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ホームチーム 10 いくつかの記憶

10 いくつかの記憶

 背後からの「君!」という女性の声が、下校中の大也の足を止めた。
 続けてもう一度「カレー好きの君!」という聞き覚えのある声が、勢いよく大也を振り返らせた。
「ああ、よかった。やっぱりそうだったんだ」
 駆け足で近づいてくる声の主は、やはり水本孝子だった。
 彼女がなぜここに? そんな疑問とともに、大也の脳裏にいくつかの記憶が蘇ってきた。孝子と父との、息苦しくなるような数日前のやり取り。そして、父と母との、耳をふさぎたくなるような数年前のやり取り。
「これから、ちょっとだけ私に付き合ってくれないかな」
 無反応の大也に、孝子が軽く首をかしげる。そして今度は、「喫茶店で、パフェでも食べようよ」と、笑顔で付け加えた。大也の顔を覗きこむようにして、「カレーパフェは、ないかもしれないけど」とさらに続ける。
「カレー、そんなに好きなわけじゃないよ」
 大也の口から、ようやくそれだけの言葉がこぼれ出た。少しだけ笑うこともできた。嫌な記憶は、まだ頭の片隅でくすぶっていたが、意外とやさしそうな孝子の雰囲気に、ちょっとだけ気分は軽くなった。
「ごめんなさい。君を傷つけるつもりはなかったの」
 喫茶店の席に着くなり、孝子はそう言って頭を下げた。和食レストランでのことを、謝っているらしいのだ。こうして、彼女がなぜここに、という疑問はすぐに解決されることとなった。
「いろいろ、嫌なこと思い出させちゃったね。ホントごめん。私、すっかり忘れてた。普通の子供にとっては、親の離婚は辛いものなんだってこと」
 孝子は、フルーツパフェを一口食べ、「私は、ぜんぜん普通の子供じゃなかったからさあ」とおどけるように言った。
 話を聞きながら、大也の中にいくつかの質問が浮かぶ。水本さんは、辛くなかったんですか? どちらの親と暮らすか、迷わなかったんですか? 親の離婚を止められなかったこと、後悔してないんですか?
 しかし、実際口にできたのは、まったく別の質問だった。
「水本さんって、ソフトボールで、どこ守ってるんですか?」
「ピッチャーよ。あ、そうそう。君も、野球好きなんだってね」
「今は、見るだけですけど」
「どうして? 中学に、野球部ぐらいあるんでしょ」
「あ、はい。でも……」
 大也は手を止めた。スプーンに写る自分の顔、その悩み多き顔とにらめっこになる。
 孝子に相談してみようか。ふとそんな考えがよぎった。高校生、しかもソフトボール部の彼女なら、何かいいアドバイスをしてくれるかもしれない。野球部にまつわる嫌な噂について。そして、友達が巻きこまれているだろう事件についてのことだ。
 しかし、実際口にできたのは、まったく別の相談だった。
「ハコベって、どこかで売ってるのかな」
「え? ああ、あの話ね」
「マリンに、食べさせてみたくて。あ、マリンっていうのは、うちのセキセイインコのこと」
「どうなのかなあ。私、ぜんぜん動物詳しくないから。うちのママは、小さい頃、いろいろ飼ってたみたいだけど」
「水本さんのお母さん、この間は面白かったです」
「そう? まあ、面白いといえば面白いかな」
「面白かったし、やさしそうにも見えた」
 孝子は困ったような、それでいて、どこか愉快気にも見える表情になった。
「うちのママの印象、君の目には、少なくともよく映ったってことね」
「うちの……」
 大也は、父さんの印象は? という質問を寸前のところで呑みこみ、「うちの家の中、ちょっとカレーくさくなってきたんだ」という、百パーセントどうでもいいような情報に切り替えるのだった。

