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ホームチーム 7 裏の顔

7 裏の顔

 大也は、落ち着かない気分で夕食のカレーライスを食べていた。決してカレーが苦手だからというわけではない。落ち着かないのは、それが人に見つめられた中での食事だからである。
「どうだ。うまいか? そのカレーうまいのか?」
 卓真はじれったそうに言った。正面の席に陣取り、その熱い視線で、大也を落ち着かない気分にさせているのが彼である。「正直に言ってみろ。嘘はなしだ。嘘をついたって、後でちゃんとわかるんだからな」と、取調べの刑事さながらの口調で続けた。
「うん。おいしいよ」
 大也は答えた。これはきっと、火野家に生まれた人間の宿命みたいなものなのだろう。そんなあきらめを、心の奥に隠しつつ、「マウンテンズカレーよりは、ずっとおいしいよ」と笑顔で付け加えた。
「どんな風においしいんだ? もっと具体的に言ってみろ」
 卓真は追求を緩めない。作り笑顔一つで納得するような、そんな軟な刑事ではなかったようだ。
「具体的にって言われても……。だから、マウンテンズカレーよりは、おいしいってば」
「あんな失敗作と比べてもしょうがないだろ。もっと他に感想ないのか?」
「自分の会社の商品、よくそんな言い方できるね」
「失敗は潔く認める。これが男ってもんだ」
「胸張ってるけど、ぜんぜんカッコよく見えないよ」
「いいから、何か気づいたことはあるだろ? それを教えてくれ。今のお前は、俺の息子なんかじゃないんだ。大きな責任を背負った一人の人間。そう。お前は名誉ある選ばれた人間なんだぞ」
 卓真が勤める食品会社、そこの新商品の試作品ができるたび、大也はこうして一般人代表という、ありがた迷惑とも言える立場に選ばれてしまうのだった。
「気づいたことは……」
 大也は、少し考えたふりをしてから、「卵。うずらの卵が入ってた」と、これも少し感心したふりをしながら言った。
「そうだ。いいところに気がついたな」
 予想通り、単純に喜ぶ父である。
「新しいと思わないか? このチキンカレー。ただのチキンカレーじゃないぞ。親子どんならぬ、親子カレーだ」
「でも、鶏とうずらは親子じゃないよ」
「同じ鳥類じゃないか。それに、うずらの子供からすれば、うずらの親より、鶏の親の方がきっと頼りに見えるはずだ」
「これ、もしかして……」
 大也は目の前の皿を見つめた。味はまあまあだと思う。けれど、一つだけ気になることがあった。
「商品名、<マウンテンズ親子カレー>にするつもり?」
 嫌な沈黙。
「まさか、そんな安易な名前にするわけないよね」
 慌てて続け、「同じ失敗繰り返すわけないか」と、さらに付け加えた。
「マウンテンズってのは付けない。商品名はまだ考え中だ。でも、マウンテンズっていうのだけは、もう絶対に付けない」
 気のせいか、卓真のその口調には、男としての強固な意志のようなものが感じ取れた。
「言っておくけど、ただの、<親子カレー>じゃ、ますます安易だからね」
「そうかな、やっぱり。<親子チキンカレー>でも駄目か?」
「だから、駄目だってば。うずらと鶏なんだからさあ」
「じゃあ、<偽りの親子カレー>でどうだ」
「ああ、食べる気なくしそう」
「<禁じられたチキンカレー>でもいいぞ。そういうの、逆にウケると思うんだがなあ」
 笑いながら話す卓真に、ついつい大也も吹き出してしまう。男としての強固な意志のようなもの。そう感じた先ほどの父の口調は、やはりただの気のせいだったらしい。

