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ホームチーム 8 母と娘の立場

8 母と娘の立場

 中学を無期停学になった友人に、いったいどんな言葉をかけてあげればいいのか。大也は授業中ずっと考えていた。給食時間も食べながら考えていた。下校中も歩きながら考えていた。そして、友人宅の前でしばし立ち止まり、改めて考えてみた。
 けれど、いい答えなどやはり簡単に出るものではない。
 勇気あるね。ドキドキしなかったの? きっと心臓にはよくないんじゃないかな。何回か練習はした? あの<どうしても手に入れたい物>って曲すごくいいよね。
 どれも駄目だ。CDを万引きした友人相手に、果たしてふさわしい話題などあるのだろうか。
 その場でぐずぐずしていると、一人の老人が、庭の方から姿を現した。
「あ、どうも。僕、火野です。木原君いますか?」
「わしも、木原を名乗る人間の一人だが」
「あ、はい。守、木原守君のことなんですが」
「だろうな」
 鋭い眼光でじっと大也を見つめてから、老人はドアを開け、「まあ、よろしく頼むわ」と、部屋の奥に向かって顎をしゃくって見せた。
「おじゃまします」
 大也は、さっそく守の部屋がある二階へと急いだ。ところが、「アロエは好きか?」という老人の声に、その足を階段の途中で止めることとなった。
「え? 何ですか?」
「アロエは好きかと尋ねたんだ」
 階下から大也を見上げながら、老人は軽く手を持ち上げて見せる。そこには、透明なビニール袋が握られており、おそらくそれがアロエなのだろう。中に何やら緑色したものがいくつか入っていた。
「えーと、ア、アロエは……」
 二階からドアの開く音が聞こえ、大也は、助けを求めるような気持でそちらを見上げた。
「いいから、早くこいよ」
 守がドアの隙間から手招きする。
「うん、わかった」と大也。
「うん、じいちゃんも」と老人。
「昨日のテレビのやつ、持ってきたよ」と、鞄からDVDを取り出す大也。
「ようやく食べごろになってきたぞ」と、ビニール袋からアロエを取り出す老人。
「座布団はいいよ。さっきから暑くてしょうがないんだ」と、額の汗を拭う大也。
「その座布団じいちゃんにくれ。近頃膝が病んでしょうがないんだ」と、額の汗を拭う老人。
 それからしばらくは、今年の夏は異常に暑いような気がする、などといったどうでもいい内容のことを、大也と守と、なぜか老人との三人で話し合った。ちなみに、夏バテには、アロエが効く、というのがその話し合った上での結論である。
 木原守は、大也が中学に入ってできた初めての友達だった。ここを訪れるのも、今回で四度目になる。両親は出かけていることが多いらしく、実際、大也はそのどちらとも顔を合わせたことがなかった。
 今日も守一人だけなのだろう、と当たり前のように思っていた。しかし違った。予想していなかった分、その老人の突然の出現は、大也を大いに戸惑わせることとなった。
 守の説明によると、彼の名は木原栄一。一緒に暮らすようになってから、今日で三日目になるのだという。アロエの話は、ただ黙って聞き流してくれればいいとのこと。ちょっと変わり者だけど、怖がる必要はない。守にとっては、何でも話せるやさしいじいちゃんなのだそうだ。
 栄一の説明によると、娘から電話連絡を受けたのが四日前。息子の守が大変なことをしてしまった。私にはどうしていいのかわからない。今すぐ飛んできてくれ、というのがその内容だった。膝が病んでいるため、飛んでは行けなかったが、出来る限りの力で先を急いだのだという。もちろん、アロエの鉢は忘れずに持ってきたのだそうだ。
 その後、三人でDVDを見た。中身はテレビのスポーツニュース。大也が昨日録画したものである。
『ワタシノナマエハ、ハル・オースティン。ニッポン、スキネ。サムライ、モットスキネ』
 記者会見の映像だった。席に座る大男は、メジャーリーグからやってきた剛腕ピッチャー。マウンテンズファン期待の助っ人外国人である。
「これ、すっかり見逃してたよ」
 テレビ画面を食い入るように見つめたまま、守は、「やってくれそうな気がする」と興奮気味に呟いた。
「ああ、きっとやってくれるさ。ほら、あの二の腕見てみろ」と、栄一もすかさず後に続く。
「早ければ、再来週には先発するらしいよ」
 追加情報を口にしつつも、大也の本当に話したいことは別にあった。先ほどから、ずっとそのタイミングを計っているのだが、なかなかうまく切り出すことができない。
 今日ここへ来たのは、万引き事件の真相を知るためだった。野球部の先輩たちが、日頃守にどんな態度を取っているのか、ある程度のことは、噂という形で大也の耳にも入っていた。もちろん悪い噂として。
 先輩の命令は絶対だ。それは、今までに何年も続けられてきた悪しき伝統、野球部に伝わる影の掟なのだという。飲酒の強要や金銭の要求、トレーニングと称しての理不尽な暴力。大也が入部を躊躇したのも、そんな噂話によるものが大きい。
 守がやったというCDの万引きも、もしかすると、先輩の指示によるものではないだろうか。そんな疑念、いや、今では確信と言ってもいいほどの思いが、大也の頭の中にはあった。
 両親や祖父、そして学校側に対して、守はどんな説明をしているのだろうか。もし、先輩からの命令で、と正直に言っているのであれば、守一人だけが停学処分を受けるのはおかしい。
 やはり、掟には逆らえない、ということなのだろうか。いや。そんなのは、絶対に間違っている。
「守、正直に言った方がいいと思うよ」
 大也は思い切ってそう言った。渾身の力をこめたつもりだったが、実際には声が震えてしまっていた。
 それでも、意味は通じたらしい。短い時間の中で、守の表情が二度変化した。はじめはキョトンとし、それからすぐに目つきがきつくなった。余計なこと言うなよ、とその目が語っている。
「なんだ? なんのことだ?」と、しきりに首をかしげる栄一。
『好きな日本料理はありますか?』と、のんきな質問をするインタビュアー。
『ラーメン、スキネ。カレーライス、モットスキネ』と、微妙な答えを返すハル・オースティン。
 そして大也は言った。精一杯のごまかし笑いとともに。
「ああ、俺も一番はカレーだなあ」

