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ホームチーム 2 星の輝く夜

2 星の輝く夜

 大也は、一人ぼんやりと天井を見つめていた。自室のベッドで、こうして仰向けになっているのは、決して眠たさのせいではない。原因は父にあった。そう。大也を何も手に付かない状態にしているのは、先ほど卓真が口にした言葉のせいなのである。
 大也、お前、新しい母さん欲しいか?
 その質問は、大也をひどく戸惑わせた。そして今でも戸惑わせている。
 急に、どうしたのさ。と一言返すのが精一杯だった。それからすぐに自室のある二階へと駆け上がったのである。
 なぜ、急にあんな質問を?
 見つめる天井には、もちろんそれに対する解答など浮かんではいない。
 プロ野球中継がない日でも、普段はたいていリビングでテレビを見ている時間だ。しかし、今日はとてもそんな気にはなれなかった。父と二人っきりになることだけは、とにかく避けたかった。
 お前、新しい母さん欲しいか?
 その質問は、お前、もうすぐ新しい母さんができるかもしれないぞ。というセリフに置き換えることもできる。そして、お前、父さんが結婚しても文句ないだろ。という意味にも聞こえる。
 そう。父が言わんとしていることは、それ以外に考えられない。
 それにしても……、と大也は大きく吐息をついた。
 出勤時のあの陽気さと、帰宅後のあの落ちこみぶりは、いったいどういうことだろう。今日の父に、いったい何が起きたというのだろうか。
 見つめる天井には、やはり解答など浮かんではいなかった。
 今の大也にとっては、慣れない中学校生活、それだけでも大きなストレスである。できることなら、もう少しこのままでいたい。今はどんな変化も望んではいなかった。
 お前、新しい母さん欲しいか?
 そもそも、それって、子供にしちゃいけない質問ではないだろうか。特に、思春期を迎えるデリケートな子供には。特に、父親には内緒で、こっそりと母親に会っているような子供には。

 詩織は、一人ぼんやりと天井を見つめていた。自室のベッドで、こうして仰向けになっているのは、決して眠たさのせいではない。原因は彼にあった。そう。詩織を何も手に付かない状態にしているのは、昼休みに卓真が口にした言葉のせいなのである。
 結婚してください。
 そのプロポーズは、詩織をひどく戸惑わせた。そして今でも戸惑わせている。
 今日の昼間、喫茶店での出来事だった。
 いつものように二人向かい合わせに座り、いつものようにウェイトレスが注文を聞きに来た。そんなタイミングである。ついでに、隣の席では、若いカップルが別れ話をしていた。そんなタイミングである。
 結婚してください。
 ご注文はお決まりですか?
 私の青春を返して!
 重なり合った三つの言葉。詩織がすぐに反応できたのは、そのうちの一つに対してだけだった。
 ミルクティーとモンブラン。
 当然、ウェイトレスに向かっての言葉である。当然、一番答えやすい言葉である。ちなみに、一番難しいのは、どうすれば青春を返せるかについての言葉だろう。
 当たり前ではあるが、卓真と詩織との間には、しばらく微妙な空気が流れ続けた。タイミングがまずかったということに気づいた卓真。そして、何か言葉を返さなければいけないと焦る詩織。
 結婚は考えていないんです。
 ようやくそれだけを口にできた。私とは遊びだったのね、という非難の言葉が隣席から聞こえてくるのと、ほぼ同じタイミングだった。
 最悪である。タイミングはもちろんのこと、プロポーズの答えとしてもである。明らかに言葉足らずだった。あれではまるで、迷惑がってでもいるみたいではないか。
 詩織は、いきなりベッドから飛び起きた。昼間のことを思い出すと、もういても立ってもいられなくなったのだ。
 大急ぎでバッグから携帯電話を取り出す。どんなことを言えばいいのか、まだ整理はついていない。とにかく誤解を解かねば。頭の中に今あるのはそれだけだった。
『もしもし』
 聞こえてきた卓真の声に、いつものような快活さは感じられない。
「あ、部長。私です。水本です」
 慌てていたせいか、つい会社での呼び方を口にしてしまう。「た、卓真さん、昼間のことなんですけど」と、詩織は早口で言いなおした。
『ああ……。いや、あれは、もういいんだ』
「よくありません」
『あのことは忘れてくれ』
「忘れられません」
『俺が悪かったんだ』
「悪かったのはタイミングです。そして、私の答え方です」
 沈黙。
 詩織の視線は、窓の外へと向けられていた。もうすっかり日が暮れている。たった今そのことに気がついた。
「星がきれい」
『え?』
「星です、星。そこから見えますか?」
『ちょっと待って』
 カーテンが開かれる音。
『ああ、本当だ』
「今度は、四人で会いませんか?」
『四人?』
「はい。大也君と、うちの娘とを加えての、四人でです」
『まあ、それはいいけど……』
「約束ですよ。星の輝く夜は、嘘をついちゃいけないんですから」
『えーと。それ、何かの言い伝え?』
「私が、子供の頃に決めたルールです」
『そうなんだ。じゃあ、守らないとね』
「私、ゆっくりがいいんです。卓真さんとは、特にゆっくりがいい。大切なことは、急いじゃいけないんです。これ、最近決めたルールなんです」
 今夜の電話で、どれだけのことが伝えられたか詩織にはわからなかった。自信が持てなかった。素直な気持ちを口にしたつもりでも、相手には理解されない。そんな経験を、今までに何度も繰り返してきたせいである。一人娘の言葉を借りるなら、詩織は、正真正銘混じりっ気なしの天然、というキャラクターに分類されるのだそうだ。
 そういえば……、と彼女は、初めて卓真と会った時のことを思い出した。
 水本さんって、天然なんですね。
 卓真もやはりそう感じたらしい。それでも嫌な気はしなかった。これから彼の下で働けることに、ちょっとした幸福さえ感じていた。その時から、すでに何かを予感していたのだろうか。もしかすると、上司と部下、それ以上の関係になるのかもしれない、と。
 もしも、四人揃って幸せになることができるなら……。
 詩織は、その続きをそっと声に出して呟いてみた。
「もう一度だけ、結婚してみるのも悪くないかもしれない」

