかった。
 ようやく戻ってきた理津子が、「ああ、夜風が気持ちいい」と、上機嫌な声を上げた。
 駅までの道を、親子二人で並んで歩く。ついうつむきがちになっていることを、大也は自覚していた。おまけに、かなりの速足だ。
「ちょっと待って、大也。そんなに急がなくたっていいじゃない」
 小走りになりながら理津子が追いかけてくる。「父さんには、言ってあるんでしょ?」と尋ねる口調は、やはり上機嫌続行中といった風だ。
「ねえ、どうしちゃったの?」
 さらに問われ、しかも、今度は腕を掴まれた。親子ではなく、恋人同士がするような、そんな腕の組み方だ。
「ふふっ。こうして歩くの恥ずかしい?」
「べ、別に」
「なあに、さっきから変よ。ホントどうしちゃったの?」
「別に」
 自分でも、どうしちゃったのか、よくわからなかった。今の大也は、「別に」を連発して、理津子からの質問攻めを、かわすことだけで精一杯なのだ。
「ラーメンどうだった?」
「別に」
「そう? あの店、前に取材したことがあってね。ええと、どれぐらい前のことだったかなあ。とにかくいい店だなと思って、プライベートでもよく通うように……」
 それからしばらくは、理津子の一人しゃべりが続いた。別に、を口にする必要はなくなったが、大也の中に芽生えた、わけのわからないモヤモヤしたものは、まったく収まる気配を見せなかった。
 ラーメン屋の主人とはどういう人物か。理津子が口にするほとんどが、そのことについての話だった。独身で、苦労人で、ジョークがうまく、おおらかで、腕が太く、後姿がハリウッドスターの誰かに似てる。内容はそんなところだ。大也には、まったく興味のない情報ばかりだった。
「さっきの話なんだけど……」
 理津子の声のトーンが、少しだけ低くなった。やっと他の話題に変わるらしい。
「その友達、木原君だっけ? その子のこと。やっぱり先生に相談した方がいいと思う」
「だからそれは……」
 大也は顔を上げ、「木原は、誰にも知られたくないみたいなんだってば」と、ラーメン屋で口にしたのと同じ言葉を返した。
「そういうのは、子供だけで解決しようと思っても駄目よ。大人の知恵を借りないとね。部活内で、もしいじめみたいなことがあるんだとしたら、なおさらそうじゃない。それは、学校側の管理責任にも関係してくることなんだから」
「もし、それで野球できなくなったら、どうするのさ」
「今だってできてないんでしょ? 無期停学になってるってさっき言ってたじゃない。しかもその子だけなんて、絶対におかしい。ああ、やんなっちゃうな。私、その先輩後輩みたいな関係、昔からきらいだった。体育会系は特にそう。上下関係作らないと、うまく人付き合いできないだなんて、どうかしてるとしか思えない。それって、ただ群れを作って安心してるだけの弱虫じゃない。そういえば、耕三さんも、それが嫌で会社勤めやめたって言ってたなあ。誰にも縛られたくないし、誰のことも縛りたくないってね。小さな店だけど、あのラーメン屋には、自分のプライドが詰まってて……」
 理津子の話は、いつの間にか変わっていた。またしても、ラーメン屋の主人の話題である。誠実で、男らしく、笑顔が少年っぽく、肩幅が広く、後姿がハリウッドスターの誰かに似てる。内容はそんなところだ。当然、大也には、まったく興味のない情報ばかりだった。

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Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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