「男の人って、ホント馬鹿みたいですよね」
 返事の代わりに、孝子は、その声の主を軽く睨みつけた。男が馬鹿という点に異論はない。ただしそれは、もっと声を潜めるべき話題のはずだ。特に、こんな満員電車の中では。
「あの変態男、何て言ってるか聞きました?」
 こずえのよく通る高音が、ほんの少しだけ小さくなった。女子高ソフトボール部キャプテンの一睨みには、おしゃべり大好き少女の口を封じるだけの力はないらしい。
「静かに」
 孝子は、こずえの耳に顔を近づけ囁いた。電車が揺れ、吊革を握る手に思わず力が入る。
「いいじゃないですか。もう逮捕されたんだし」
 こずえがよろけながら言った。口を少し尖らせ、「先輩、なんでそんなに人の目気にしてるんですか?」と不満げに続ける。
 人の目、正確には男の目。孝子がそれを気にするのにははっきりとした理由があった。男がただの馬鹿でしかないなら、何も問題はないし、何も恐れることはない。その馬鹿さ加減について、大声で心ゆくまま語り尽くせばいい。しかし違うのだ。男とはただの馬鹿ではない。男とは、凶暴性を秘めた馬鹿なのだ。
「あの変態、ソフトボール部なら、そんなに警戒されてないだろうと思ったって、そう言ってるらしいんですよ」
 こずえは小声でしゃべり続けている。不愉快そうな、それでいてどこか楽しげな口調だった。
「本当はテニスウェアの方がよかったんだって、それ私たちに対して失礼じゃないですかあ。ソフトボール部のユニフォームで、我慢したんだって、そういうことでしょ。ひどくないですか、それって」
 こずえが変態と呼んでいるのは、六日前に逮捕された男のことだ。容疑は窃盗罪。自宅アパートからは、大量のセーラー服とテニスウェアが発見された。そして、孝子たちソフトボール部のユニフォームもその中にはあった。
 どういうこだわりなのかわからないが、セーラー服とテニスウェアは、きれいに折りたたまれ、高級なキリの箪笥に仕舞いこまれていたらしい。一方ソフトボール部のユニフォームはというと、ただ乱暴に丸められ、スーパーのレジ袋にレシートと一緒に押しこまれていたのだという。
 確かに、変態と呼ぶにふさわしい男だ。逮捕されて当然。冷たい檻の中で、自分の宝物、大切なコレクションが失われたことを思って、いつまでも悔し涙を流し続ければいい。
 ただし、その男一人逮捕されたからといって、まだまだ安心するのは早い。電車内での痴漢や、卑猥ないたずら電話、通学中に起きたとされるストーカーなど、未解決な騒動は残っている。檻の中に閉じこめておくべき変態男は、まだまだ他にも存在しているのだ。
「部活、いつになったら再開できるんですかね」
 残念そうな口ぶりで言い、こずえは「じゃあ、私ここで」と、止まった電車から足早に出て行った。口調とは裏腹に、後姿はとても残念がっているようには見えない。うまくいけば、しばらくは部活でのきつい練習から解放される、とその軽い足取りは言っている。
 ソフトボール部の活動ができなくなってから、もう三週間近くになる。窃盗犯が逮捕されてからもそれは変わらない。生徒の安全のために、心のケアのために、念のために、という学校側の指示によるものである。
 無邪気でいいなあ、と孝子は胸中で呟き、小さな吐息を窓ガラスへとぶつけた。自分はこずえのように生きることはできない。今日、改めてその事実に気づかされた。
 男性に会うたび、ついその人の裏の顔を想像してしまう。さわやかな笑顔には、嫌悪感を覚え、やさしい言葉には、疑念を抱いてしまう。自分でも悪い癖だとはわかっている。けれど変えることはできない。今だってそうだ。この電車の中に、うちの学校の生徒を狙った痴漢、あるいはストーカーが潜んでいるのではないのか。先ほどのこずえとの会話を、ニヤニヤしながら盗み聞きしていたのではないのか。そんな思いばかりが、孝子の頭の中を支配し続けていた。
 こずえが無邪気でいられるのは、男の怖さを知らないためだ。もしそれを知っているのなら、あんなに無防備ではいられないはず。そう。男の怖さを知っている女なら……。
 孝子の脳裏に、ふと詩織の顔が浮かんだ。孝子以上に、そのことを知っているはずの母。それなのに、なぜ?

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8 母と娘の立場
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No title

天然のけいです。実は時々、言われます(よく、ではない ^^;)

両方の家庭の事情が、少しずつ見えてきましたね。
<偽りの親子カレー>と、<禁じられたチキンカレー>にはやられました^^

コスプレ、そうですよね。自分の部のユニフォームはショックですよね。しかも扱いが・・・
ちっちゃい子がプリンセスになるのはかわいいのに、ババアがプリンセスはやっぱり嫌ですよね。(ちと関係なかった・・・)

母子家庭側の元夫も、そのうちに登場するのでしょうか。
わけありな事情が気になりますね。

No title

大也と卓真のやりとりは毎回ホッとしますね。
大也はかなり、気の毒だけれど。
卓真って、大人なりの責任感や社会性はきちんと持っているけれど、どこか威厳がないというか。
きっと詩織さんは、そんな柔らかさがいいんでしょうね。
大也ももう少し大人になれば、卓真を分かってあげられるんだろうけど。
まあ、嫌味のない平和な関係ですね。

孝子の方はちょっと深刻ですね。
男に不信感と嫌悪感を持っているのか。
それじゃあ、あの対面式は嫌だったんだろうな~。
見知らぬ男たちといきなり家族になるのですから。
孝子に卓真の人畜無害っぷりが、理解できればいいんですけどね。

それにしても、ソフトボール部のユニホーム、可愛そうだ・・・。

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> 天然のけいです。実は時々、言われます(よく、ではない ^^;)

あ、やっぱり。
そのキャラクターで、得をすることも多いんじゃないでしょうか。
天然の人って、基本的に人から好かれますから。

> <偽りの親子カレー>と、<禁じられたチキンカレー>にはやられました^^

このうずらの卵入りカレー。なかなかいいと思いませんか?
どこかの企業に売りこもうかな(笑)
小説を書くという作業は、いろんな立場の人になって、いろんなことを考えなければいけない。それが難しさでもあり、面白さでもありますね。
こんなきっかけがなければ、インスタント食品のメニューを考えることもなかったでしょう。

> 母子家庭側の元夫も、そのうちに登場するのでしょうか。
> わけありな事情が気になりますね。

はい。いずれ登場してくると思います。
いわゆる、DV男です。私の作品中、最悪キャラになりそう。

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> 卓真って、大人なりの責任感や社会性はきちんと持っているけれど、どこか威厳がないというか。
> きっと詩織さんは、そんな柔らかさがいいんでしょうね。

そうですね。
大人二人の方が、無邪気で子供っぽいのかもしれません。
そんな親を持った子供が、同じような無邪気さを受け継ぐかといえば、そうとは限らないように思います。むしろそうならない方が多いような。

> 孝子に卓真の人畜無害っぷりが、理解できればいいんですけどね。

いつもの自分を見せるのがいいとわかっていても、人は多かれ少なかれ、普段の自分を隠してしまいますね。
最初に、自分以上の自分を演じてしまった。結構それが、離婚原因の根っこにある場合が多いんじゃないかな。

> それにしても、ソフトボール部のユニホーム、可愛そうだ・・・。

痴漢の立場になって考えてみると、やっぱりソフトボールのユニフォームは人気がないんだろうと思います。たぶんですよ、たぶん。
決して、痴漢の気持ちを理解してあげたいというわけではないんですよ(苦笑)

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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