 卓真は、仕事帰りにペットショップへと立ち寄った。詩織に教えられた店である。彼女の記憶が正しければ、以前その店で、ハコベの種が売られているのを見たことがある、とのことだった。
「ごめんなさい。私の記憶、正しくないことの方が多いんです」
 またやっちゃった、という風に、詩織がばつの悪そうな顔をする。
 ハコベの種はなかった。店員によると、過去に売っていたことも、ただの一度もなかったのだそうだ。
「いいんだよ。そんなこともあるだろうな、と思ってたから」
 口に出してから、卓真は、すぐにその言い方のまずさに気がついた。「記憶違いは、誰にでもよくあることだから」と慌てて付け加える。
「私の記憶違いは、そんなレベルの話じゃないんです。普通の人と一緒にしないでください」
 詩織が、なぜかちょっとむきになったような口調で言う。どうやら、付け加えた側の言葉の方がまずかったらしい。
 その後、せっかく来たのだからと、二人であれこれと店内を見て回ることにした。愛くるしい動物たちの姿は、卓真の目を楽しませ、詩織の話す過去の失敗談は、卓真の耳を楽しませた。
「そいつは、ひどいな」
「そんなに笑わないでください。その時は、本当にパニックだったんですよ」
 すでに死んでいると思っていた親戚が、突然詩織の目の前に現れた、という話である。悲鳴を上げながら逃げ惑い、危なく車に撥ねられそうになった、という笑わずにはいられない話である。
 二人の足は、小さな水槽の前で止まった。そこは観賞魚売り場。それぞれの水槽には、そこで泳ぐ魚についてのことなのだろう。手書きの文字による簡単な説明が記されてあった。
「成長の途中で、メスの一部が、オスに性転換する場合があります」
 詩織は、書いてある説明のままに読み上げた。
「気の毒に」という卓真と、「うらやましい」という詩織の感想が重なった。
「どうして?」と、再び声を合わせる二人。
 まず詩織が先に、「だって、お父さんにもなれるんですよ」と持論を展開させた。
 娘には、やはり父親が必要なのではないだろうか。最近そう思えてならないのだと詩織はいう。一番近くにいる異性。その存在は、きっと娘の男性観にも影響を与えるはず。それはもしかすると、彼女の一生にも関わるかもしれない重要なこと。娘の幸せのためになら、自分は喜んで性転換することだろう。
 詩織は最後に、「私がお父さんになったとしても、娘が幸せと感じるかどうかは微妙なんですけど」と笑顔で締めくくった。
「うん、なるほどねえ……」
 曖昧な反応しかできない卓真だった。今度は自分の番、とわかってはいたものの、スムーズに言葉が出てこない。
「卓真さんはどうしてなんですか? 気の毒って」
「あ、ああ。どうしてだったかな。すっかり忘れちゃったな」
 卓真は胸の熱くなるのを感じていた。孝子に対する詩織の思い。たった今、その深い愛情に触れることができたような気がした。
 ちょっと変わったところのある彼女ではある。それでも、やはり母親であることに違いはない。そう。母親とは、本来こうあるべきものなのだろう。
 それにひきかえ……。
 卓真の脳裏に、二人の女性の顔が浮かぶ。卓真の母。そして、別れた妻、理津子の顔だった。

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11 誓いの言葉
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Re: No title

鍵コメGさん、コメントありがとうございます。

Gさんも、難しい子だったんですね。
私もたぶんそうでしたよ。
言いたいことがうまく伝えられない、という点が、まさに大也そっくりでした。

> 年を取り、私は子供なりに物凄く辛かったけれど、親も辛かったんだろうと思えるようになりました。

大人になると、いろんなことが許せるようになるものです。
最近ですよ。私が、ピザの上のパインを許せるようになったのは(笑)

> そちら、雨は大丈夫ですか?

札幌は、昨晩からずっと雨降りです。
気温も湿度も高い状態が続いてます。
とは言っても、そこは北海道の夏ですから。
今年も、扇風機なしで乗り越えられそうです。
エアコンって何? てな感じですよ(笑)

No title

この子供二人は、案外上手く打ち解けられそうな気がしますね。
孝子もまずは母親の味方というスタンスを守ったままだけど、大也に悪い印象はもってないみたいだし。

大人二人はもうすっかり良い感じで時間を過ごしているように見えます。
お互いを尊敬し尊重しようとしているのが伝わるし。
あと少し何なんだけど、そのあと少しが難しいんでしょうね。

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> この子供二人は、案外上手く打ち解けられそうな気がしますね。

そうですね。
しっかり者のお姉さんと、おとなしい弟。
本物の兄弟としても、この二人いいコンビかもしれません。

> 大人二人はもうすっかり良い感じで時間を過ごしているように見えます。

冗談好きの夫と、天然な妻。
こちら二人の組み合わせもありですよね。
今ふと思ったんですが、さんま&しのぶ夫妻がこれに当たるかも。
あ……。ということは失敗するってことになるか(苦笑)

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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