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3 二組の親子
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No title

一話目、二話目と片瀬節を堪能中です^^
繰り広げられる言葉のあやにひきつけられます。これは小説ならではの楽しみです。
三人称ならではの視点の移動。醍醐味ですね。さすがです。

それぞれがそれぞれの思いをどう抱え、どう発し、どう絡み、どう収まっていくのか。
それらを片瀬さんがどう語っていくのか。
片瀬さんはいつもこだわりやテーマをもって描かれるので、その辺も気になります。
これからの展開がすごく楽しみです^^

Re: No title

けいさん、コメントありがとうございます。

> 三人称ならではの視点の移動。醍醐味ですね。さすがです。

もともとは、すごく苦手にしていたこの三人称。
ようやく書きなれてきたところです。
良くも悪くも、どんな場面でも書けてしまう手法なので、何を書いて、何を書かないか、その変には気を遣ってます。

> それぞれがそれぞれの思いをどう抱え、どう発し、どう絡み、どう収まっていくのか。
> それらを片瀬さんがどう語っていくのか。

今回の作品には、はっきりとしたプロットがないので、自分でも、この先どうなるかわからない楽しみがあります。もちろん不安も。
各キャラクターの心の声に耳を傾けつつ、彼らの行動を観察するような気分で書き進めて行きたいと思ってます。
最近知ったことなんですけど、スティーブン・キングがそういう書き方をしてるそうなんですよ。
プロ作家の中にも、プロットを決めずに書いている日とがいるというのは、ちょっとした驚きでした。

> 片瀬さんはいつもこだわりやテーマをもって描かれるので、その辺も気になります。

ありがとうございます。うれしいです。
新しいことに挑戦するという気持ちだけは、これからも持ち続けて行きたいと思ってます。

No title

今回もテンポとリズムがよくって、楽しかったです。
新たに詩織さん視点が入りましたね。
この人もいい人そう。卓真さん、タイミングはメタメタだったけど、選んだ相手は間違ってなかったみたい。
いい感じです。

大也くんはよっぽどお父さんよりも慎重で落ち着いて見えますね。
彼のつぶやき、いちいち納得です。
彼がどんなふうに感じるかが、この先ポイントになるのかな。
(あ、お母さんに会ってるのかあ・・・)
プロットは立てていないそうですが、きっと片瀬さんらしい山がこの後現れてくるのでしょう。
それも楽しみです。

Re: No title

limeさん、コメントありがとうございます。

> 大也くんはよっぽどお父さんよりも慎重で落ち着いて見えますね。

慎重。そう。良くも悪くもです。
石橋を叩いても叩いても、なお決断をためらう。そんな性格なんです。
ここ、作者である私にちょっと似てます。

> プロットは立てていないそうですが、きっと片瀬さんらしい山がこの後現れてくるのでしょう。

山場になるかどうかは別として、卓真の別れた妻。詩織の別れた夫。今後登場するこの二人が、何らかの波乱を呼びそうです。
“結婚のあり方”それも、この物語のテーマの一つになっています。
ちょっとした問題提起になればいいんですが。
まあ、それでも基本的にはほのぼのしたお話しです。

プロフィール

片瀬みこと

Author:片瀬みこと
札幌在住のアマチュア作家

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