 これって、大発明だわ!
 あまりの喜びに、両の拳を天に突き上げた、その次の瞬間だった。
 詩織の耳に届く何者かの声。
 それは、お仕事ごくろうさま、というねぎらいの言葉でもなく、ノーベル賞決定ですね、という賞賛の言葉でもなく、その発明は、我々の組織がいただく、という脅しの言葉でもなかった。
「ねえママ。起きなさいってば」
「ああ、孝子。私の、は、発明品は……」
「なに寝ぼけてんのよ」
 娘の言う通りだった。
 ここは、いつも見慣れた自宅のリビングルーム。詩織がソファーに倒れているのは、決して悪の組織に襲われたからではない。
「ちゃんと自分のベッドで寝てよ。明日も仕事あるんでしょ」
 あきれたように言い、孝子は、「何これ?」とテーブルの脇に手を伸ばし、落ちていた一冊のノートを拾い上げた。
「そのパジャマ、かわいいね。前から持ってたっけ?」
 詩織は、まだぼんやりとした意識で孝子を眺め、それから壁の時計に目をやった。
 午前二時。夢の中での研究は、一時間ぐらいだったようだ。
「あ、そうだ。発明。私、大発明したの。ちょっと、それ返して」
 孝子の手から、大切な研究ノートを奪い取る。すかさず中身をチェック。隅々までチェック。繰り返しチェック、チェック。
「ああ、わ、私の、大発明が……」
 そして詩織はうなだれた。
「何かのレシピみたいだったけど、何なのそれ」と、不思議そうに首をかしげる孝子。
「間に合わなかった。ああ、書き留めておく時間が足りなかったの」
「だから何を?」
「大発明に決まってるじゃない」
「それって、夢の中での話よねえ」
 再びあきれ声に戻った孝子は、「ちなみに、どんな発明だったの?」と、うつむく詩織の顔を覗きこんだ。
「覚えてるぐらいなら、こんなに落ちこんでるわけないでしょ」
「そうだったんだ。かわいそうに」
 孝子の口ぶりは、穏やかでやさしいものに変わっていた。まるで母親。そう。まるでそれは、むずかる子供に対する母親の声音そのものだった。
「今からでも間に合うかもよ。ベッドで、その夢の続き見てきたら?」
 これでは、母と娘の立場が、まるっきり逆ではないか。そう思うと、詩織は急に笑い出したい気分になった。
「そうする。うん。今からなら間に合うような気がしてきた。何かの大発明したのは確かなんだから」
 寝室へと向かいかけた詩織の背中に「ねえ、ママ」という声がかかる。
「楽しみね、あさっての食事会」
 孝子のその言葉、その笑顔は、詩織を少しだけ戸惑わせた。本当に、火野親子との食事会のことを言っているのだろうか? だとすると、娘のその反応はあまりに意外すぎる。
 とはいえ、詩織にとってそれは、決して嫌な驚きではなかった。いい夢の続きが見られそう。そんな気分だった。

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札幌在住のアマチュア作家

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